第26回 産業財産権の現状と課題〜特許行政年次報告書2010年版から


 特許庁では、毎年夏に、特許庁行政に関する年次報告書を作成し公表しています。今年も7月中旬に発表しました。特許庁のwebで全文入手できますので、こちらをご覧ください。本文のみでA4版325頁、資料集を入れると600頁余の大部の報告書ですが、書店で買えないのが難点といえばいえるかもしれません。

 今回は遅まきながら同報告書のポイントを紹介して、最近のDNDへの怠惰のお詫びにしたいと思います。

 なお、本報告書のタイトルは「特許」行政とありますが、正確には「特許庁」行政の報告書であり、ちゃんと意匠、商標の動向についても詳細な記述がありますので、関係者の皆様、ご安心ください。


1. 出願の動向

 まずは日本の特許出願動向を見てみましょう。下図に示すように、特許出願件数は、2006年以降漸減傾向となり、2009年の特許出願件数は348,596件(前年比10.8%減)と大きな落ち込みを見ました。このうち、内国人の特許出願件数は、295,315件(前年比10.5%減)であり、特許出願件数だけでみると1986年の水準にまで減少しています。

 この理由はいくつか考えられますが、まずは、昨今の景気後退の影響です。これは、外国人による出願減少の主要な原因であり、また国内電機業界を中心とした主要企業では、事業再編による集中化や、知財関係経費の合理化・知財部の組織改編(スリム化)も行われています。こうしたことを背景に、企業の特許出願戦略が量から質へとの転換しているのです。これは、未だ、いわゆる滞貨(審査順番待ちの特許出願)を抱える各国知財当局としては、むしろ歓迎すべき傾向といえます。また、経済のグローバル化を反映して、特許出願の国内から外国へのシフトの影響も考えられます。

 特許庁としても、今後、このまま特許出願件数が減少を続けていくのかどうか、2010年以降の出願動向に注意を払う必要があると考えています。


 次に、意匠ですが、2009年の意匠登録出願件数は30,875件(前年比8.1%減)と2008年に比べて減少しました。意匠出願は、この10年間では2004年の40,756件をピークに減少を続け、昨年の出願件数は過去のピークである1982年(奇しくも筆者入省の年ですが)の59,390件の52%に落ち込んでいます。これは、日本の意匠制度とよく似た制度を持つお隣韓国の意匠出願件数57,737件と比べても低い水準となってしまいました。最近の意匠出願件数の減少は、特許出願とほぼ同じ理由であると考えられますが、中長期的な出願の減少は、日本の意匠権を巡る様々な課題が起因しています。この点、欧米や韓国の意匠出願は日本ほど顕著な減少傾向は見られず、また中国の意匠出願は2009年で35万件と増加の一途をたどっていることから、日本の制度官庁としても、より活用のしやすい意匠権に向けて、国際整合化や一層のユーザーフレンドリーな制度を目指して検討を進めているところです。


 一方、商標の登録出願件数は110,841件(前年比7.0%減)と、これも減少しました。商標出願は、1992年の311,011件をピークとして(この年、商標法を改正してサービスマーク制度が導入されました)、その後、多い年で18万件前後、少ない年で12万件前後となっており、最近は2年連続の減少傾向にあります。商標は特に経済の動向に出願数が影響されるとの指摘がありますが、これについても、現代に即した新しい商標制度を目指すべく、鋭意検討を進めているところです。ご期待ください。


 なお、特許、意匠、商標とも、2010年上半期の出願状況を見ると持ち直しの傾向が見られます。今後の推移を注視したいと思います。


2.審査に関する取組

a. 特許の一次審査件数の増加と審査順番待ち件数の減少
 2009年の特許の一次審査件数は、361,439件(前年比5.5%増)で、一次審査件数が審査請求件数(254,368件)を上回りました。これにより、特許の滞貨(審査順番待ち件数)は、2009年末の時点で71.7万件(前年比17.4%減)に減少しており、今後さらに着実に減少していくことが期待されます。
 特許国内出願の一次審査件数は、ここ数年着実に増加していますが、これは任期付審査官の採用や先行技術調査外注の拡大等により、審査能力の拡充に向け様々な取組を着実に実施した成果です。


b. 早期審査制度の拡充
 特許、意匠及び商標においては、一定の要件を満たす出願について申請があれば早期審査を受けることが出来ます。
 このうち、特許においては、環境関連技術に関する研究開発の成果をいち早く保護し、更なる研究開発の促進を図るため、「グリーン関連出願」を新たに特許の早期審査の対象に加え、2009年11月から試行を開始しました。「グリーン関連出願」とは、「グリーン発明」(省エネ、CO2削減等の効果を有する発明)について特許を受けようとする特許出願のことを指します。環境に貢献する発明を分野横断的に広く早期審査の対象とする観点から、「グリーン発明」は広義に解釈し、省エネ、CO2削減に限らず、例えば、省資源、環境負荷低減等の効果を有する発明も含むものとしています。


3.特許審査の国際協力

 特許庁では、さまざまな国際協力を進めています。このうち、日本のリードで開始された、第一庁で特許可能と判断された出願について、出願人の申請により、第二庁において簡易な手続で早期審査が受けられるようにする枠組みである「特許審査ハイウェイ」の対象国を拡大しています。2010年4月末現在、日米間、日韓間、日英間、日独間、日デンマーク間、日フィンランド間、日露間、日オーストリア間、日シンガポール間、日ハンガリー間、日カナダ間及び日欧間の計12ヵ国・機関との間で、実施しています。



4.大学における知財活動

 同報告書では、企業と並んで、知財の創造に大きな役割を果たす大学における知的財産活動の状況を説明しています。大学及び承認TLOの特許出願は、2000年で千件、2002年で二千件弱であったものが、2005年以降7千件を超え、その後ほぼ横ばいで推移し、2009年は7,151件と,前年比6%のマイナスとなっています。大学の特許は,研究費の影響を受けますが,最近の傾向は、大学、TLOにおける特許出願の厳選化の成果と言っていいかもしれません。また、特許の査定率は56%と出願人全体よりは高くなっていますが,コストを考えると、必ずしも高い数字とは言えません。

 大学における特許実施件数及び特許実施料収入は,文部科学省の調査に基づくものですが、いずれも2008年まで増加しているものの、2008年全体で10億円にとどまっています。

 なお、WIPO統計による2009年の大学部門のPCT出願のランキングによれば、トップのカリフォルニア大学(321件)、MIT(145件)、テキサス大学(126件)と続き、日本の大学は東大(7位、94件)が健闘し、以下京大(23位、45件)、阪大、慶大と続きます。大学でもグローバル出願が普通のものになってきていることがわかります。


 以上、かいつまんで2010年版の報告書の概要をご紹介しました。なお、この記事は、特許庁の公表資料等を元に筆者の独自の判断で記したものです。詳細は冒頭にある報告書本文をご参照ください。



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