第21回 MOSのすすめ-サービスイノベーションその2



 昨年7月急逝された亀岡秋男先生(北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)教授)のご遺志も受け、JAISTの修士課程サービス経営(MOS、Management of Service)コースがいよいよ今秋から開設される。(JAISTシンポジウムの関係資料はこちら)PDF形式

 同大学では、文部科学省のサービスイノベーション人材教育事業の支援も受けつつ、MOSコースの開設に向け準備をしてきたが、今回、カリキュラムや講師陣の陣容がほぼ固まり、我が国では初めての本格的なMOSコースの誕生を10月に迎えることとなったものである。文部科学省を始め、関係者のご尽力に対し改めて敬服の意を表したい。

 前回に紹介したように、我が国の今後の科学技術政策の方向性を示している「総合科学技術会議・第三期科学技術基本計画」(*i)においては、「国際的に生産性が劣後しているサービス分野は、科学技術によるイノベーションが国際競争力の向上に資する余地が大きい」とし、サービスイノベーションの重要性を指摘している。こうした動きを受け、経済産業省はもとより、文部科学省や各大学においてサービスイノベーション人材育成についての取り組みが行われてきた。

 このように、(手前みそのような気もするものの)一省庁の検討が政府全体の政策にひろがっていることは、政策や政策人材のコンバージョンが求められる現在において、一定の成果といえるのではないか。

 サービス産業の我が国経済に占める比重の増大やサービスイノベーションの重要性はすでに各方面で指摘されているが、「サービス」の特性、言い換えればモノづくりではなく「サービス」であればあるほど、人材の重要性が高くなっていることは実感として感じられることだろう。これまで、サービス分野の人材育成政策については、例えば経済産業省では医療経営人材育成や観光経営人材育成など、大学院レベルで分野別の人材育成事業を進めてきた。

 今回のJAIST-MOSは、こうした縦割り教育のアプローチではなく、「サービス」をよこ串に刺しつつ、JAISTの野中郁次郎先生の「知識経営」をその遺伝子に持つ知識科学MOTと情報科学の融合により設計された本格的なものであり、

・サービスイノベーション概論(仮称、以下同)
・サービス設計概論
・情報サービス概論

 の3つの分野の最先端の専門講義群からなるものである。これには、非常に期待が高い講義や講師陣が含まれており、例えば、東京大学工学系研究科の松尾豊准教授の「インターネットサービスシステム論」は、最新のweb工学論に基づいたサービスシステムを論ずるもので、東大以外ではここでしか聴けないものと推測される。ほかにも、角忠夫客員教授の「製造業のサービス化論」は、筆者がサービス産業課長時代、検討しようにもデータが少なく、後回しにしたという、いわくつき?の課題で、個人的にもとても興味がある。

 サービスイノベーション論は、サービスの経営論が比較的古くから研究されているのにもかかわらず、現在でも最先端の研究分野であり、まだ体系化できるほど成熟しているわけでない。そうしたチャレンジングな分野において、ある程度システマチックな教育を設計するのはかなり困難な作業といえる。

 筆者らの研究(*ii)によれば、サービスイノベーションの研究論文は、1970年代から散見されるが、90年に至るまではほとんどなく、90年代半ばから伸び始め、年間20件を超えるようになった。2000年以降、更に活発化し、最近では年間100報を超えている。最近までの累計では6284件となっており、2008年は一層伸びることが予想される。この傾向は、イノベーションにかかる論文の傾向とほぼ一致する。

 さらに、これら論文群を、論文引用のネットワーク分析手法を用いてクラスター分析したところ、25のクラスターに分割でき、最大のクラスター、「ビジネスイノベーション」をはじめ、「イノベーション・イン・サービス」、「新サービスにおけるイノベーション」のクラスターが大きいことがわかっている。このほか、ヘルスケア、公共サービスを中心として議論するクラスターの存在が確認された。このように、サービスイノベーションにおいても、イノベーション全般と同様、横断的な課題を扱ったクラスターと分野別の課題を扱ったクラスターが混在する。主要なクラスターの特性を示したのが次表である。






表 サービスイノベーション研究の主要なクラスターの特性

 このように、サービスイノベーションについては、ビジネスサービス、パブリックサービス、ヘルスケアサービスといった分野別のイノベーション研究が盛んに行われているが、サービスそのもののイノベーション、新しいサービスとイノベーションの関係などの研究やイノベーションの普及、組織、マネジメントなどの研究が行われていることはイノベーション一般と同様である。

 本分野は極めて先端的であり、この分野の人材育成が急務だと言っても、その設計には相当な困難を伴うことも明らかである。JAIST-MOSの取り組みが良い方向に進み、将来にはサービスイノベーション教育の体系化が示されることを強く期待したい。


*i. 2006年3月18日閣議決定。該当部分は第2章科学技術の戦略的重点化3.(1)。
*ii. 橋本正洋ほか、2008「サービスイノベーションの分析」研究技術計画学会第23回年次学術大会講演要旨集