第3回「燃料電池車の幕開け」
昨年12月、トヨタ自動車は、燃料電池車(FCV)「MIRAI(ミライ)」を発売した。価格は723万6千円。国から補助金を受けると約520万円になるという。燃料電池車は、水素と酸素を反応させて取り出した電気で走る車のことを言い、走行時に水しか出さない「究極のエコカー」と呼ばれている。果たして、この燃料電池車、普及が進むのであろうか。
〇自動車の将来像は
自動車の将来像は。地球環境問題や石油の有限性を考えれば、ガソリンエンジンのみによる自動車は徐々にその割合を下げていくであろう。他方、中期的に有望なハイブリッド車(HV)やプラグインハイブリッド車(PHV)が市場での競争力を増してきている。一方で、電気自動車(EV)や燃料電池車も注目を浴び始めている。ちなみに、政府が公表している自動車の普及目標は下記の通りであり、2030年の燃料電池車の割合は3%程度である。
〇破壊的な技術か
一世を風靡したクリステンセンの「イノベーションのジレンマ」という概念を思い出してほしい。「イノベーションのジレンマ」とは、優れた特色を持つ商品を売る巨大企業が、その特色を改良することのみに目を奪われ、顧客の別の需要に目が届かず、その製品よりも劣るが新たな特色を持つ製品を売り出し始めた新興企業の前に力を失うと言ったところであろう。
現在、トヨタをはじめとする日本の自動車メーカーは、米国市場の活況を背景に、好調を維持しており、当面、その状態が続いていく可能性が高い。このような中、ガソリンエンジンを使わない燃料電池車や電気自動車は、今までの部品を使わず、自らが蓄積した既存技術が活用できないケースも多く、「イノベーションのジレンマ」の概念に照らせば、日本の自動車メーカーは、これらの研究開発に二の足を踏むのではないかと考えられていた。しかし、必ずしもそうではなかった。日産自動車は、電気自動車に注力しているし、トヨタ自動車とホンダも燃料電池車に積極的だ。こうしてみると、「イノベーションのジレンマ」は杞憂かもしれない。ただ、研究開発費が高額になるため、その連携が進んでいる。例えば、トヨタはBMWなどと連携し、共通基盤の研究を行っているほか、ホンダはGMと燃料電池車の基幹システムの共同研究を行っている。
〇何かブレイクスルーする必要はあるのか
燃料電池車に必要な技術として水素製造技術があるが、これは学術的にほぼ確立している。ただ、水素貯蔵・輸送技術はまだ未成熟なところがあるほか、普及に不可欠なコスト低減という論点も依然として残っている。以下では、このコスト低減を車体コストと水素製造コストとインフラコストの3つのコストに分けて考える。
まず、車体コストを下げるため、部品コストの低減を図っている。今まで、燃料電池車用の特別の部品を製造していたが、需要が少ないため、量産効果、すなわちコストダウン効果が出にくい。そこで、ハイブリッド車等との部品共用をできるだけ進めることによって、車体コストを低減している。
次に、水素製造コストである。短期的には、天然ガスを改質して大量に水素を製造したり、工場等の副生物として発生する水素を可能な限り活用することにより、確実にコスト低減を図っている。ただ、後述のLCAの観点でみると齟齬が生ずる。いずれにしても、その時代時代、その場所場所に最適な水素を低コストで製造することが重要である。
最後にインフラコストの低減も考えなければならない。現在、水素スタンドの設置コストは約5億円であり、ガソリンスタンドの設置コスト、約1億円の5倍である。最近、規制緩和や補助金に加え、各社の連携などを通じ、設置コストを下げ、水素スタンドのインフラ整備を促進する方向で進捗している。ちなみに、現在、日本国内のガソリンスタンドは3万5千カ所あるが、水素スタンドは現在、全国で20カ所である。2015年度中には東京か大阪などの大都市圏を中心に100カ所ほど建設する計画を立てていると言う。今後も、水素を安全に管理しつつ、コスト低減に大きく寄与する水素スタンドなどの規制緩和を進めることが必要である。加えて、複数企業が参入し、市場が大きくならないとインフラ整備が進まない。そのような中、先行するトヨタは、他社の参入ハードルを低くするため、同社の持つ約5680件の燃料電池の関連特許を2020年まで無償で提供することを決めた。特に水素ステーションに関連する約70件の特許に限っては無期限で無償提供すると言う。
さらに、水素貯蔵・輸送の観点からすれば、水素は爆発性があり、ハンドリングが悪いため、そのままでは貯蔵や輸送が困難である。そこで水素をトルエンに化合させ、メチルシクロヘキサン(MCH)という高い密度で水素を貯められる液体(水素キャリア)にして容易に貯蔵・輸送できるような研究開発も進められており、その成果も期待したい。
〇LCA(ライフ・サイクル・アセスメント)で見るとどうなるのか
次世代自動車は、環境負荷の低減も大きな論点である。電気自動車はもちろん、走行中、二酸化炭素を排出しないが、本当に環境に優しい自動車なのであろうか。例えば、電気自動車で使われる電気は、現在、ほとんどは火力発電所で発電された電気である。走行する際に環境負荷が少なくても、燃料製造時に環境負荷が大きければ何もならないのである。したがって、ライフサイクル全般で環境負荷のことを考え、本当の意味で環境に優しい自動車を普及させなければならない。その意味では現在の電気自動車は、それほど環境に優しい車とは言えないこととなる。では、燃料電池車はどうであろうか。これも水素製造過程で二酸化炭素等の環境負荷物質を出す。前述の工場等の副生物で作成される水素に加え、天然ガスから水素を作る過程で二酸化炭素を発生させているのである。原理的には、再生可能エネルギーで水を電気分解して水素を製造することが望ましいが、現段階ではコスト的に折り合わない。
〇将来に向けて
このように現段階で燃料電池車には様々な問題があり、今すぐ理想形に到達することは不可能である。したがって、まずは水素利用の拡大に力を入れ、2040年ごろに環境負荷の低い再生可能エネルギーを使った水素供給を確立するという段階的に理想形に近づいていく工程を描く、経済産業省の「水素・燃料電池戦略ロードマップ」は現実的な対応と言えよう。燃料電池車で言えば、まずは燃料電池車の普及に努め、次に、燃料である水素を再生可能エネルギーなどで製造し、できる限り環境負荷を低減し、理想形に近づけるということであろう。その道のりは険しく長い時間を要するため、その間に、いい意味でロードマップの修正を余儀なくされるようなイノベーションが創出されるかもしれない。その場合、その時点でロードマップを見直せばよいのである。
(参考文献)
クレイトン・クリステンセン [2000], 『イノベーションのジレンマ-技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社.
経済産業省製造産業局自動車課 [2014], 「自動車産業戦略2014」.
<http://www.meti.go.jp/press/2014/11/20141117003/20141117003-A.pdf>
水素・燃料電池戦略協議会 [2014], 「水素・燃料電池戦略ロードマップ」.
<http://www.meti.go.jp/press/2014/06/20140624004/20140624004-2.pdf>
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