第38回 仮想世界と知財
「仮想世界と法を考える研究会」
2月のある日、特許庁内の一室で、東京大学 政策ビジョン研究センターの「仮想世界と法を考える研究会」が開催されました。同センターも前回ご紹介した知の構造化センターと同様、小宮山宏前総長の肝いりで作られた研究組織です。このセンターの、特に「知的財産権とイノベーション研究ユニット」と特許庁とは密接な関係があり、2年前京都で開催された三極特許庁長官会合の際の日米欧三極知財シンポジウムにおいて、直前に同センターが主催した「アジア知財会議」の成果を「アカデミアからの提言」としていただいています。
仮想社会と法を考える研究会は、杉光一成金沢工業大学教授を幹事として、知財法学界の重鎮、中山信弘東京大学名誉教授をアドバイザーとし、内外で活躍するこの分野に通暁した弁護士、弁理士の方々をメンバーとする会で、東京大学からは渡部俊也教授も参加されています。特許庁からも意匠、商標の審査官がオブザーバー参加させていただいています。同研究会の趣旨文によれば、「仮想世界と法の問題について、特に知的財産法を中心としつつ、その他の関連領域について様々な分野の実務家、研究者とともに研究し、現行法における問題点を指摘するのみならず、今後ますますの拡大が予想される仮想世界に対する日本国政府の政策ビジョン形成に資する提言等を含めた研究成果を創出することを目的 」としており、この日は節目の会合ということで、現在明治大学におられる中山信弘東京大学名誉教授もご出席のもと、特許庁で開催していただいたのでした。
「仮想世界と知財の問題」
仮想世界と知財の問題とは、なんでしょうか。
仮想世界は、我々世代ですと、RPGを想起します。(私でも??)ドラゴンクエストなどに一時はまったことがありますが、ゲーム内の仮想の町で情報を得たり、ものを売り買いしてゲームを進めていくのがRPGです。しかし、現在では、ゲームとしてだけでなく、ソーシャルネットワークとしての仮想世界が存在し、自分の分身である「アバター」が生活しています。そこでは、仮想通貨によって商品の(場合によっては「土地」までも)売り買いが行われています。仮想通貨といっても、現実の通貨との交換が可能です(カードのポイントと同じような扱いになるのでしょうか)。。
こうした経済活動が仮想世界の中で行われていることから、現実世界の法もカバーされるべき世界になってきているとの指摘があるのです。そこでは、商品・役務の存在がありますので、それに関する知財の問題も(概念的には)起こりうるのです。
この問題は、杉光一成教授と市村直也弁護士・弁理士の論文(*i)に網羅的に整理されています。杉光ら(*ii)仮想世界を巡る法的な側面の研究は、判例が少ないこともあり、まだ十分ではないが、最近の仮想世界においては、ユーザーに仮想世界内での「仮想商品」や「アバター」などの「創作」を認め、さらにユーザーの創作によって発生した知的財産権の帰属をユーザーに認めるものが出現し、また「仮想商品」の商取引も現に存在しているとし、米国の他人の創作した「仮想商品」を無断で複製販売し著作権侵害訴訟に至った事例を示しています。「仮想世界」では、これまでのゲームのように、ゲームメーカーが全ての事象を管理していた世界と異なり、そこではこれまで想定されていなかった法的問題の可能性を示しています(*iii)。
「知財の扱いはどうなるか」
仮想世界と知財との関係は、問題になるのでしょうか。
現時点で個人的感想を直感的に言えば、商標に関しては、仮想世界といえども実取引が行われていれば商標の使用に当たり、著名商標であれば(不正競争防止法に基づき)商標の希釈・汚染が主張できるのではないか。したがって、商標法での新たな手当は必要ないのではないか。
一方、意匠法では「仮想商品」の意匠を保護する権限は現在の意匠法にはない、つまり意匠とは、「もの」に関する事項であり、意匠法上では意匠とは「物品の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、視覚を通じて美観を起こさせるもの」をいうのであり、画面上に現れているすばらしい椅子のデザインは、現実の物品と関係ないものですから意匠権は及ばないと考えるのが妥当でしょう。したがって、将来は何らかの手当が必要になる可能性がある、と考えていました。
しかし、この日の研究会では、商標法においても、「仮想商品」の取引において識別性を獲得した商標は現行法では保護できない、と考えられるとの指摘がされました。一方、著作権法においては、現実世界と「仮想世界」において法の適用の差はない(*iv)) 、との指摘がありました。いずれもそうかな、と思える意見です。
このように、デジタル化がすごい勢いで進んでいくと、本来守られるべき権利が法的に保護できなかったり、逆にフェアユース、コモンズの例のように、守らなくていいものまでがんじがらめに守らざるを得ないという事象が起こる可能性があったりする、ということです。
「特許庁、どうすんの?」
現実に、現在特許庁で「仮想世界」に関する知財法整備を事務的に進めているわけではありません。
しかしながら、デジタル社会が目の前に展開している中で、特許庁では、例えば画面上に現れる動くロゴや、聞けば誰でも商品・企業を思い浮かべる音などの非伝統的な商標の導入検討を進めているのは既報のとおりであり、また意匠法において審査基準の緩和によりデジタル機器上の操作画面の意匠保護を進め、さらには法律的な手当により具体的な画像の保護の可能性についても検討を進めていくことにしています。
一方、デジタル化が想像を超えて急速に進んでおり、「仮想世界」が現実世界に影響を与え始めている中、今回の研究会のような研究をさらに進めていく必要性を切に感じた一日でした。法はあくまで人間が作るものですから、現実世界の変化にあった法制度のブラッシュアップが必要だと思っています。
中山信弘先生、杉光一成先生、渡部俊也先生をはじめとする皆様、ありがとうございました。
i. 杉光一成・市村直也、2010「仮想世界と知的財産に関する諸問題を検討するフレームワークの提案」知財管理Vol.60-2,p203-211
ii.ほかに、中崎尚、2010「バーチャルワールド(仮想世界・仮想空間)における法的問題点T〜V」NBL No926、928、930がよくまとまっています。,
iii. ゲームにおいても、最近のソーシャルゲームでは、ソーシャルネットワークと同様の仮想世界が存在しつつあるようです。
iv.たとえば、ユーザーが創作した車の「仮想商品」が無断複製、取引されていたとしたら、それは画家が描いた現実の車の絵画の無断複製、取引と同様に著作権法が適用されるのではないか、との考え。
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