第34回 第9回商標三極会合
「議長の大役」
第9回の商標の日米欧三極長官・局長級会合は、議長国が三巡して、いよいよ日本開催の順番です。筆者は巡り合わせで、日本の特許庁を代表して議長という大役を担うことになりました。
昨年、スペインはアリカンテで開催された三極会合では、白バイの先導付きバスでホテルと欧州商標庁(OHIM)の会議場を往復してもらったり、また、海の見えるオフィスのレストランでのワーキングランチや郊外の会場ですばらしいレセプションが行われたりと、議長庁であるOHIMに至れり尽くせりの対応をしていただいたので、今回の主催者としては非常にプレッシャーのかかる会合です。もちろんサブも含めてですが。
12月7〜9日、いよいよ霞ヶ関の特許庁オフィス16階特別会議室で会議が始まりました。この会議室はあまり大きくありませんが、同時通訳ブースもあり、この規模で国際会議を行うには適切な施設です。
出席者は、まず米国特許商標庁(USPTO)の商標コミッショナー(同庁にはもう一人、特許コミッショナーがいます)ベレスフォード女史含め米国代表団6名。同コミッショナーは、この三極出席後の12月末に引退されて、その跡を今回も来日したコーン女史が継ぐことが発表されています。ベレスフォード女史は、商標三極会合は第一回から出席しているベテランで、いつも手際よく会議をリードしてくださいます。
次にOHIMのカンピーノ長官含め欧州代表団7名。長官は、つい先日前任のデ・ボア氏を継いで、前ポルトガル知財庁長官から抜擢された知財の専門家ですが、まだ40代前半の若さです。WIPOでマドリッドプロトコール・ワーキンググループ議長を務めていたこともあり、商標制度にも精通されています。(写真右からカンピーノ長官、コーン次期商標コミッショナー、ベレスフォード女史。特許庁前にて。)
「三極の意味」
知財の国際社会では、「三極」会合が重要な意味を持っています。特許分野では、日本特許庁、USPTO、欧州特許庁(EPO)の三極の特許担当庁長官が年に一回集まるのが「三極長官会合」です。既に今年で28回目を数えていて、WIPOがだんだんと参加国の多い国連化?していくのに対し、特許スーパーハイウェイなど一定の成果をあげてきました。
商標の世界では、欧州ではEPOではなくOHIMが担当しており、別の枠組みとして、USPTOの商標担当コミッショナーとOHIM長官、それに日本の特許庁審査業務部長(英語では、商標・意匠・行政部長(局長)との役職になっています)の「商標三極会合」が行われているのです。
特許でも商標でも、三極会合の主要な課題は、国際ハーモナイゼーションに向けた協力の推進です。特許、意匠、商標の各制度は、各国で微妙な、また一部は根源的でもある差があります 。日本は、125年ほど前に米国、次いで欧州を歴訪された高橋是清翁 がこの時得た知識を元に制度を創設したわけですが、その後は各国において、法制度全体の整合性や文化の違いなどにより、独自の発展を遂げ、その結果、差が生じてきてしまったのでしょう。現に、韓国は戦後、日本の制度をほぼそのまま引き写すことにより知財制度を整備してきましたが、いまや意匠法など、日本を凌駕するような制度の進化をとげつつあります。
「ユーザーとのコミュニケーション」
今次商標三極会合のハイライトは、初めて日米欧のユーザーを招いてユーザーセッションを開催したことです。日本商標協会、日本弁理士会、日本知的財産協会の日本の三団体をはじめ、欧米からも代表の参加を得て、三極の幹部とユーザーが対峙したのです。といっても、終始和やかな雰囲気のまま質疑が進行し、議長としてもほっとしました。米国の代表(INTA)からは、USPTOが定期的にユーザーを集めてアドバイザリー・ボードを開催し、政策の方向にユーザーの意見が反映されていることが紹介され、日本でも参考にするようにとの意見をいただきました。当庁でも産業構造審議会に知財制度別に小委員会を設け、委員に多様なユーザーの参加を得て、制度の改革や基準の改訂などについて諮るとともに、頻繁にパブリックコメントを行っているのですが、特に「ボード」があるわけではなく、一考に値するご意見だったと思います。また、日本側ユーザーからUSPTOに具体的な質問を行ったときには、ベレスフォード商標コミッショナーは、それぞれの質問に適したe-mailボックスのアドレスをあげ、これに入れてもらえば必ず回答し、必要な改善を行うことを強調しておられました。OHIMもそうですが、ユーザーに配慮したきめ細かな対応をしていることが伺えます。
「韓国と中国」
今回、日本の働きかけにより、韓国特許庁(KIPO)が初めてオブザーバーとして参加しました。当初参加が予定されていたKIPO商標意匠局長は、北朝鮮の攻撃の直後のためか、来日されませんでした。つい最近ニューズで流していたソウルでの大がかりな避難訓練を視るにつけても、今回の攻撃が韓国政府や国民に相当の緊張を強いていることが実感できます。一方、KIPOから参加された課長は、流暢な英語で会議に貢献してくれました。韓国の知財制度が整備されつつあるのは、こうした優秀な官僚が韓国政府を担っているからだと改めて思い起こされます。
なお、中国国家工商行政管理総局(SAIC)が、これまでに引き続いてオブザーバーとして参加予定でしたが、中国の事情により、参加がキャンセルとなりました。これは、幸い尖閣諸島問題が原因ではなかったようです 。現在、世界でもっとも商標出願件数が多いのは中国です 。グラフに示すように、2009年のデータでは商標出願が83万区分と日本の18万区分の4.6倍、しかも年々増加し続けています。また、中国では今なお、模倣品や海賊版などの知財の被害が跡を絶たず、日本のみならず、三極の産業界の悩みの種です。このため、三極と中国との協力は、この商標三極においても重要な課題となっています。したがって、中国の不参加は大変残念であり、三極とも遺憾の意を表しました。
そのほかにも前回会合に引き続いて、商標分類の共通化、共通統計指標等の三極の協力の推進などに合意し、またワーキンググループの設置が合意される等、さらなる三極間の協力関係が構築されました。
議長として、十分な対応が出来たかどうか、自分ではわからないところですが、会議終了時には、二極の長より、議事進行とJPOのホスピタリティについて丁寧な謝辞をいただきました。特に、既に9回も出席しているベレスフォード氏が、何度も議長国日本の対応を褒めておられ満足げだったことは、筆者もとてもうれしく思いました。閉会宣言をしたあと、筆者はほっとして、マイクが入っているのも忘れて、思わず「ふう、終わった!」とため息をついて一同の笑いを誘ってしまいました。思えば緊張して始まった会議でしたが、二日目、三日目と進むにつれ、ちょっとした冗談で笑いを取ったり、各庁の長をファーストネームで呼ぶことへのてらいも薄くなったりと、我ながら進歩していきました。
以上、簡単ですが、商標三極会合のご紹介です。詳しくは、特許庁HPにアップされていますのでご興味のある方はご覧ください。
i). 例えば、特許の先願主義先と発明主義、意匠の実体審査国と無審査国など。
A). ちょうど今やっているNHKの「坂の上の雲」で西田敏行扮する高橋是清翁が出てきます。もう特許庁長官ではなく、日銀副総裁になっておられますね。西田さんの演技に、是清翁の人柄の良さが良くでているなと思いました。
B). 事実、尖閣諸島の事案が起こった直後には、知財関係でも日中の会談がキャンセルになったことはありましたが、その後、日中知財ワーキンググループが北京で予定通り開催され、筆者も共同議長として参加しましたが、何ら議論に影響を見いだすことはありませんでした。
C). このグラフは、特許庁マクロ調査の暫定版から作成されたもので、変更があり得ます。「欧州」は、OHIM・EU加盟国・スイスの合計となっております。ただし、内、ギリシャ、キプロス、マルタについてはデータが取れておらず、加算されていません。(出所:トムソンロイター)
また、中国は意匠も出願は世界一になっています。以下のグラフは、2008年の日米中韓と欧州合計の意匠出願数及び商標出願区分数、それぞれ他地域・国への出願を示しています。
(備考)出願区分数は各国・機関への直接出願と国際登録出願(マドリッド協定・マドリッド協定議定書)の区分数を合計して算出した。欧州はOHIM、EU加盟国(ギリシャ、キプロス、マルタ、ブルガリア、ルーマニアを除く。)及びスイスの合計を示し、欧州国籍はEU加盟国及びスイスの商標出願区分数の合計を示す。
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