第52回 アレキサンドリアの静寂とニューヨークの喧騒(第10回商標拡大三極会合)
「快晴のアレキサンドリア」
12月のワシントンDCは、急な寒波の東京に比べれば幾分暖かいかと思いましたが、東京と同じように凛と晴れた寒空が我々代表団を迎えてくれました。日米欧の商標担当局長らが集まる会合は、今回4周目に入り、米国特許商標庁(USPTO)がホストの順番です。USPTOは拡大して分散したオフィスを集約すべく、2005年頃、ワシントンDC郊外のアレキサンドリアという旧い町の一角に威容を誇る庁舎を設置しました。(写真手前のビルから奥の塔型のビルまで全部USPTOです。)職員一万人の巨大な役所ですが(ちなみにわが特許庁は3千人です)、相当の審査官は在宅勤務を許されているので、実働はもっと少ないでしょうが、それでも、大きな役所です。米国の知財政策を重視する姿勢の一端を示しているのでしょうか。
「USPTOとスティーブ・ジョブズ」
静かな日曜日の午後のアレキサンドリアの街角を横切って、USPTOのロビーに入ると、そこには吹き抜けの天井にとどかんとする巨大なクリスマスツリーと、等身大のiphoneのモニュメントがたくさん飾られています。
2メートルもあろうかというiphoneを覗くと、そこには若いころと最近の見慣れたスティーブ・ジョブズの大きな顔写真、そして、その横にはたくさんのアップルの持つ特許、商標、意匠の登録広報が飾られています。スティーブ・ジョブズがイノベーションを実現し、アップルのブランドを世界的にゆるぎないものにしたことは誰しも認めるところですが、ここワシントンの政府機関のロビーで、この偉大な一市民の知財、そしてイノベーションへの貢献を称賛していることは、米国人のおおらかさと素直さを感じさせられずにはいられません。若いころのスティーブ・ジョブズ(写真)を改めて眺めてみると、往年の哲学者のような風貌と異なり、野心と熱意にあふれています。イノベーターの顔はかくありなん、ということなのでしょうか。
「拡大する商標三極」
さて、今回の商標三極会合は、韓国知財庁(KIPO)と中国商標局(SAIC(国家行政工商総局の一部門))に対して正式メンバーとして招聘状を送りました。SAICは第8回から、KIPOは東京での第9回からオブザーバー参加していますが、その間両国の商標出願は順調に拡大し、今や中国は世界最大の商標出願国になりました。国際整合化に向けた協力を進める三極としても、一緒に議論し行動すべき相手です。この日米欧中韓の5庁で、世界の商標出願の三分の二を超えているのです。今回KIPOはリ商標意匠局長、SAICは李商標局副局長が出席されました。韓国が正式にメンバーとして参加しましたが、中国は会議中には正式参加を表明しませんでしたので、会合の名称は拡大商標三極から「TM4」に改編しました。(@)いずれにしろ、世界的な商標をとりまく大きな協力の枠組みが成立したわけです。会合は、三日間フルに続き、国際分類の調和やIT分野の協力など大きな進展を得て無事終わりました。会合の成果は特許庁ホームページで公開しますので、ここでは内緒にしておきます。
「高橋是清とUSPTO」
三極会合に参加した各国政府代表および、ユーザー(ユーザーと各国庁と議論するユーザーセッションには、日米欧韓から11団体が参加。日本からも日本弁理士会、日本商標協会、日本知財産業協会にご参加いただき、質疑を行っていただきました。ありがとうございます。)を招いたレセプションは、スミソニアン博物館の傘下である「Donald W. Reynolds Center for American Art and Portraiture 」という美術館で行われました。美術館でこうした宴を行うことは、日本でもやっと最近行われるようになりましたが、米国などでは参加者をもてなすため、定番になっています。この美術館は、歴代大統領のポートレートや、旧い発明の図面や模型などを陳列している美しく伝統ある建物です。その石造りの荘厳な「Invention Hall」には、米国を代表する発明家たちのレリーフが飾られていました。
そこで挨拶したUSPTOカッポス長官(写真右)の話を聞いて、感銘を受けました。この建物は、1800年代から20世紀半ばまで、実に90年間USPTOの庁舎だったのです。Invention Hallの吹き抜けの先に見える二階の展示室は、その昔審査官が審査ファイルをめくっていた審査室とのことでした。
ということは、日本の知財制度の祖である高橋是清が、130年ほど前、初代の特許庁長官になる以前に、米国の特許、意匠、商標制度の調査に来たのは、この美術館の建物にあったUSPTOだったのです。筆者は、2階の美しい造作のバルコニーの先に、忙しく米国審査官から制度を学ぶ若き高橋是清の姿が見えるようでした。その当時、USPTOは、有料のはずの特許などの公報を「日米の公報を交換する」という理由を立てて、無償で日本に提供してくれました。日本では、まだ知財制度がなく、「公報」など存在しないことがわかっているのに、です。高橋是清翁の話をカッポス長官にしたところ、おだやかにほほ笑んでおられました。三極の議長を初めて務めたコーン商標コミッショナーは、「ぜひ皆さんをここに連れてきたかったのよ」と満足そうでした。
「クリスマスのNYC」
最終日、世界最大の商標関連団体、INTA(国際商標協会)のニューヨーク本部に招かれ、様々な議論をしました。特に、最近INTAにも意匠委員会ができたので、その担当委員の弁護士と日米の意匠制度についての意見交換も行いました。会合には、INTAのドン?ドリューセン事務局長ほか、次期INTA会長でエステローダー知財担当副社長のマラッツォ氏をはじめとする理事会メンバーが参加されました。
INTAはマンハッタンの42番街、グランドセントラル駅のすぐそばにあります。到着したホテルからオフィスまで、すでにクリスマスの飾りつけでいっぱいのニューヨークの街を我々は急ぎ足で通り過ぎました。12月初旬の平日だというのに、街は観光客であふれ、デパートの工夫を凝らしたクリスマスのウィンドウに群がっています。例のロックフェラーのアイススケート場の横を通りましたが、ここも観光客と市民でいっぱいです。もしかして、一年で一番良い時(そしてホテルが一番高いとき(涙))にニューヨークに来てしまったのでしょうか。そんなことは、仕事にかまけて?全く気が付きませんでした。
INTAでの会議と、懇談の後、ドリューセン事務局長は、近くのグランドセントラル駅まで案内してくれました。彼と会うのはもう4,5回目ですが、一見気難しそうですが本当はとても気配りのある上品なおじさんということがわかっています。
グランドセントラル駅では、その高い天井のドーム一面に星座のイルミネーションを飾っていて、その下には、クリスマスの特別なモールが立っています。薄青いドームは本当の夜空と見間違えるように美しく、しばし見とれました。ここも観光の名所のようです。
まじめな話に戻ると、商標はますますグローバル化し、われわれ制度官庁もそれに対応すべく努力を重ねています。商標三極は今年で10年目ですが、やっといろいろな成果が出始めています。中国、韓国が議論に参加してますます内容とその価値が深まっていくでしょう。今後ユーザーとの意見交換も活発化していきます。ご期待ください。
(@)その後、SAICの副局長(副大臣級)からUSPTOに対し、正式にメンバーとなる旨表明がありました。これをもって、TM5 となります。
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