大和魂


 来年のNHKの大河ドラマは、「花燃ゆ」。吉田松陰の妹 文の目から見た幕末の動乱を描くらしい。たまたま、僕は世田谷松陰神社のそばに住んでおり、散歩でよく訪れるが、神社のみならず、商店街も凛としており、以前から僕のパワースポットになっている。この吉田松陰、ちょっと前までは、僕の目から見ると、詩才のある青年という印象が強かった。なにせ、彼の作る句はアバンギャルドでかっこいい。まず、僕の好き和歌を2首あげよう。

かくすれば かくなるものと しりながら やむにやまれぬ 大和魂

 下田から密航を試み失敗し、囚われの身となり、江戸に護送する途中、赤穂浪士が眠る高輪泉岳寺の門前で読んだ和歌だ。赤穂浪士の討ち入りを自分の米国密航と重ね合わせて謳った和歌であろう。もう一首。

身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂

 処刑の前日に書きあげた「留魂録」の巻頭に書かれた辞世の句だ。たとえ肉体は関東の地で亡きものになったとしても、自分の志は残るし、後進に託してあるといったところだろう。キレがあって潔い。

 そもそも、僕の彼に対する先入観は、物静かな知的な教育者というものであった。だが、彼にまつわる書き物を見るとそれらは明らかに誤解だった。まず、彼はアクティビストである。書物を読むことはもちろん重要ではあるが、それだけではだめで、行動することに意味があるというのだ。他方、松下村塾では久坂玄瑞や高杉晋作らを輩出したが、彼が塾を開いていた期間は2年余りと短かった。その短い期間でさえ、教えるというよりは、ともに考え、ともに議論しようというものだったらしい。

 ところで、享年30という凝縮した人生を送った彼であるが、その死生観はどのようなものであったのだろうか?高杉晋作に送った手紙からその片鱗が伺える。

死して不朽の見込みあらば、いつでも死ぬべし。生きて大業の見込みあらば、いつまでも生くべし。

 犬死ではない「命の使い方」を常に考えていた人なのかもしれない。一般的に、今を生きている、渦中にある人はその「命を使う」タイミングがよくわからない。ただ、彼は、独特の嗅覚で、幕府という巨大な権力に立ち向かい、死ぬことによってその志を永遠のものにしたのであろう。

 そのような彼であったが、彼も人の子。処刑される自らに悔いはないが、つらいときにいつも支えてくれた家族を思う気持ちは人一倍強い。

親思う こころにまさる 親こころ けふの音づれ 何ときくらん

 世の中を変えるのは、ある意味、「狂」が必要だ。その意味では、彼は、短い人生で「狂」を演じつくしたと言える。その一方で、家族への愛、人としての道に後ろ髪を引かれながら、振り切って前に進んでいったのであろう。

 このコラム、僕は「日本の稼ぐ力」という題にしようと思っている。1年少し前、東洋経済新報社から「これから5年の戦略地図」を上梓し、その中で、自動車産業、電機産業、バイオ産業の5年後の姿と「日本は今後何で食べていくか」を書いたが、このコラムでは、そこで言い足りなかった日本の産業競争力の議論を、最新情報を加えて書いていきたい。最近、日本企業の再生の議論がかまびつしいが、ここでは、世の中の論調にこだわらず、吉田松陰が生きていたらしていたであろうwarm heart、cool headで議論を展開していきたい。


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