第54回 日米イノベーション政策の相互影響−『米国の競争力とイノベーション能力』報告書


「日米イノベーション政策」

 これまでも、日米のイノベーション政策は相互に影響してきているとのお話をしてきました。特に80年代のJapan as No.1の時代に確立した日本がモデルとなった「ナショナルイノベーションシステム」の概念に基づく米国の一連の技術移転などの政策実施、また、その後のIT等米国新産業の勃興に影響された90年代の日本の構造改革的イノベーション政策、さらには21世紀に入って中国等の台頭を意識した日米のイノベーション政策の実施。政策担当者は互いに意識して影響しあってきたといえるでしょう。また、これには、米国ビジネススクールを中心とした「イノベーション学」の発展が大きく寄与したことも注目されます。


 先日のINPIT主催「国際知財活用フォーラム」で、パネラーの一人の方が「パルミサのレポートを読まない勇気」と、鋭い警句を発しておられましたが、確かに米国を追っていくだけではイノベーションは実現できないことも事実ですが、こうした相互影響の歴史を踏まえると、それを敢えて無視するのではなく、是々非々で、あるいは他山の石として見ていくことが必要であると筆者は思っています。


「報告書の価値」

 さて、去る1月6日に、商務省が、米国のイノベ―ション経済が直面する課題や機会を一年間にわたって調査した結果をまとめた報告書、『米国の競争力とイノベーション能力(The Competitiveness and Innovative Capacity of the United States)』を米国議会へ提出しました。この報告書は160ページに及ぶもので、簡単には斜め読みができませんが、NEDOワシントン事務所の松山貴代子さんが、NEDOワシントンデイリーニュース読者のために概要をまとめてくれましたので、下記に転載します。 松山さん、いつもタイムリーなご報告ありがとうございます。


 さて、この報告書を見て、今更ながら驚くのは、世界一基礎研究能力が高く、政府の資金が豊富で、また世界一アントレプレヌールシップが高いと思われている米国でおいてすら、イノベーション関係者の現状への深刻な危機意識です。過去の成果を率直に評価しつつ、例えば、インターネットの進化における米国政府の役割を評価する項では、NSFがどうGoogleを支援したかがコラムに書かれています が、それに対比して、現在米国のおかれている状況を厳しく精査して政府の役割を改めて提言しています。


 特に、一連の競争力法の柱の一つである理数系人材育成への危機感がここでも強調され、教員の要請や、貧しい層の人々への大学教育の必要性が謳われています。


 日本の状況は、どう見ても米国より厳しいと思いますが、政府は果たしてこのようなイノベーションに関する危機意識を国民と共有する義務を果たしてきたか。極めて疑問です。


「報告書概要(松山貴代子氏作成)」

 「2010年America COMPETES再認可法」注1により、米国の経済競争力とイノベーションに関する報告書の作成を義務付けられたDOCは、連邦省庁や地域団体、財団や民間部門の代表者15名で構成されたイノベーション諮問委員会を設置して報告書作成に取り組んだほか、起業家や革新産業を支援する連邦政府の最善策に関する意見を求めるために全米各地でCOMPETES関連行事を開催した。


 DOCの報告書は、新発見を市場化し、アントレプレヌールシップを奨励する基本的な必要要素への支援が不十分なために他国との競争に苦闘する米国経済を描写している。報告書があげる重要な調査結果は下記の通り:
・研究開発、教育、及びインフラ整備への連邦投資は、20世紀における米国の経済競争力、事業拡張、及び雇用創出にとって必須の構成要素(ビルディングブロック)であった。
・研究開発・教育・インフラ整備への適切な投資や包括戦略を怠ったことが、米国競争力を減退させている。
・制約された予算環境では、研究開発・教育・インフラ整備という3本柱への支援の優先付けが米国経済の将来にとって必須であり、米国納税者に高い投資収益率を提供することになる。


 報告書はまた、連邦政府の製造部門活性化支援や民間部門との地域提携・協力が、地域に根付いた健全なイノベーション経済の構築を助長することになると指摘しているほか、連邦政府の地域イニシアティブやスタートアップ事業支援(スタートアップ・アメリカ・パートナーシップ等)を拡大することが、全米各地において新規ビジネスを生み出すために必要な環境や早期支援を助長することになると述べている。その他の主要な調査結果は下記の通り:


基礎研究

 一般市民とビジネスが最大の新アイディア源である一方、市民やビジネスのイノベーションを支援・開発する上では政府が重要な役割を果たす。連邦政府からの元手(seed money)がどのように世界を変えるかという例は、インターネットや衛星通信や半導体等の開発に見ることが出来る。米国がイノベーションの世界的リーダーとしての立場を維持するため、下記の政策を提言する:
・連邦政府の基礎研究支援を引き続き増額
・R&D税額控除の強化と延長
・革新的な起業家の支援
・アイディアの基礎科学研究所から商用アプリケーションへの移行を加速
・クリーンエネルギー改革の解放(unleash)
・バイオテクノロジーR&D、ナノテクノロジーR&D、および先進製造技術R&Dの促進
・研究投資の価値と有効性を測定する方法を開発


教育

 STEM(Science, technology, engineering and mathematics)分野で就職する女性労働者の所得が、STEM以外の職につく女性労働者よりも33%高いことからも、STEM分野における教育の重要性は明白である。行政府が現在行っているイニシアティブや新規イニシアティブでは、大学教育をより手頃にすることや、STEM教員の増員、STEM教員の質向上等によって、この課題に対応している。世界経済で打ち勝つためには、政府は学生や労働者にSTEM教育の追及を奨励する必要がある。


インフラストラクチャー

 高速インターネットやブロードバンドインターネットといった情報通信技術の先頃の発展は、社会や経済環境を変えてしまった。中小企業はインターネットから多大な恩恵を受け、オンラインサイトをもたない企業と比較すると、2倍以上の雇用を創出している。ブロードバンドを導入する米国家庭は2010年に68%(2001年の約8倍)まで増えたものの、米国家庭の約3分の1が依然としてデジタル経済から締め出されたままとなっている。連邦政府が、都市部と農村部の双方にブロードバンドインターネット・アクセスを提供する膨大な近代的グリッドへ投資することは非常に重要である。オバマ政権は、21世紀インフラストラクチャーを構築するため、次世代航空管制システム(NextGen Air Traffic Control System);ワイヤレス通信用周波数の増大;スマートグリッド基準の策定;全米各地の道路・鉄道・橋プロジェクトへの未曾有の投資、といった努力をしている。


製造業の支援

 米国製造部門の繁栄は、競争力・経済成長・雇用創出、および中産階級の維持に必須である。製造業は2009年には国内総生産(GDP)の11.2%を占め、1,100万人以上の労働者を雇用。米国の民間R&Dの67%は製造会社によるもので、製造業は米国経済における最大のイノベーション源でもある。米国製造業を活性化するため、下記のイニシアティブが進行中である:
・米国自動車業界の救済
・ホワイトハウス製造業政策局(Office of Manufacturing Policy)の創設
・先端製造パートナーシップ(Advanced Manufacturing Partnership =AMP)の立ち上げ
・マテリアル・ゲノム・イニシアティブ(Materials Genome Initiative)
・SelectUSAの創設
・連邦政府の新たなR&D支援注2
・国家ナノテクノロジー・イニシアティブ
・全米デジタル工学・製造コンソーシアム(National Digital Engineering and Manufacturing Oncortium)の立ち上げ


 DOCの報告書は更に、連邦政府努力の指針となる10項目の重要政策提言を提示している。これら提言は下記の通り:
1.政府の基礎研究支援を継続
2.連邦R&D税額控除の強化と延長
3.プローフ・オブ・コンセプト・センター(Proof of Concept Center)やi6グリーンチャレンジ、先端製造パートナーシップ(AMP)といったイニシアティブにより、アイディアの基礎研究所から商業的応用への移行を加速
4.STEM教育の強化、及びSTEM教師の訓練を目的とする新規プログラムの創設
5.ワイヤレス通信用周波数の増加
6.有用なデータセットへのアクセス拡大
7.製造業に対する連邦支援の調整
8.地域クラスターやアントレプレナールシップを助長する努力の支援と強化
9.米国の輸出推進と海外市場へのアクセス改善
10.法人税と知的所有権制度の改革
(The Competitiveness and Innovative Capacity of the United States, January 2012; Department of Commerce Press Releease, January 6, 2012; SSTI Weekly Digest, January 11, 2012)



注1.同法令は2010年12月17日に議会を通過し、オバマ大統領の署名をもって2011年1月4日に成立した。

注2.フレキシブルエレクトロニクスや太陽電池、自動車用超軽量材料といった分野におけるDOEのR&D支援;ナノマニュファクチャリングや次世代ロボット、「スマート」ビルディングや橋といった先進製造分野におけるNSFの研究支援、等。



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