第4回 ハイテクベンチャーとイノベーション(その2:大学発ベンチャー)
「大学発ベンチャーへの期待」
前回に続き、ハイテクベンチャーの話です。もう一つのモデル、大学発ベンチャーについて、「1000社計画」の経緯は石黒憲彦氏のDND連載第3回に詳しく載っていますが、私も二代目の大学連携推進課長として、石黒さんと同じく(1000社できなければ)坊主にならなきゃと本気で?思いこんでいたものです。この計画を開始した当時は、すでにハイテクのスピンオフベンチャーはいくつか出始めており、残るは本格的大学発ベンチャーの出現か、という状況でもありました。当時、大学発ベンチャーで名前が知られているものは数えるほどしかなく、それも武家の商法ならぬ教授の道楽に近いものが散見されました。およそ「経営」にはほど遠く、従って、イノベーションの実現につながる可能性の見えないものです。しかし、我々は、大学発ベンチャー、これこそイノベーション実現の鍵だ、と信念をもって推進策を講じていったのです。
11月8日付の読売新聞の朝刊に大学発ベンチャーが「論点」として取り上げられました。解説者は北海道大学の浜田康行教授です。「大学発ベンチャーは1500社に達したが、自立へ課題が多い」、との、ある意味でもっともな表題です。内容は、
『大学発ベンチャー1500社といっているが、定義があいまいで、数は大学の自己申告なので水増しされている。また、運営面で、その多くが補助金を受けており、さらに設立前の研究開発から補助金を受けている場合が多く、生命維持装置が付いている。それがはずれたらどうなるか、先行きは厳しい。』とした上で、『大学発ベンチャーを今後日本に根付かせるには何が必要か、社会全体で議論を深めていく必要がある。』で終わっています。
個人的には、大学発ベンチャーの定義のことなど、1000社計画当初から議論してきた問題なのでいろいろと反論したいことはありますが(i、特に気になるのは、大学発ベンチャーが「子供の時からお小遣いをもらい続けている」「ベンチャー草分けの堀場雅夫堀場製作所顧問がこれを「チューブ会社」と揶揄している」とのくだりです。
浜田教授は北海道TLO設立にも関わり、金融やベンチャーキャピタルの専門家ですが、こういう表現をするだけ、浜田教授の回りのベンチャー起業家の行状が気になるのでしょうか。ただし気をつけなければならないことは、当事者は事情を承知した上で『大学発ベンチャーは大事だがこんな問題もあってやっぱりおかしいぞ』、という説明をした場合、そしてそれがいかにも第三者的な立場であるかのような解説にとられた場合、多方面に誤解を呼ぶおそれがあるということです。気になって浜田教授の最近の論説を取り寄せたところ、むしろ大学発ベンチャーはまだまだこれからであり、その一方、重要性に比べると、必要な政府や市場の支援を十分受けることができていないのではないか、このまま放っておくと、大切なベンチャーがなくなってしまう、経営者を含め関係者はもっと自覚をもって取り組むべきだ、浜田教授のおっしゃりたいことはそういうことではないかと思えました。(文章とは難しいものですね、浜田先生。)
また、堀場さんのお話についても、氏と議論をすることが多い方に聞くと、堀場さんの憂いの根本は、「起業家というのは社会的に責任が重い」というもので、ベンチャーが安易に出資を求めるのには反対、リスクはあるのは当然として、自分として成功の目途を説明できないようなものは駄目との考えだということです。一方で、ご本人は起業家支援には積極的で、「インキュベーションなぞ、甘やかしで、自分達は自分の手で切りひらいてきた」と言う方々もおられる中で、氏は、「自分も苦労はしたが、今時、そんなことを言っていては、芽が育たない」という考えで、「ベンチャー馬券制度」を提言し、また、私財を投じてベンチャーの応援をしておられると聞きます。
氏も大学発ベンチャーの重要性をわれわれ以上に強く認識され、それを粘り強くご主張されている、ということです。私も、京都大学の産学連携の会合などの機会に直接お話をお聞きすることがありますが、日本にもこういう真のエンジェルといって差し支えのない立派な方がおられることにとても安心します。
以前、高名なビジネス誌が大学発ベンチャーを特集し、その名も「変だぞニッポン、虚妄の大学発ベンチャー、民営化時代のタックスイーター」と、その負の側面を、ある若い起業家の行動にスポットを当てて報じ、関係者の間で、その報道のあり方などに疑問の声があがりました。
ある起業家はNEDOフェロー出身者で、その知識を活かして「税金で起業した」(政府の助成を得た研究開発をもとに起業した)などと報じられたのです。NEDOフェローについてはいずれ詳しくご報告しますが、産学連携コーディネータ等の人材育成を目指すNEDOの制度です。この起業家がある大学教授の国への研究開発助成の申請を手伝ってそれが採択されたとしても、採択はそれぞれの事業毎に厳しい外部審査を経て決まりますので、単に研究開発の内容が卓越したものだったことにほかなりません。
また、助成した研究開発成果を「起業」という形で実現していくことは、まさにイノベーションの実現であり、助成元としては最も期待する形のひとつです。裏返せば、助成した研究開発のどれほどが実用化し、イノベーションとなっていったのか、それが最大の懸念なのです。
「切れ目のない支援によるイノベーションの実現」(ii、むしろ、我々の視点は、死の谷やダーウィンの海を渡っていくハイテクベンチャーに、如何に場当たり的でない応援ができるか、イノベーションにたどりつけるか、というところに移ってきています。
「大学発ベンチャーへの支援は必要十分か」
ところで、2006年度の経済産業省の科学技術振興予算は、総額1442億円、うち、大学発ベンチャーに関連する産学官連携によるイノベーション創出予算は総額122億円で、前年度+2億円となっています。この中で、ストレートに大学発ベンチャーに振り向けられるマッチングファンド は34億円、前年比+2億円です。
しかし、このうち、大学発ベンチャーを含む事業への支援は2005年度で102プロジェクト中10プロジェクト、約2.7億円だけという報告があります。また、大学発ベンチャー経営等支援事業(iv は1.8億円で前年若干減です(v。
一方、ベンチャーを含めた中小企業対策費は2006年度1200億円になっています。このうちには、中心市街地活性化対策など、必ずしもベンチャーに適した予算があるわけではありませんが、ベンチャー・中小企業対策の中で、大学発ベンチャーだけを特別に優遇している予算構造には見えません。
一方、マッチングファンド事業を執行しているNEDO側の問題としては、「NEDOは本当にベンチャー施策に重点をおいているのか?」という点につきます。NEDOの研究助成(1421億円、2004年度)のうち、民間企業向けを調べてみると約7割が資本金100億円以上の大企業を採択しています。これは、外部委員を用いた公正な審査の結果ですから、やましいところはありませんが、大学発ベンチャー政策を執行するメインの機関であるNEDOにしても、全体ではベンチャー向けの比率は小さいと指摘されても反論のしょうがありません。大学発ベンチャーへの直接支出は、上述のとおり実質数億円程度とのことですが、国民から預かる国家予算の数億円というのは大きな額で、大切に使うものだということは肝に銘じております。
ここで申し上げたいのは、イノベーションを実現するには、大企業ばかりでなく、(大学発)ベンチャーにも相当の政策資源を投入すべきであるが、実際の産業技術政策予算上のシェアは必ずしも高くない、ということです。産業構造へのインパクトを考えれば、もっと大学発ベンチャーを中心とするハイテクベンチャー施策に資源を振り替えて投入すべきだという議論は政策当局内に根強くあります。
「大学発ベンチャー創成に向けた環境整備へ」
しかしながら一方で、大学発ベンチャー1000社計画を政策の(費用対)効果の観点からみると、若干我田引水ですが、極めて高いものがあったと後世の評価をいただけるのではないかと考えています。
「Web進化論」の梅田望夫氏が最近文庫版で上梓した「シリコンバレー精神」には、一貫してシリコンバレー精神:そこでのベンチャーを生む土壌と、日本のそれとの大きな差が書かれています。最近差が縮まったとの期待も持ちながら。私は米国に住んだことがないので、ナマでこうした経験をしたことはありませんが、初代大学等連携推進室長で、最近経済産業省を飛び出して自らベンチャーキャピタルを立ち上げた福田秀敬氏はじめとする「米国ベンチャー通」の言動から、同じ思いを抱くようになりました。
TLO法を制定したときから、我々が考えていたのは、この日米の産学連携やベンチャーへの環境の大きな相違を、決して「文化」や「国民性」の一言で片付けることはしない、一つ一つ問題を見つけて解決しよう、とういうことでした。いずれ触れることがあるかと思いますが、どういう思いをもって文部省と一緒にTLO法を制定したのか、大学の法人化がどのような思いで実現していったのか、ということを明らかにすると、この政策の意図もより明確にわかっていただけるものと思います。大学発ベンチャー1000社計画は、同じ思い、同じ系譜から出てきた政策でした。
しかも上述の通り、真水の資金は技術開発投資全体から見れば小さいものだった。むしろ、政策の効果は、計画そのものを世の中に浸透させ、大学人、企業人、さらには役人の意識を変えることにあった、といってもあながち大げさではありません。各レベルの意識を変えていき、現場で実際の問題に立ち向かっていくと、様々な制度上の問題が表面に出てくる、こうした問題を、「日本固有の文化だから」「制度がそうなっているから」と逃げることなく、いちいち拾って、解決することが、結果的に大学発ベンチャーを育成することになる、我々はそう信じて政策に邁進してきました。
(予算上の措置ではない)一例として、2004年の「大学における秘密管理指針作成のためのガイドライン」の策定(vi があります。営業秘密侵害に対する刑事罰の導入を盛り込んだ不正競争防止法改正とさらには2003年の知的財産推進計画を受け、経営法友会副代表幹事(当時、現在松下電器産業竃@務本部理事)の齋藤憲道氏に委員長をお願いして、産学からなる委員会により大学向けの営業秘密管理のガイドラインを策定したのです。
ガイドラインでは、企業側の営業秘密の保護と、大学における学問研究の自由を両立させるという観点、及び研究者の発明の公知化を防止するという観点から、産学双方から見てバランスのとれたものにするという難しい課題を斉藤委員長に見事にまとめていただきました。従来、大学には関わりのなさそうな「営業秘密」という概念を、共同研究やベンチャー創出により急激に産業との接点が拡大している大学側に周知し、管理方法を示すことにより、本格的な共同研究や大学発ベンチャーの育つ環境整備が進んでいったのです。
象徴的なことは、こうした産学官連携政策の基本を議論する産業構造審議会の産学連携小委員会委員長を、長く黒川清先生にお願いしていたことです。(現在委員長は九州大学総長の梶山千里先生。)黒川先生は米国のご経験が長いので、米国流の産学連携、ベンチャーなどへの知識を背景に、ともすればのめり込みがち、手を出しすぎる傾向のある我々官僚をうまく誘導しつつ、産学連携の新たな方向性の議論を進めてくださったのではないかと思います。この意味でも我々の進んできた道が、補助金漬けやタックスイーターなどとは無縁のものであったことがおわかりいただけることと思います。(余談ですが、議事進行上、委員長には進行メモ(いま巷間を騒がせている発言メモ?)をお渡ししますが、黒川先生はいつもメモと関わりなくすべての委員の発言に反応されてご自説を滔々(とうとう)と披露されるので、たいていの会議は時間が足りなくて困りました。)
いまだに日本では理解されていない?大学発ベンチャーの大切さ。イノベーションの実現に向けて私たちが行えることはまだまだあるはずです。
(i)経済産業省の大学発ベンチャー調査では、基本的に一社一社の調査を独自に行っており定義にはずれた企業が数字に入ってくることはほとんどない。確かに調査を始めた頃は「大学内床屋」までベンチャーとして大学から登録されていたことがあり、真っ先に抹消した。
(ii)「第3期科学技術基本計画 第3章2.(3)イノベーションを生み出すシステムの強化」を参照。例えば「...制度や機関を越えて切れ目なく研究開発を発展させ、実用化につないでいく仕組みの構築に努める。」等の指摘あり。
(iii)マッチングファンド事業:大学における研究成果を活用して、大学発ベンチャー等の企業と大学等が連携して行う実用化研究を支援することにより、大学の成果の事業化を促進するもの。企業と大学間での技術ニーズとシーズが一致する場合に、技術移転機関(TLO)等に企業から研究資金を提供し、その2倍額を限度としてNEDOがTLO等に助成を行う。詳細は http://www.nedo.go.jp/activities/portal/p03040.html
(iv)大学発ベンチャー経営等支援事業;経営・法務・財務の専門家(具体的には弁護士、会計士、企業経験者等)の派遣によるハンズオン支援により加速的に大学発ベンチャーの創出・育成を支援する事業。
(v)産学官連携関連予算(大学連携推進課作成、詳しくは以下参照)http://www.meti.go.jp/policy/innovation_corp/budget/18fyyosanichiran.pdf
に登録されている大学発ベンチャー関連予算は528億円にのぼっているが、本文にあるとおり、実際、これは直接大学発ベンチャーに支出されている額ではなく、大学発ベンチャーが他のベンチャーや大企業等と競争的に獲得する額は当然これより小さい額となる。
(vi)その後の不正競争防止法改正等を受け、新たに2006年6月に改訂版ガイドラインを策定。 http://www.meti.go.jp/policy/innovation_corp/tlo2/0600608himitu-sisin.pdf
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