第2回 中国力を知る上で不可欠なもう一つのアプローチ


温家宝首相の訪日、中国への視点に関する問題提起


 5月10日、訪日した中国温家宝首相は帰国後早くも1ケ月となる。あの短いが非常に密度のある3日間の訪日はいわゆる「氷を溶ける旅」になったのか?という点について結論付けのような論評を急ぐ必要はなく、基本的に、未来「志」向で日中協奏曲を書こうと取り組む中、雑音を減らし、名曲を誕生しうるような環境を大切に維持し拡大していくのが先決であろう。

 温家宝首相が日本国会でなされた演説については当然ながら、多くのメディアに取り上げられた。指摘される箇所も存在するようであるが、満場の拍手は国会議員の方々の礼儀正しさだけを表すものではなかろう。「・・・中日関係は泰山と富士山のように揺るぎのできないものである!」と温家宝首相がその言葉を述べる際、そのときだけか、強く手を振った一瞬、忘れられないね。

 去る4月26日、日本から進出したソフトウェア系企業が最も多く、中国唯一の「著作権保護モデル都市」である大連市の著作権保護協会李会長とお会いしたとき、そのシーンも含む筆者の感想を言うとすぐ共感を得た。国会演説後まずお母さんに電話した温首相、大学では地質学を専攻した温首相、時々ノー原稿でお話をされる温首相、大学時代猛勉強された温首相・・・〜。

 そうだ!子供はもちろん大人にも愛される「ドラえもん」。時事通信などによれば、そのアニメ映画が、今年の7月、中国で初めて上映されるそうで、35都市の映画館で一斉公開とのことには迫力を感じる。マンガのほうは既に90年代から翻訳版が出版されて、大人気になっているので、映画も期待できるのではないかと思われると同時に、富山大学の横山教授が提唱している「ドラえもん学」も中国人に知ってもらい、中国人の感想を分かったら、と考えている。

 ところで、今日、中国の実態や動向を俯瞰するにあたって、地域毎の消費者収入状況をベースにした「購買力市場説」、珠江デルタ経済圏などといった複数の地域連動型の「経済圏説」、中部勃興や西部大開発などの国策に密接する「政策地域説」を取り上げることができよう。これと同時に、中国の「産業力」を読む際には「フェリトマン理論」、「比較優位論」、「産業集積論」といったような考え方が存在するのはご存知であろう。

 実際、「対外開放」国策によってもたらされた沿海地域の先行的繁栄、「東北振興」政策が狙った伝統的な工業都市(東北三省)の基盤的再構築、「西部大開発」プロジェクトがカバーする広大な後進地域での開拓、「中部勃興」戦略が後押しする新たなローカル・パワーの形成が産・官・学・研連携の中で展開される最中である。中国は「世界の工場」から「世界の市場」へと、さらに「世界のハイテク事業所」になろうと技術集約型国家への助走を続けている。

 そういう中で、いままで、日本で注目されているのはまだ主として、人口の多さから来る労働力の豊富さに着目された「比較優位論」で捉えられるような中国である。これは現在、果たしてよかったのであろうか。

日本イノベーション25戦略会議の「中間報告」とイラスト表現


 2007年2月26日、日本「イノベーション25戦略会議」の中間報告が公表され、27日の朝刊各紙に紹介された。中間報告の内容はもとより、同時に掲載された「伊野辺(イノベ)一家の1日」と題した20年後のある家庭の風景や、多くの一般紙に取り上げられた2025年の目指すべき日本の社会の20の例というイラストには、短絡的な類比かもしれないが、日本初の「国家知財戦略」が公表されたときになかった斬新さや面白さを感じている。

 ちなみに、伊野辺(イノベ)一家の1日/2025年2月5日20:00には、伊野辺家の長女で、交換留学制度を活用して北京の高校に留学中の美咲さんから連絡が入るシーンが描かれており、その一部は下記のようになる。

 「美咲さんが北京から連絡が入る。伊野辺家で多機能携帯端末機器のパネルを操作すると、壁掛け103インチディスプレイに元気な美咲さんの姿が映し出された。美咲さんの周りに居る高校のクラスメートらしき男女の若者達の数人が楽しそうにおしゃべりしている中国語はディスプレイ上に日本語字幕が表示されるとともに、日本語同時通訳の音声が流れている。・・・

 友人の1人、リー君の実家は、中国内陸部で農業を営んでいるとの事。かつては広大な砂漠地帯で、農作物などできなかったが、日本のバイオテクノロジー(遺伝子組み換え食物の安全性評価も含む)のおかげで、砂漠緑化も進みつつあるし、耐砂漠性農作物も作れるようになったとの事。・・・超電導ケーブルによる中国沿岸部都市地域への一大送電計画が進行中らしい。・・・」

 上記シーンの一部は、2025年まで待たなくても間違いなく実現されることになると筆者も推測するが、このわずかなシーンでも、同報告書が謳っている「生活者の視点からの新しい豊かさの実現」、「大きなアジア。そして世界との共生による成長」、「志の高い、創造性の高いチャレンジする人が輩出され、活躍する社会」というコンセプトの趣旨が感じさせられた。

 イノベーションで達成される2025の日本社会を具体的に描き、イノベーション推進の基本戦略や早急に取り組むべき政策課題についても明示した中間報告に興味深い点がいろいろとあると思い、高市大臣のメルマガも読ませて頂いたところ、きっと美味しいであろう「小料理・早苗」で一杯いかが?と、筆者は若干、その気持ちになってしまった〜。

 イノベーション25戦略の策定は「国づくりの仮説」の一部を構想することである、と経営コンサルタントとしての筆者はそのように思う。ビジョンの見える「仮説」という観点から考えた場合、「・・・経済や社会の仕組みのイノベーションの加速」と「・・・最適な戦略を策定する仕組み作り」(戦略会議メンバー岡村正氏)のほか、戦略の「行動に移せる具体化」やそれらに対する「継続的な検証」が可能にする仕組みの構築も不可欠となろう。

中国における「中長期計画」、中国を俯瞰する際のもう一つの視点


 ちょうど上記「中間報告」の一年前になる2006年2月9日、中国初の科学技術に関する中長期計画となる「国家中長期科学技術発展計画(2006-2020年)」が国務院より発表された。座長・温家宝首相、副座長・国務院の陳至立国務委員の体制のもと、2003年より20のテーマに分かれた戦略研究ワーキンググループにて2000人もの専門家が参加し内容の検討が行われた結果である。

 これは「中長期科学技術発展計画」という名称ではあるが、内容的には重点分野や複数の重大なコア技術の戦略的開発、国家目標の実現に飛躍的な発展を実現するための特別なプロジェクトの実施、未来の課題に対応するよう持続的な開発能力の向上、制度改革を深めることにより、科学技術投資を増やし、人材育成を強化し、国家イノベーション・システムの構築などを謳っている、まさに「イノベーションを重視する」国家戦略となっている。

 しかし、中国でもイノベーションというのは近年になって始まったものではない。従来の企業、大学、公的研究所のそれぞれが独立した形態を中心とするイノベーション・システムの改革はその始まりだったともいわれるが、「イノベーションモデル及び政策の探索ステージ」(1978〜1995年)、「技術とその商品化や事業化に関するイノベーション体系の構築ステージ」(1995〜1998年)、「知的資産を重視し世界的なイノベーション国家への助走ステージ」(1998年以降)との3つの段階で進められている。

 著しい成長振りを見せ続けている「中国国家ハイテク産業開発ゾーン」の原点はその第1段階にあり、大学発企業の中で占める割合は年々拡大しその後ついに主流となった大学発技術型ベンチャー等の多くはその第2段階に設立された。第3段階では、中国文部省によって公表された「21世紀に向けた教育振興アクションフラン」の中で、大学発技術型ベンチャーも中国ハイテク産業へと合流の方向性も示し、2006年に前述した「中長期計画」の登場となった。

 後日、位置づけや横断的な観点から具体的に紹介したいが、中国におけるハイテク産業の開発、集積、発展は中国の経済発展を牽引し、中国社会の多方面に影響を与え続けている今日、それは現在そして明日の中国力を知るうえで不可欠なもうひとつの俯瞰的視点となる!

 いうまでもなく、中国の国家中長期科学技術発展計画は国の重点政策の一つとして既に決まったものであり、前述したイノベーション25戦略会議の「中間報告」は日本の重点政策の策定に向けて検討中のものである。「中間報告」と「中長期計画」はその目的、位置づけ、構成、射程などにおいて異なるものではあるが、いずれも「国づくりの仮説」の一部を構成する重要なもので、それらの底流に同じく「イノベーションの促進・強化」という基調を聞こえる。

 2007年1月29日午後、寒波が強く流されている北京。「中国における大学発技術型ベンチャー及びそれを孵化するインキュベータには確かに著しく成長し続けている事例も数多く存在する。課題も少なくないが、中長期的に見て、孵化先の戦略的な選定実行や持続的なイノベーションの維持・強化が必要!」中国ハイテク産業の全般を見る中国科学技術省火炬高技術産業開発センター張副センター長の言葉にはその熱意が溢れていた・・・。

<了>