第11回 ナショナル・イノベーション・システムと知財政策その4(商標三極)
「日本知財学会2010年度知財学会学術発表会のお知らせ」
標題と異なりますが、お知らせが一件。
来年行われる日本知財学会2010年度知財学会学術発表会の日程が決まりました。
日時:2010年6月19日(土)、20日(日)
場所:東京工科大学 蒲田キャンパス
一般発表の申し込みは1月下旬から、開始予定です。皆様、是非ご参加ください。
詳細は随時日本知財学会HPにて掲載されます。
「スペイン・アリカンテにて」
今回は話題を変えて、商標のご紹介をしましょう。12月7日の週、スペインはアリカンテという町を訪問しました。イベリア半島の西南、バレンシアとカルタヘナの間にある地中海に面する温暖な保養地で、人口40万人弱の美しい町です。豪華なヨットが浮かぶハーバーは、中世の建物が一部残る旧市街に面しています。そんなところへ何しに?
毎年持ち回りで行われる日米欧の商標三極会合が、今年は欧州開催の番で、開催地である欧州商標意匠庁(OHIM)の本部がこのアリカンテにあるのです。EU傘下に1993年に設置されたOHIMの本部をスペイン政府が誘致し、アリカンテという素晴らしい街に置いたのでした。特許庁で私の前任者である武濤雄一郎前審査業務部長が就任早々、東京でこの三極会合の議長を務めるという御苦労をされたことを思うと、大変申し訳ないと思うような、すばらしい場所でした。OHIM本部の建物は市街から海沿いの道を15分ほど走ったところで、地中海に面した小高い丘にあります。ここでは、欧州各国の知財庁から採用された弁護士や審査官、それに地元スペインの職員が働いています。日常会話はスペイン語のようです。こんな場所で仕事をしているOHIMの職員は、なんとうらやましいことでしょうか。
知財の世界では、「三極」会合が重要な意味を持っています。日本特許庁、米国特許商標庁、欧州特許庁(EPO)の三極の特許担当庁長官が年に一回集まるのが「三極長官会合」ですが、商標の世界では、欧州ではEPOではなくOHIMが担当しているので、別の枠組みとして、米国特許商標庁の商標担当コミッショナー(商標局長と訳しています)とOHIM長官、それに日本の特許庁審査業務部長(英語では、商標意匠・管理業務部(局)長との役職になっています)の「商標三極会合」が行われています。
三極会合の主要な議題は、国際ハーモナイゼーションに向けた協力です。知財の世界をリードする三極の庁が集まり、協力の一層の進展に向けて話し合うのです。特許では、特許審査ハイウェイ(PPH)といって、三極が審査のワークシェアリングを進めることで審査の効率的実施を進める等の活動がされています。
商標の世界では、マドリッド・プロトコールといって、条約に基づいた商標の国際登録制度がありますが(特許のPCT出願に相当)、商標は特許等と異なり、市場での識別性がもっとも重要なため、各国市場に合わせて商標を付与する商品・役務表示の審査が行われているなど、各国・地域それぞれ独自の運用をしています。
一方、市場のグローバル化に対応して、企業の用いる商標も国際的に用いられるようになっています。食品・飲料や家電製品、自動車などの商標を思い浮かべていただければすぐにご理解いただけると思います。こうしたことから、商標の世界でも国際整合化が重要な課題になっているのです。
「商標三極会合」
この商標三極会合は、2001年5月から、ほぼ毎年1回、開催され、今回は第8回を数えます。今回の会合で議長を務めたデ・ボアOHIM長官は、オランダ知財庁の幹部でしたが10年前に長官に選任されており、第1回会合から商標三極会合は全てご出席です。また、USPTOのベレスフォード商標担当局長も、局長になられる前からの皆勤賞です。日本の筆者だけが新参者ということになります。もちろん筆者以外の日本特許庁の出席者はすでに何度か会合に参加していますが。
今次会合のハイライトは、韓国特許庁(KIPO)のオブザーバー参加や、三極とユーザーとの会合の開催等の事項に合意する等、一層の三極間の協力関係のみならず、「三極と他の知財庁」や「三極とユーザー」の関係について大きな進展を得たことでした。
このほか、三極間で協力可能なプロジェクトとして、三極で共通した「ステータスに関する共通用語」の導入の提案、三極で共通した統計の作成、三極が相互に受け入れられる商品・役務(サービス)表示をリスト化した「商品役務表示の三庁リスト」についての検討など、いくつかの進展がありました。また、前回会合からこの商標三極の場を用いて、意匠の三極会合が開催され、各庁より、意匠制度の近況について統計を中心とした報告が行われました。意匠については、特許、商標に比較して国際整合化が遅れている分野であり、また、担当庁も日本特許庁は商標と同じ審査業務部ですが、欧州はEPOと別の組織が担当し、米国は同じUSPTOでも担当が特許担当コミッショナーと異なります。このため、意匠独自の三極会合はありませんでしたが、今後、今回と同じ枠組みで引き続き意匠に関する会合を行っていくことで合意されました。
さらに他国の知財庁との関係が議論されてきましたが、現在世界でもっとも商標出願が多いのは、中国です。したがって、三極と中国との協力も重要な課題となっており、今次会合では、中国を常任オブザーバーとして認め、また三極の主催するシンポジウムを来年も中国で行うことが合意されました。
次回会合は、日本特許庁が主催し、東京で開催することで合意されました。
以上、簡単ですが、商標三極会合のご紹介です。詳しくは、特許庁HPに近々アップされますのでご興味のある方はのぞいてください。また、OHIMのHPにも、三極会合の結果がアップされていますので、ご参考。http://oami.europa.eu/ows/rw/news/item1227.en.do 筆者のインタビューも見られます。
「国際協力」
このように、手間をかけて三極会合や中国等との協力をすすめているのは、ひとえにユーザーの利便性確保、イノベーション創成の環境整備のためです。知財の世界をリードする日米欧がお互いの経験を交換することだけでも、それぞれの知財制度を良くしていくことにつながります。さらに、商標の分野でも国際ハーモナイゼーションが進めば、先に述べたように、ユーザーである企業の商標の効率的、合理的使用が可能となり、そのブランド戦略の強化に役立ちます。もちろん、WIPO(世界知的所有権機関)を事務局として世界中の知財制度が整合化していくのが理想ですが、現実には各国それぞれの経験や市場の違いがあり、整合化は必ずしも簡単に進みません。そこで、三極のように経験が豊富な国・地域が集まって協調をリードしていくことが重要です。さらに、それぞれの国が地域内においてバイラテラルで協力を進めていくことも極めて現実的かつ効果的なアプローチなのです。日本も日中韓との協力を始め、アジア地域の知財協力を推進しているところです。
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