第3回 ナショナル・イノベーション・システムと知財政策 その2


 しばらくお休みだった「官僚達の夏」がまた始まりましたね。第二部では、予想に反して?風越長官の率いる特許庁の夏もまた熱く描かれていた様に思いました。


 さて、今回は、やっと?知財政策のナショナル・イノベーション・システムにおける具体的な位置づけについて、先行研究を含めご紹介します。


「構造改革的産業技術政策としての知財政策」
 ナショナル・イノベーション・システムの確立への政策、いいかえれば政府の寄与については、後藤晃前東京大学教授(現在公正取引委員会委員)が3つの類型をあげています。(後藤、2000)*i
(1)政府主導の技術開発プログラム
(2)研究開発促進のための財政的支援措置
(3)知的財産権政策
です。後藤先生は明確に産業技術政策の中に知財政策を位置付けておられます。


 詳細にみると、このうち、(1)と(2)は伝統的な技術開発政策といえます。しかし、これだけでは、最近の産業政策の中に位置づけられる新しい技術政策(またはイノベーション政策)を捉えることはできません。日本のイノベーションシステムを構造改革していくための、言い換えればイノベーション創成の環境整備としての政策と見れば、制度面の改革が重要な政策であり、知財政策を筆頭として、大学改革や地域クラスター政策を含めた産学連携政策、イノベーション人材育成政策、ベンチャー政策、ビークルの制度整備(LLPやLLC)をあげることができます。先般の産業革新機構の設立もそうした政策の一環に位置付けられます。


 こうした考えに従い、これまでの産業技術政策をイノベーション政策として改めて整理すると、次のようになります。


政府主導の技術開発プログラムは、特に個別産業の競争力を強化するためのさまざまなプロジェクトの提案、執行、及びそのための仕組みづくり(支援法人の設立や技術研究組合法など)と予算措置を含みます。第3期までの科学技術基本計画に示された目標は、まさにその予算措置とその中身を示したものです。これは、戦後から進められてきた『古典的』技術政策そのものでもありますが、最近では技術開発プログラムの遂行に関し、総合科学技術会議の設置、NEDO、JSTなどの研究開発推進機構の独立行政法人化による柔軟かつ高度専門的な予算執行、ロードマップの策定など、構造改革的要素も強くなってきています。


研究開発促進のための財政的支援措置について、特に進展が示されたのは研究開発税制です。(1)の技術開発プログラムが個別のターゲット(戦略分野)を明確化しているのに対し、税制は、産業界における研究開発全般について分野を問わず支援するものであり、どの分野の研究開発に焦点をあてるかは企業の戦略に委ねられています。当初増加試験研究税制として発足した支援措置は、不況期でも研究費を確保するインセンティブになるよう研究費総額の税額控除との恒久措置として抜本的に改革されました。


(1)と(2)を伝統的産業技術政策とすれば、これに分類されない新しい技術政策が構造改革的産業技術政策であるといっていいでしょう。このうち、知的財産権政策については、米国のプロパテント政策に刺激を受け、たとえば政府部内に総合的に政策を推進する知財戦略会議が創設され、これに前後して強化された日本版プロパテント政策は、米国のバイ・ドール法に範を持つ産業活力再生法におけるバイ・ドール条項、特許保護の強化、審査の迅速化、知財高裁の整備をはじめとして多岐にわたります。さらに、イノベーション創成のための環境整備としては、米国産業クラスターの成功に強く影響を受けた地域クラスター政策、新規株式市場創設や大学発ベンチャー1000社計画などのベンチャー振興政策、イノベーション人材(MOT人材など)育成政策、イノベーションの主体となる者(ビークル)の新たな規定(有限責任事業組合、LLP)などがあります。このうち、最も重要なもののひとつとして、産学連携(または大学改革)政策にも1990年代後半から焦点が当てられたのです。


 このように、現代の産業政策の一環としての技術政策は、これまで伝統的には産業、企業支援型が中心でしたが、一方で、知的財産権にかかる政策などについては、直接産業や企業を支援すると言うよりは、経済活動の環境として存在することにより、企業活動を支えてきたと言えます。言い換えれば、知財政策はナショナル・イノベーション・システムの一部をなしているということです。これは、たとえば特許法第一条に「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする。」と明確に示されていることからわかるように、産業政策の大きな枠組みの一環として知財制度が存在してきたということです。さらに、米国のプロパテント政策を背景に、日本でも1990年代後半から知財政策が「構造改革的に」整備されてきたのです。


 次回以降も、引き続き先達の研究を見ながら知財とイノベーションの関係を俯瞰していきたいと思います。





(i)後藤晃、2000、イノベーションと日本経済、岩波新書
この本は名著ですし、新書版でお求めやすいと思います。是非お手元に一冊どうぞ。


記事一覧へ