第35回 日本のイノベーション戦略−健康イノベーション
「はじめに、知の構造化シンポのお知らせです」
2月5日土曜日に東大本郷・福武ホールにて知の構造化シンポジウムが開催されます。
知の構造化とは「大量に存在する学術情報や医療情報、実世界データやウェブ上のデータを収集し、さまざまな構造化手法を用いて構造化すること(知の構造化センターサイトより抜粋)ですが、国立国会図書館長の長尾先生ほか、この分野の有数の先生が講演されますのでご興味ある方はご参加ください。なお筆者も(有数ではありませんが、)「イノベーションの構造化」の題で講演する予定です。参加ご希望の方は以下のウェブサイトから申し込みください。
http://www.cks.u-tokyo.ac.jp/workshop/symp2011.html
「イノベーションなくして成長なし」
さて、本題です。先日、政府が「医療イノベーション推進室」を設置したとのニュースが大きく取り上げられました。既に医療・創薬分野では、各省庁や研究機関がイノベーション推進のための努力を続けていますが、室長に東大医科研の中村祐輔教授、室長代行に東京女子医科大学の岡野光夫教授と、島津製作所フェローの田中耕一氏と、そうそうたる、かつ我々もお世話になっている先生方が名を連ねています。事務局には、経済産業省のバイオ新規事業担当企画官だった八山幸司企画官が出向しました。将来の成果を大いに期待しましょう。
さて、ここで敢えて申し上げたいのは、医療のイノベーションはもとより重要ですが、今世紀的にもっと重要なことは健康イノベーションだということです。つまり、病気を治すという「医療」から病気を防ぐという「ヘルスケア」への発想の改革が重要なのです。今回は、このテーマについて「イノベーション・クーリエ(社団法人民間活力開発機構 発行)」という冊子の最新号に筆者が寄稿したコラム「イノベーションなくして成長なし」から抜粋・加筆してDNDの読者にもご紹介したいと思います。
いうまでもなくイノベーションは今世紀で最も重要なキーワードの一つで、特に成長戦略には欠かすことが出来ません。これは、イノベーションが、様々な知恵・技術から財・価値を生みだすことの詳細な概念であり、イノベーション戦略とは、どのような人材、組織、制度、体制、政策によってどうやって新たな価値を創造するかを示すことだからです。元首相の言い方を借りれば、「イノベーションなくして成長なし」です。これは、世界各国の共通認識で、日本の現政権でも、課題解決型の国家戦略の中にグリーン・イノベーション、ライフ・イノベーションを取り上げ、強い経済」を実現するための戦略としてイノベーションを位置付けています。そしてその中味は何でしょうか。
課題解決型の国家戦略とは、言い換えれば「課題先進国」(小宮山宏先生)である日本独自の戦略ですが、その意味するものは、環境・エネルギー、資源、医療、福祉、教育等の「制約」の解決です。単純化すれば国家規模では少子高齢化、地球規模では地球環境問題への対応です。このための日本のイノベーション戦略を考えると、日本は世界に誇る長寿国であり、新エネ・省エネ先進国です。また最近陰りがあるとはいえ、安心・安全大国でもあります。ここに、その鍵があるのです。一つは、エネルギー戦略であり、ひとつは健康戦略です。
「健康(ヘルスケア)イノベーションこそ国を救う」
エネルギーについてはまた他稿に譲るとして、健康イノベーションについて考えましょう。ヘルスケアのイノベーションの裾野はとても広いものです。長寿を支え、安心・安全な社会を構築するには、単に医薬・医療技術のイノベーション(これも重要ですが)だけではなく、心身の健康を日常から獲得していくための社会的な仕組みの改革、ソーシャル・イノベーションが不可欠です。経済産業省が推進してきた「サービス産業創出支援事業」においても、健康サービス産業創成への先進的な取り組みを取り上げ、(社)民活機構の「健康作りの郷」や(株)ヘルスケア・コミッティーの「健康支援システム」など、新しい概念のソーシャルビジネスが起こり、継続されています。ここでは、先に述べたように、かかってしまった病気を治すという「医療」から、未病のうちに病気を防ぐという「ヘルスケア」への発想の改革があります。医療や介護への財政負担が重くなっていくにつれ、安心・安全大国が揺らいできて、このヘルスケアの概念が政策としても重要性を増しているのです。健康サービスに関する経済産業省の事業において、厚生労働省健康局と固く連携してきたのもそれが故です。「ヘルスケア」こそ、国を救うのです。こうしたことも背景にあったのか、経済産業省では、23年度から商務情報政策局にヘルスケア産業課(仮称)を創設し、医療・介護等関連サービス分野における産業化を強力に推進するとしています。期待しましょう。
「イノベーションの場:コミュニティ」
「エネルギー」も同じですが、「健康」のイノベーション戦略を実行していく場として重要な概念がコミュニティです。米国では、統合的なヘルスケア・ネットワークが市民の地域コミュニティでのヘルスケアを確保しています。そこでは、都市コミュニティにおいて、医科大学に隣接する中核大規模病院と、各地域の中堅病院、そしてそれにネットワークする個々の診療所が統合的に運営され地域の効率的な医療システムを構築し、さらに中核病院を中心にして医療の外縁にあるフィットネス、食事、介護等の様々なヘルスケア・サービス・ビジネスが経営統合されています。この組織は、非営利組織で持続的に運営されています。米国では公の医療保険制度の不備が問題視されてきましたが、それを補完して医療サービスを提供できるよう、このコミュニティのネットワークが機能してきた実績があります。医療保険先進国であった日本が現在直面している地域医療のほころびには、このコミュニティネットワーク再構築が処方箋となり得ます。経営の行き詰まった大学病院や公立病院を中心にネットワークして分業・構造化し、サービス・ビジネスを組み合わせて経営を統合的に進めることは日本の地域でも可能です。
「イノベーションがもたらす心豊かな生活」
21世紀こそイノベーションの時代です。イノベーションというと、産業や技術本位の社会を連想され、経済的な利得に偏っていると感じる方もおられるかもしれませんが、前述のように、私たちの生活にも重要な貢献をするものです。
エネルギーと健康の2大イノベーションを、コミュニティをベースに人間本意で創成していくこと、このことこそが、日本の明日を支え、合わせて心豊かな生活を我々にもたらしていく重要な戦略ではないかと思います。日本にはそのための知恵と技術があり、それを心通うものにし価値を創造できる力のある人間がいるのです。筆者はそう信じています。
記事一覧へ
|