第31回 「柏キャンパスへようこそ」の巻


 新しいポストに異動した際の楽しみの一つは、新しい土地との出会いです。外国や地方での勤務の場合には、当然、新しい土地との出会いがふんだんにあるわけですが、そうでない場合でも、新しい土地との出会いは色々とあるものです。昨夏、東京大学に出向してきたおかげで新しく出会った土地の一つに、千葉県の柏市があります。恥ずかしながら、それまで、つくばエクスプレスに乗って筑波へ出張に行く際に、途中、柏の葉キャンパス駅を通っても、そこに東大の柏キャンパスがあるとは、つゆ知りませんでした。その柏キャンパスの一般公開が10月末にあり、昨年に続き、今年も出かけてきました。


 毎回、柏キャンパスに来る度に感じることですが、新旧の建物がぎっしりと建っているという感じの本郷キャンパスに比べ、柏キャンパスは、広々とした空間に新しい建物が整然と並んでいて、米国の研究機関を訪れたような感覚にとらわれます。このキャンパスには、学部は無く、大学院の新領域創成科学研究科が置かれています。その他、宇宙線研究所、物性研究所、大気海洋研究所、人工物工学研究センター、空間情報科学研究センター、数物連携宇宙研究機構といった研究機関が置かれています。それぞれの機関が行っている研究内容を分かりやすく解説する能力を持ち合わせていませんが、まだ柏キャンパスにお越しになったことが無ければ、是非、来年の公開キャンパス(多分、来年も10月末の週末だと思います)にお越しになり、研究の一端を御覧になって下さい。


 昨年と今年の体験を踏まえ、来年以降、公開キャンパスに来られる方々へのオススメを言いますと、まず、物性研究所のガイドツアーは面白いです。新領域創成科学研究科の基盤科学研究系と生命科学研究系の出し物も面白い。初老の女性に、「今年も七宝焼きを作りたいのですが、どこに行けば良いでしょう?」と尋ねられたりしましたが、この七宝焼き作りは、上記の基盤科学研究系の出し物の一つです。広々とした閲覧室がウリの柏図書館のメディアホールで上映されるビデオは良質です。宇宙系の出し物が充実しているのも、柏キャンパスの一般公開の特長です。あと、今年度新たに柏に設置された大気海洋研究所では、本当の鮫肌を体験できます(要するに、鮫に触れます)。


 さて、今回の一般公開で最も感激した体験を最後に。キャンパス内を一通り端から端まで行って、戻ってくる際に、女性スタッフから「将棋に御興味はありませんか?」と声をかけられました。「ありますよ。」と答えて連れて行かれたのが、柏キャンパスに研究・留学等で来ている外国人向けの将棋講座。講師は、瀬川晶司四段。奨励会を年齢制限で退会したものの、5年前に、日本将棋連盟が課した試験で棋士3人に勝ってプロ入りを果たした棋士です。配られた外国人向け将棋説明パンフを読んで、駒が成ることを'promote'と英語表現することを知ったり、瀬川四段が、「将棋で一番大切なのは礼です。礼をしながらお願いしますと言って始め、負けたと思ったら、負けましたと言って一礼して下さい。この礼を重んじるということは、日本文化全体に通じるものです。」と説明された後、スタッフの号令で、全員がお願いします、負けましたと練習するのを見たりしつつ、楽しい時間を過ごした後、対局開始と相成りました。そして何と、瀬川四段に指導して頂くことに。将棋は子供の頃好きでしたが、最後に駒に触ってから20年近く経った私に、いきなり巡ってきた初めてのプロ棋士との対局。瀬川四段に「駒を落としますか?」と尋ねられ、「駒落ち将棋はやったことがないので、平手でお願いします。」と柄にもなく大胆なことを言ってしまったのに対し、瀬川さんはにこやかに、「それでは、先手でどうぞ。」昔を思い出しつつ、好きだった四間飛車に振って、高美濃囲いに固めました。中盤、守るべき場面で有効性の乏しい攻めの着手をしてしまい、そのため囲いに穴を開けられてしまってからは、あっという間に寄せられて、「有難うございました、負けました。」と一礼。瀬川四段、すぐさま中盤時点に駒を置き戻して下さって、「この一手は辛抱強い良い手でした。」と攻めの銀を引いて守った手を褒めて下さり、一方、上記の失着について、私が「ここで守っておけばもう少し粘れたと思うのですが。」と言ったら、「いや少し粘れたというよりは、自分の方が結構難しかったかもしれません。」と凄く謙虚なコメントをされ、最後に、「しっかりとした将棋でお強いと思いますよ。」なんて、近年言われたことの無いような褒め言葉を頂戴し、とてもハイな気分で対局場を去りました。昔、良く使っていた台詞で締めますと、キャンパス一般公開って本当に面白い!



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