第5回「IoTによる「つながる製品」の威力」
○「つながる製品」とは
前回、ドイツのインダストリー4.0を例に「IoTによる一連のムーブメント」のうち、「IoTによる製造革命」(つながる工場)の話を書いた(図1)。今回は、「IoTを活用した製造業から新たなサービス業への拡張による革命」(つながる製品)について話したい。ここでは、「つながる製品」のことを、あらゆる製品をネットワークにつなげ、付加価値向上や製造業のサービス化を進める製品とする。最初に、BtoB、BtoCに分けて、「つながる製品」のイメージをつかむ。
まず、BtoBにおける「つながる製品」の典型例としては米GEの例がある。米GEは、航空機エンジンの製作だけでなく、実際の稼働中に、それらに取り付けたセンサーから回転数など、様々なデータを取得し、交換が必要になりそうな部品とその時期を保守要員に知らせる「予知保全」を行っている。さらに、飛行データの解析を行い、効率的なフライト航路を導き出し、航空会社に提案している。例えば、アリタリア航空は、これを活用して、年間1,500万ドルの燃料コストを削減したとのことである。
さらに、日本のBtoBの例としてKOMTRAX(コムトラックス)がある。コムトラックスは、コマツが建設機械から得られる情報(位置情報、稼働情報)を、ネットを用いて集中管理し、それらを最大限活用することにより、最適な部品交換や修理サービスのタイミングを告知し、サービスの付加価値を高めるビジネスモデルである。
以上のBtoBにおける「つながる製品」のイメージは、製品を製作、販売して終わりではなく、販売後もIoTを活用して管理し、付加価値を生んでいこうというビジネスモデルである。
一方、BtoCの典型的な例として、「ネット家電」がある。「ネット家電」とは、インターネットでつながり、離れた場所から動作を制御したり情報を更新したりできる家電製品のことであり、「スマート家電」とも言う。プリミティブな例としては、外出先からスマホで電源を入れられるエアコンがある。また、若干進んだ例としては、扇風機を温度や湿度に合わせて制御するのはもちろん、エアコンと連動して風量を調整する例などがある。今後、このようなMtoM(マシーン・トゥ・マシーン)の連携も増えていくであろう。
図1に示している通り、「IoTによる一連のムーブメント」は、「サイバー・フィジカル・システム(CPS)(※1)による革命」とほぼ同義である。図2の「CPSによる新たなビジネスサイクル」は、図1を詳しく書いたものである。ちなみに、図1の「IoTによる産業革命(つながる工場)」が図2の「製造プロセス」と同義であり、図1の「IoTを活用した製造業から新たなサービス産業への拡張による革命(つながる製品)」は、図2では、その具体例として、「モビリティ」、「スマートハウス」、「医療・健康」、「インフラ」をあげている。
CPSは、実社会とサイバー空間の相互連携を通じて社会問題を解決するシステムのことを言うが、これができるようになったのは、センサー技術やコンピュータの能力の急激な発達の結果、あらゆるものにセンサーをつけ、膨大のデータを取得し、リアルタイムで分析できるようになったからである。図2の左側にあるように、まずデータを収集し、データを蓄積・解析することを通じ、従来の産業の垣根を越えた新サービスが次々と発案され、それらが現実世界で実際のビジネスとして動きだす。このような新たなビジネスサイクルを数多く出現させることにより、バズ・ワードとなりつつある「第4次産業革命」が到来するのである。
その結果、IoTの世界市場規模はどの位になるのであろうか。ガートナーによると、2013年、30兆円だったIoTの世界市場規模が2020年には200兆円に達するとのことである。単に製品単体でのIoTの活用だけではなく、今までネットに接続されていなかった自動車、家電、産業機器、インフラ等がつながることによって、新たなプレイヤーが新たな製品やサービスを創出しつつあり、今までのビジネスの前提を大きく変え始めている。
次に、CPSのビジネスサイクルとして、「モビリティ」と「医療・健康」の2つの具体例を紹介する。これらは、今でも新たなビジネスの萌芽と見て取れるが、今後、さらに拡大・進展し、ライフスタイルを変えるほどの大きなインパクトを与える可能性を秘めた分野である。
○つながる車
まず、「モビリティ」の主たるプレイヤーと考えられる「コネクテッド・カー(つながる車)」について考える。「つながる車」は、インターネットと常時接続し、利用者の利便性を高めるデバイスのような役割を果たす車のことであり、現在、その活用ツールとして、スマホが無視できない存在となっている。
例えば、昨年3月、アップルは、iPhoneと車載器を連動した情報サービス「カープレイ」を発表した。カープレイは、音声操作技術(Siri(シリ))を応用したものであり、トヨタ、ホンダ、米ゼネラル・モーターズ(GM)、韓国・現代自動車、日産、独BMW、独メルセデスベンツなどが対応表明をしている。使途は、音声対話機能で電話をかけたり、受信したメールを読み上げたり、音楽スマホアプリを使うことなどである。
また、米グーグルも昨年6月、「アンドロイド」を車載向けに応用したスマホ用基本ソフト(OS)「アンドロイド・オート」を発表した。この機能は、音声コマンド対応のグーグルマップナビ、音楽再生、ウェブ検索、電話などである。なお、「アンドロイド・オート」の対応表明企業は、ホンダ、米ゼネラル・モーターズ(GM)、韓国・現代自動車、独アウディなどである。
このように、自動車会社の多くは、車内の情報サービスのスマホ利用に関し、積極的にアライアンスを結んでいる。このような中、トヨタは、「カープレイ」の対応表明会社として名を連ねているにもかかわらず、本年7月、北米マーケットで車載機器とスマホを連動させるシステムとして、「カープレイ」や「アンドロイド・オート」ではなく、米ベンチャー企業のシステムを採用することと発表している。このように体力のある自動車会社の中には独自路線を行く企業もある。
他方、車両の情報サービスを越えた部分、すなわち「走る」、「止まる」など車の走行性能を制御する分野では、すべての自動車会社がグーグル、アップルと一線を画し、各社独自路線を行く傾向が強い。というのは、「つながる車」は、今後、「自動運転車」に進化する蓋然性があり、将来の自動車産業の覇権を左右する可能性が高いからだ。特に、グーグルは、現在、「自動運転車」で先行しているため、グーグルに自動運転のための制御OSまで握られるのを恐れているようだ。なお、グーグルは、2009年から自動運転車の開発に着手し、2010年からマウンテンビュー市内など交通量の激しい市街地などで100万マイルを越える無人テスト走行を実施している。さらに、グーグルは、スマホ向けのタクシー予約サービスを提供する米ウーバー・テクノロジーズに出資しており、将来、「自動運転車」を用い、オンデマンドでタクシーの提供を考えていると言われている。
このように「つながる車」は「自動運転車」に移行し、さらに、蓄積された車の走行履歴やブレーキ、スピードなどの制御情報、過去の事故の発生原因等を活用し、保険の新商品、安全・快適な自動走行を実現させるサービス、カーシェアリングを提供するビジネス等に広がっていくと思われる。
○リストバンド型活動量計
「医療・健康」の中で、特に医師法や薬事法などの規制に抵触しない「健康」の分野では、様々な製品やサービスが生まれ始めている。リストバンド型活動量計(以下「リストバンド」と言う。)もその一つである。リストバンドは、これらに搭載したセンサーが人の活動を常時モニタリングし、リアルタイムの生体情報、生活習慣データ等の膨大なデータを活用し、予防医療サービスやその他のサービス(食事やエクササイズなど)などを提供している。日本では、2013年、ナイキがフューエルバンドSEというリストバンドを投入しているが、リストバンドは何もナイキだけではなく、様々な企業が販売している。例えば、米国企業では、フィットビット、ジョウボーン・アップ、ガーミンなどが、日本企業では、東芝、エプソン、ソニーなどがすでに市場に投入している。
翻ってみれば、超高齢化社会となる中、高齢者が住み慣れた地域で生きがいを持って自分らしい暮らしを人生の最後まで続けるため、あるいは、医療資源を効果的・効率的に活用するため、「医療・健康」というように「医療」と「健康」に分けて考えるのではなく、それらを一体的に捉え、総合的に対応することが必要不可欠である。そのため、予防、医療、介護などの各分野のデータを共有し、その集積されたデータを分析し、各人に適した予防、医療、介護サービスを提供することが期待されており、それらが新たなビジネスの萌芽となる可能性を秘めている。
例えば、前述のリストバンドも活動量計に限らず、今後、幅広い使途が考えられる。具体的には、遺伝子情報、過去の診断結果など、個人の様々な医療データを集積し、その医療データと活動量計のデータを統合し、患者ごとに個別化されたテーラーメイド医療を提供するビジネスなどに発展・拡大していく可能性が高いと考える。
以上のことから、今後、「医療」と「健康」がIoTを通じて一体化する新たなパラダイムが出現し、その中で数々のニューサービス、ニュービジネスが誕生していくものと考える。
○アメリカの動き
このような「つながる製品」を用いたニューサービス、ニュービジネス出現に向けた胎動の中、アメリカでは、いくつかの企業グループが作られ、「つながる製品」の世界で、デファクト・スタンダードを握ろうとする動きがみられる。その一つがインダストリアル・インターネット (Industrial Internet)である。インダストリアル・インターネットは、前に紹介した航空機エンジンの例のように、産業用機器のセンサーをインターネットに接続し、それらのデータ分析を行い、既存産業(航空、電力、医療、鉄道、石油・ガス)の大幅な効率化や新産業の創出を目指したものである。具体的には、2014年、米GEが、IBM、AT&T、インテル、シスコシステムズとともに、インダストリアル・インターネット・コンソーシアム (IIC)を創設し、インダストリアル・インターネットを推進している。
ドイツのインダストリー4.0と比較するとわかりやすいので、その対比で考えてみると、インダストリー4.0は、あくまでも製造業の工程管理が中心で、徹底的な生産工程データの取得・活用を進め、最終的には国際標準化を進めることを目的している。一方、インダストリアル・インターネットは製造業のサービス産業への展開、すなわち、メンテナンス管理などの新たなビジネスの創出することに力点があり、国際標準化を目指すのではなく、デファクト・スタンダードを指向している。したがって、ここでの戦略は、工場内や工場間をつなげて、「つながる工場」を作るというよりも、出荷した最終製品に注目して、新たなサービス産業を作るところに重点がある。すなわち、「つながる製品」に力点があるのである。なお、富士電機、富士フィルム、富士通、日立製作所、三菱電機、NEC、東芝、トヨタなどの日本企業も参加している。
また、2013年12月に設立されたオールシーン・アライアンス (AllSeen Alliance)という企業グループもある。その活動の中心を担っているのはクアルコムであり、現在、150社以上の企業が参加している。プレミアメンバーには、クアルコムの他、マイクロソフト、パナソニック、シャープ、ソニー、ハイアール、LGの10社が名前を連ねている。また、IIC創設メンバーであるAT&Tとシスコシステムズ、インダストリー 4.0の主要メンバーであるボッシュもコミュニティメンバーとして参加している。また、この企業グループの主たる対象は一般消費者向けの製品標準化(デファクト・スタンダード)であり、現在、「オールジョイン」という標準で異なるメーカーの家電製品をつなげている。
上記以外に、オープン・インターコネクト・コンソーシアム(Open Interconnect Consortium: OIC)、スレッド・グループ(Thread Group)などがある。今後、デファクト・スタンダードを確立していくためには、それぞれが個別に活動することにメリットがなく、これら企業グループが徐々に集約していくものと思われる。
○日本の今後の課題
まず、第一の課題はデータ制約である。少し前まで、大量のデータが蓄積されはじめ、それらをうまく活用すれば、次々とニュービジネスが生まれる可能性もあったが、コンピュータの処理能力の限界で、十分対応できなかった。しかし、最近、コンピュータの進展により、ビックデータの解析が可能となり、それがブレイクスルーとなりつつある。
他方、昨今の個人情報保護の高まりから、2005年、個人情報保護法が全面施行され、多くの活用可能なデータが個人の特定されかねない情報となり、その活用に二の足を踏むようになってきた。すなわち、このようなデータをだれでも自由に使えるようになれば、新たなビジネス・チャンスとなる一方、厳格に個人情報保護法を運用してしまうと、有用なデータが活用できなくなってしまうのである。そこで、個人情報保護の観点からデータが死蔵されないように、個人が識別できないように加工したデータ(匿名加工情報)を非個人情報とし、一定の条件のもとで自由に活用できることなどを含んだ個人情報保護法を今通常国会に提出し、議論し始めている。仮に本法律が成立したとしても、実態として、このような非個人情報が有効に活用されているか注意深く見守り、もし非合理に活用されてないケースがあれば、ただちに改善していかなければならないと考える。
第二の課題は、IoT時代の進展に呼応して、日本企業が自ら柔軟に変化できる体制を持ち合わせているかという視点である。IoT時代では、企業のみならず、その企業内の事業部門の組織の壁を越え、複数のレイヤーにまたがる複合的な対応が必要となってきている。そのため、自前主義を尊重するなどの既存ビジネスの延長線上のアプローチではうまくいかず、企業間連携や、M&Aによる外部ベンチャー企業の取り込みなどをスピーディに行わなければならない。ただ、今の日本企業をみていると、そのようなスピードについていける企業は少なく、日本企業自身もアジャイルな(俊敏な)企業に生まれ変わらなければ勝ち残れないと考える。
また、上述の個人情報保護法もそうであるが、今の法体系はCPSによる革命を想定していないため、法律的に対応できない分野が出てきている。例えば、自動運転車が事故を起こした場合、責任を負うのは、自動車に乗っている人間か、あるいは、自動運転車を作った人間かなどである。もちろん、CPSに対応するように法律を改正することは不可欠であるが、それを待っていては、流れが速いビジネスの世界に乗り遅れてしまう。そこでアメリカでは、シリコンバレーを中心にとりあえず試行してみようという動きが出てきている。前述のように、シリコンバレーでは、グーグルが自動走行車を走行させ、実証実験を行っているのである。日本では、たとえ特区でも、社会通念上、そのような走行は許可されないと想定されるが、アメリカでの動きを指をくわえてみていればよいという訳ではない。日産のように、シリコンバレーで実証実験をするのも一つの手であろう。また、コマツは巨大鉱山で稼働するダンプトラックの無人運行システムの試行を行っているが、これは自動運転のよき実証実験となりうるのではないか思う。というのは、前述の通り、公道で実証実験をすると、前述の通り、対人事故の責任問題が生じるため、とりあえず鉱山採掘など閉じた環境で実験してみようというプログマティックな考え方なのである。
第三の課題は、前回の「インダストリー4.0は脅威か?」でも指摘したサイバー・セキュリティである。今後も引き続きIoTは急激な速度で進展していく。それに伴い、情報システムが破壊・侵害される等のリスクや、保有する個人情報の漏えいや、知財等の不正取得・利用等の企業のコンプライアンス上のリスクが増大することが想定される。いったんリスクが顕在化すれば、企業のみならず、その事業を行っている企業も存亡の危機を迎える可能性が高い。例えば、米著名ハッカーが運転中の車を遠隔操作して乗っ取る様子を公開し、自動車メーカーを震撼させたのも記憶に新しいだろう。以上に対抗するためには、今後ともサイバー・セキュリティの研究を積極的に進める必要がある。
(注)
(1) 『ものづくり白書』では、サイバー・フィジカル・システム(CPS)の定義を、物理的な現実の世界のデータを収集、コンピュータ上の仮想空間に蓄積・解析し、その結果を、今度は物理的な現実の世界にフィードバックするというサイクルをリアルタイムで回すことで、システム全体の最適化を図る仕組み、としている。
(参考文献)
経済産業省 [2015], 「ものづくり白書2015」.
<http://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2015/honbun_pdf/
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