第8回 技術革新学概論その0



「高等教育局の憂鬱」
 田中真紀子文部科学大臣が、また世間にお騒がせを提供されています。筆者も言いたいことがいくつかありますが、一部はマスコミでも主張されていますので、多くは語りません。坂東久美子高等教育局長のご心労はいかばかりかと心配するのみです。ただ、大学設置認可の在り方がこれをきっかけに広く議論されるとすれば、これは怪我の功名というべきかもしれません。問題は設置基準の「緩さ」ではなく、反対に、おかみがいちいち大学教育の体制に認可を与えるという制度そのものの問題だということを指摘しておきましょう。イノベーションのスピードがとてつもなく早くなっている現代において、将来必要な人材の数(つまり大学の定員)をその時々の設置審の審議に委ねることで、正しい予見ができるとは到底思えません。たとえば現に、学部学科の設置まで細かく許認可していた時代には、21世紀に向けて必要なIT人材の育成が全く間に合わず、IT業界が大変苦労して内部教育をしたうえ、結局日本の情報サービス産業は競争力を失った、という議論があります 。これは、日米の卒業生、修了生の数の推移の差をみれば明らかです。文部省では、こうした見識を踏まえ、認可の弾力化を進めてきましたが、まだ道半ば、ということでしょうか。



 

「友人からの叱咤?」
 DNDへの寄稿をさぼっているうちに、南京大学で日本語を教えている三澤健一氏から「休刊中ですか?」とメールが来ました。三澤氏はジュネーブ時代のゴルフとワインの師匠ですが、一昨年は舟釣りまで教えていただきました。幾度かの他国にわたるの長い海外勤務を経て、中国勤務を最後に最近定年退職されましたが、一念発起されて、単身南京にわたり、かの地の大学で日本語教師を務められている傑物です。中国と中国人をこよなく愛し、そこに自ら身をうずめる。素晴らしい人生ですね。ただ最近はちょっと怖い思いもされたようです。ご自愛ください。


 さて、早稲田大学では早稲田祭も無事終わり(筆者は何も貢献しませんでしたが)、キャンパスは平穏な日々?に戻っています。筆者の属する理工学術院(大学院)国際情報通信研究科は、高田馬場に近い理工のキャンパスではなく、早稲田駅前の早稲田キャンパスのはずれにあり、講義は別棟ですがやはりはずれの19号館で行っていますので、講義や教授会(運営委員会と呼びます)の時には、普段住んでいるナノ理工学研究機構のオフィスからキャンパスの真ん中、大隈重信公の像の前を通います。晴れた日に歩くととても気持ちの良いところです。ただし、何せ新宿区にあるキャンパスですから、人口密度はどうしても多くなります。講義の合間の時間帯には、学生たちであふれかえっていて、とてもまぶしく感じます。


「日英ちゃんぽんの講義」
 今年度からはじまった基礎講義、「ITと技術革新学概論」は、11月6日までに6回の講義を終え、あと数回で「イノベーションモデル」の概説を終えるところまできました。何せ新米教師ですから、「坊ちゃん」よろしく右往左往しながら、なんとか資料を作り、講義しています。わが学科は、「国際」の名の通り、学生の半分以上が外国人留学生です。中国からの留学生が一番多く、アジア、中東からも学生が来ています。日本語に堪能な学生も多く日本人学生との交流も盛んですが、英語のみでも受け入れているので、日本語をあまり理解しない学生もちらほらいます。ここがこの学科の特色、かつ新米教師には、つらいところです。ただでさえ新しく講義資料を作る必要があるのに、それを英語に翻訳して講義することも必要だからです。学生はみな熱心で、初めの講義を経て登録人数が増えました。講義が終わってから質問に来る学生も多数います。幸いこれまでは英語の説明もなんとか理解してもらったようですが、わかりにくいところも多いでしょう。学生の皆さん、わかるまで質問してくださいね。私も勉強しますので。


「技術革新学」
 技術革新学とは、イノベーション学のことです。イノベーション学という分野は正式には認知されていないようですが、技術経営学の一環とご理解下さい。ご興味ないかもしれませんが、講義のシラバスを以下に示します。


「コース概要」
 本講義は、将来の企業・組織の技術系幹部となるために必要な、技術経営、特にイノベーションに関する基礎的知識を習得することを目的とする。本講義では、イノベーションについて、これまでの研究をもとにした知見を概説する。特に、シュンペータ以降、1990年代に急激に拡大したイノベーション学(特に技術革新分野)についてネットワーク分析により俯瞰し、その知見を構造化して提示する。これにより、イノベーションが如何に起こってきたか、その理由を明らかにし、産業においてイノベーションを実現するための一通りの基礎的知見を得る。


「コーススケジュール」
(0)コース概要
クラス1 講義概要 コース概要の説明

(1)MOT(技術経営)の意義と必要性-価値創造(ものづくり)と価値獲得(価値づくり)
クラス2 技術経営とは、技術経営の意義と必要性
クラス3 付加価値の重要性:価値創造(ものづくり)と価値獲得(価値づくり)

(2)俯瞰的イノベーション学
クラス4 イノベーション学の俯瞰

(3)イノベーションモデル
クラス5 イノベーションの定義と意義
クラス6 イノベーションモデル1-破壊的イノベーション
クラス7 イノベーションモデル2-製品アーキテクチャ
クラス8 イノベーションモデル3-コア技術戦略、オープン・イノベーション、リードユーザーイノベーション

(4)ナショナルイノベーションシステム
クラス9 国家としてのイノベーションシステム構築の重要性
クラス10 イノベーションと大学の役割

(5)最近のイノベーション学
クラス11 知財・標準とイノベーション戦略
クラス12 サービスイノベーション

(6)課題発表
クラス13〜15 *必要に応じテーマ講義、 課題発表:クラス討議


 ここに至るまでに、例えば一橋大学イノベーション研究センターの青島矢一教授、延岡健太郎教授という技術経営学の碩学、東京大学技術経営戦略専攻の松島克守名誉教授、坂田一郎教授ら俯瞰イノベーション学の権威などから教えをいただくとともに、過去に教えていただいた藤本隆宏東京大学教授などのMOTの資料をひっくり返して、四苦八苦してなんとか講義しているという状況です。すでにシラバスと実際の講義内容に若干の順番変更も生じました。話すことが多すぎて、時間が足りないのです。先日垣間見させていただいた、延岡健太郎教授の颯爽とした講義は、いつ実現できるのやら。。。


 しかしながら、人に教えるからには、毎日教科書や参考書とにらめっこしながら、何を学生たちに伝えるべきか、メリハリをもって行うよう考えています。その過程では、昔飛ばし読みしていた教科書に、新たな発見もありました。今年経営学科を卒業したばかりの長男にもアドバイスをもらっています。彼は、武石彰教授の門下の末席にいたのです。うらやましいこと限りありません。(武石教授は研究熱心ですが、あまり教科書をお書きにならないようですし。)


 次回から講義の概要を一部紹介したいと思いますが如何でしょうか。(不遜だ、というご意見があればやめます。)引き続き、ご指導、ご叱咤をよろしくお願い申し上げます。



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