第2回「パソコン(PC)生産は国内で生き残れるか?」
ここ数年、タブレット、スマートフォンなど、パソコン(PC)の代替デバイスの普及に伴い、PCの出荷台数が減少している。
株式会社ジャストシステムが行った調査によると、スマートフォンを利用する15〜19歳がPCでインターネットにアクセスする時間は、1日88.2分で、1年前の調査の143.9分と比べ、約3分の2に落ち込んでいる。“若者のPC離れ”が特に顕著なのだ。
このようなPC離れの影響もあって、PCは今後、斜陽製品になるのではないかとの疑念から、メーカーではPC部門を会社本体から切り離す動きも出ている。
ソニーは既にパソコン事業を分離している。米ヒューレット・パッカードは、昨年10月、PCとプリンター事業を分離する計画を発表した。かつて、PCで一世を風靡したNECも、子会社であるNECパーソナルコンピュータにPCの経営を委ねた。さらに、最近、中国のレノボと合弁持ち株会社「NECレノボ・ジャパングループ」を設立し、その傘下に、この子会社を位置づけるとともに、レノボがその持ち株会社の株式の過半を占めた結果、NECの連結子会社ではなくなっている。
このような中にあっても、ビジネス用PCの国内需要は比較的堅調のようである。少なくとも当分の間は、PCが職場からなくなるという事態は想定できないだろう。それゆえ、最近、国内メーカーは、一般ユーザー用からビジネス用にシフトし、さらに、モノづくり技術を駆使して生産コストを下げ、国内生産の競争力を高めている。NECパーソナルコンピュータの米沢事業場(以下「NEC米沢事業場」という。)と日本ヒューレット・パッカード(以下「HP」という。)の清瀬事業所がその最たる例だ。
NEC米沢事業場は、生産性を上げるため、様々な努力を続けている。製品のほとんどが法人用の多品種少量生産であり、現在、約2万種類のPCを作っている。
生産性を上げる秘策が、セル生産方式とRFID (Radio Frequency Identification) 電子かんばん生産方式だ。
セル生産方式とは、ライン生産方式などの従来の生産方式と比較して、作業者一人が受け持つ仕事の範囲が広く、少人数の作業者で製品をゼロから組み立て完成させる方式である。日本ではソニーが初めて導入し、最近、自動車会社も採用している。この方式は多品種少量生産に適しているため、NEC米沢事業場では、ユーザースペックに合わせたビジネス用PCの効率的な生産のために導入している。
また、RFID電子かんばん生産方式は、部品や製品を非接触で自動認識できる技術を生産工程に組み込んだ生産方式である。「かんばん」とは、生産工程の各工程間でやりとりされる伝票のことで、後工程から前工程に引き取りや運搬の時期、量、方法、順序などを指示する。この伝票を電子化したものがRFIDだ。したがって、RFIDは「かんばん」と違い、リアルタイムのマネジメントを可能とし、リードタイムを大幅に短縮することができる。
さらに個々に「カイゼン」も重ねている。例えば、PCの裏面のねじがしまっていることを確かめる「Qちゃん」(i)という検査機を自作している。これは、ねじ穴のある場所を機械的に吸引することにより、ねじがしっかりしまっているかどうかを検査するものだ。このような工夫がそこかしこにあり、これらの「カイゼン」が当事業場の生産性アップに大きな役割を果たしている。
このような現場のたゆまぬ努力により、生産コストを下げ、今まで受注してから2.5週間かかったものが、翌週には配達できるようになったという。その結果、NECブランドのPCの国内競争力が高まっただけではなく、以前は中国で組み立てられていたレノボのビジネス用PCの生産も当事業場で行うようになったそうである。
次に、HPの昭島工場の例を見てみよう。HPは以前、日本向けノートPCを中国で生産をしていたが、2011年8月に昭島工場に生産拠点を移している。
なぜか?第一に、サービスレベルを上げられるからだと言う。日本のユーザーのことは、日本のPCメーカーが一番よく知っており、それに合わせた適切な対応ができるからである。第二に、労働者の質が高いため、高品質のPCを提供できるというメリットもある。第三に、Made in Tokyoは「ものづくり」日本の象徴であり、そのブランド価値も高いからである。
さらに、日本で生産すれば、物流コストを下げることができる。今までの中国生産では、納期を短くするため、中国から空輸していたため、コストが高かった。昭島工場は中央高速道路のインターまで車で10分のところにあり、日本各地どこへでも早く、安く輸送できるのである。
加えて、中国では、適時適切に製品を供給するため、日本国内に多くの在庫を抱えていた。特にPCの場合、製品の陳腐化が早く、在庫リスク、売れ残りリスクが他の製品と比べて格段に高いため、国内生産に変更することにより、そのデメリットを解消できたのである。
いずれにしても、国内にある程度の市場規模のある製品であれば、日本のモノづくりの力を持ってすれば、国内生産拠点は生き残れる可能性がある。PCはその最たる例で、陣容を変え、戦い方を考えれば、十分、勝ち名乗りをあげられることを実証したが、これは他の製品にも言えるのではないだろうか?大戦(おおいくさ)で勝たなくても、局地戦で地道に勝っていく。ゴルフで言えば、ドライバーでいきなりピンそばを狙わなくても、匠の技で、アイアンで細かく刻み、確実にパー、うまくいけばアンダーパーを狙う。今後の日本は大戦(おおいくさ)での勝利ではなく、局地戦で勝ちを重ねていくという戦略も考えてもいいのではないかと思う。
*i「Qちゃん」の命名は、吸引からの「きゅう」と、マラソン選手の高橋尚子氏の愛称「Qちゃん」から取ったとのこと。
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