第26回「ポジティブ・オフ」運動 〜休暇取得で観光促進と企業価値の向上を


 安倍内閣の成長戦略の中で、両立支援、女性の登用など女性活躍の重要性が強調され、マスコミや経済界でもこれまでと違う熱の入りようです。これまで男女共同参画やワーク・ライフ・バランスの改善など思うように成果は上がってきたとは言えませんが、今回は期待しています。これらは、世界的にもいびつな日本人の生き方、働き方、そして休み方を変え、ソーシャルイノベーションを生み出すもので、結局のところ根本的な生産性にも繋がるものではないかと思います。


 長年なかなか進まないものに、休暇改革があります。
 民主党政権においては、休暇改革は、大きな政策課題として取り上げられました。新成長戦略(2010)において、7つの柱のうちのひとつとして「観光立国・地域活性化」が掲げられ、26の具体的戦略目標に「3000万人の外国人訪問客」とともに「休暇取得の分散化」(大型連休の分散化と有給休暇取得の促進)が提示されました。地域を5ブロックに分けて分散して大型連休を分散取得する仕組みが「休暇改革国民会議」で議論されました。しかしながら、どの世論調査でも反対が上回り、「家族親戚や知人と休みが合わなくなるから」、「交通、観光地の混雑」、取引決済がうまくいかない、サプライチェーンが分断されるなど「経済的な影響が大きい」との反対理由があげられています。その後、東日本大震災でこの議論は、立ち消えになりました。その後、2011年度からは、観光庁は、ポジティブオフ運動を提唱し、進めています。


 遡れば、2002年6月に「休暇改革は、「コロンブスの卵」」という報告書が経済産業省、国土交通省、(財)自由時間デザイン協会により発表され、休暇を経済活性化に活用しようと提唱しています。丁度、ハッピーマンデーが実施された頃です。その中で、大恐慌後の1930年代のフランスで、レオン・ブルム首班内閣は、2週間の有給休暇を保証する「バカンス法」を制定し、その後、フランスでは、サービス産業が大きく成長し、内需主導型経済を確立したことが紹介されています。日本では、現在未消化の有給休暇は4億日に及びますが、休暇取得が完全に実現した場合、余暇消費増加や新規雇用・代替労働に伴う経済波及効果は、11.8兆円で雇用創出効果が148万人という試算を出しています(その後、観光経営フォーラムが16兆円、188万人という報告書(2009)をまとめています)。また、包括的で様々な政策提言は、今でもそのまま通用すると思われるのですが、ほとんど実現していません。


 その後、2006年に制定された観光立国基本法には、「休暇に関する制度の改善その他休暇の取得の促進、観光旅行の需要の特定時季への集中の緩和」(19条)が定められました。国土交通省の懇談会で「国内旅行需要の喚起のための休暇のあり方について」(2007年)、「休暇取得の促進を通じた企業価値の向上と旅行しやすい環境づくりについて」も発表されました。


(参考)観光庁ホームページ休暇改革
http://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/kyuuka.html


観光立国における休暇改革の課題
 日本は、年末年始、ゴールデンウィーク、お盆などに観光消費の4割が集中しており、観光客は、混雑した観光地で高い運賃、宿泊費を払い、受けるサービスの質も低下せざるを得ないといった問題があります。また、宿泊業や旅行業など観光産業にとっても、需要のピークシフト、平準化は、産業競争力を高める上でも重要な課題です。
 観光立国の目標の一つでもある「観光消費」は、急激な円高もあり、ピークの2006年の30兆円から24兆円(2010年)と2割の減少になっています。有給休暇取得の増加も含め休暇取得の平準化や休暇の分散化は、観光消費を増加させ、合理的な価格で、高い観光サービスを受けることにもつながるものです。迂遠なようですが、休暇改革によってマクロ的な消費構造を変えていくことが重要です。


「三方よし」の好循環を生み出す「ポジティブ・オフ」
 「ポジティブ・オフ」運動は、オフ(休暇や勤務終了後の時間)をポジティブ(前向き)にとらえ、有意義に過ごすことにより、ワーク・ライフ・バランスの改善や休暇を楽しむ豊かなライフスタイルの実現に繋げることを目的とし、企業・団体で休暇を取得しやすい職場環境を整える運動です。観光庁が提唱し、内閣府、厚生労働省、経済産業省が共同で推進しています。
 休暇分散化や休暇法制の見直しがショック療法・外科的手術とすれば、企業・団体で有給休暇の取得向上の運動を展開することは、漢方薬のような手法であると言えます。


具体的には、賛同する企業・団体に賛同書を提出いただき、それぞれの職場環境の休暇取得に向けた雰囲気作りとともに、従業員の休暇取得促進、福利厚生メニュー等と連動した外出・旅行の促進を行って頂きます。また、「Positive Off」のロゴを使用した商品・サービスの販売等も行われています。
 そして、オフが起点となって、個人、企業、社会・経済の3つを取り持ち、それぞれにプラスとなる好循環を生み出す取組でもあります。 
・心身健康で、活気があり、創造的な職場環境を整える
・外出・旅行などのオフの活動を通じた地域、経済、社会の活性化に取り組む
・家族との時間を楽しみ、自己啓発に取り組む。
 本運動は、賛同企業・団体の数の増加によって、休暇を積極的に取得し、有意義に過ごす社会的機運が醸成されていくことにより、日本人の「ライフスタイル・イノベーション」につなげていくことを狙いとしています。
 本運動の賛同企業・団体数は、運動開始当初(2011年7月)の51社・団体から、300社・団体を越える数(2013年5月現在)へと増加してはいますが、まだまだ自走する運動にはなっていない状況です。


日本人の年次有給休暇の取得率は5割以下
 独立行政法人労働政策研究・研修機構の資料等によると、日本人の年間休日取得日数は127.6日であるのに対して、フランス人は140.0日、ドイツ人は144.5日、イギリス人は136.6日となっており、ドイツより17日も少ないわけです。
 これは、日本では他国に比べて週休日以外の休日(祝日)が多い一方、有給休暇の取得率が49.3%(2012年 厚生労働省)と極端に少ないためです。欧米主要国については、フランス、ドイツ、イギリスでは年次有給休暇取得率はほぼ100%、アメリカでも70〜80%となっています。
 日本人が有給休暇を取らない理由は、「病気や急用のために有給を取っておきたい」「仕事が多すぎて休む余裕がない」という理由のほか、「休むと職場に迷惑を掛けてしまう」「職場の周囲の人が取らないので取りにくい」「上司がいい顔をしない」「勤務評価等への影響が心配」という職場に気兼ねして休暇を取りにくいといった、職場環境に因るところが大きいのが現状です。休暇の効用を認識し、職場で休暇計画を立て、皆が休める環境を整えれば、休暇取得は進むものと考えられます。


休暇が企業価値を向上させる
 一方、日本経済新聞社の「働きやすい会社2012」によると、「働きやすい会社」の条件として、「労働時間の適正さ」(43.48%)が最も多く、「休暇の取りやすさ」(42.26%)、「半休や時間単位など年次有給休暇の種類が充実」(32.03%)が上位となるなど、休暇は、ビジネスパーソンや新卒者が会社を評価する際の主要な項目となっています。休暇取得に積極的な企業は、健康で活気があり、創造的で、競争力がある企業というイメージを与え、企業価値を高めています。
 また、東日本大震災以降、ボランティア休暇を活用した復興支援等の体験が社会貢献に直結するばかりでなく、社員の成長を通して企業に還元されることも認知されつつあります。


80年代に、米国から内需拡大を求められ、貿易収支の黒字減らしのため、輸入拡大などを国策として進めましたが、国民の休日を増やし、勤務時間の短縮をしたくらいで、休暇改革には十分な対応をしてきませんでした。企業競争力の低下や中小企業が対応できないからと言った懸念が挙げられたかと思います。日本の産業競争力が高かったあの頃に、日本人の働き方、休み方を変えていれば、日本のソーシャルイノベーションが起こっていたのにと残念に思う次第です。


 (本稿は、月刊事業構想2月号の原稿を加筆修正したもので、また、個人としての見解であって、属する組織のものではありません。)



記事一覧へ