第12回 イノベーション「戦略」とは
黒川清先生や石黒憲彦さんがいつも引用されている野中郁次郎先生の著作を拾い読み(耽読といえないのがつらいのですが)しているうち、(やっと)「戦略の本質」にたどり着きました。この本は2005年に出版されてもう古本屋にも並ぶ?本ですが、書店にある本の帯には「失敗の本質の待望の姉妹編」とあり、日本軍の組織論的研究を行った「失敗の本質」に続く戦史からひもといた(軍事)戦略論からの考察です。不利な状況から逆転を実現した毛沢東の反包囲討伐戦、バトルオブブリテン、朝鮮戦争などの戦史からケースを起こし(その結果、日本軍のケースはありません)、戦略の本質を論破したものです。
常日頃「イノベーション戦略」などと言っている割には、「戦略」のなんたるかを理解していない筆者にとって、とても刺激のある著作です。
野中先生は、戦略を大戦略、軍事戦略、作戦戦略、戦術、技術の5つのレベルに分け、同書でとりあげたケースを分析、総括しています。(下図)
こでは、戦略については、「各々独立した意図を持つ主体間の相互作用である」と定義し、戦略のメカニズムとして、第一に「戦略の各レベルはそれぞれ独自の課題を持っているとはいえ、他のレベルからも絶えず影響を受け、また他のレベルにも影響を及ぼす」、第二に「したがって、主体間の相互作用の逆説的因果連鎖は、各レベルで(水平的に)展開するだけでなく、各レベルの間で垂直的にも展開する」としています。後段はわかりにくいのですが、「逆説的因果連鎖の垂直的展開なるものは、端的に言えば、ある戦略レベルでの過度の成功は、結果的に、他のレベルあるいは全体としての失敗を導くことがある・・・成功のし過ぎは失敗を招くというパラドックス・・」と解説されています。何となく理解しました。また、優れたリーダー(例えばチャーチル)は、この戦略の各層(例えば、戦術階層である将官の人事や技術階層など)に強い関心を抱き、関与したしています。
さて、ここで大胆に、ナショナル・イノベーション・システム構築への「戦略」への課題を、野中先生の分類に従って整理してみましょう。全くの試案です。
第三期科学技術基本計画や、今般のイノベーション25の策定に携わっている方々には自明のものかもしれませんが、こうやって改めて整理すると、黒川清先生の内閣特別顧問としてのミッションは「大戦略」策定に深く関わり、これまで進めてきた科学技術関連予算の確保、民間への研究開発助成の強化や、政府の機構改革(独法化含め)、産学連携施策や大学改革は、「軍事戦略」に相当するようです。一方、NEDOなどの研究開発独法は「作戦戦略」以下の戦略を担っていることがよくわかりました。また、産業はもとより、大学や研究開発独法が強くなることにより、日本のイノベーション遂行能力が高くなっていくということだと思います。野中郁次郎先生によれば、こうして、各階層において戦略を遂行し、それぞれが影響をしあって全体としての戦略を実現していくことが大切です。各層のどこか(産業界だけ、大学だけ)が一人勝ちしても結局国としては負ける、という警句もあります。さらに、各層の戦略に目配せする優秀なリーダーの存在も重要です。
前回ご紹介したように、今般、NEDO内横断的に総勢30名余りを擁する「技術経営・イノベーション戦略」推進チームが発足しました。3月20、21日に高輪プリンスホテルで開催した技術経営シンポジウム(参照http://www4.smartcampus.ne.jp/index.php?7)でも、我々の目的や活動の方向をご紹介した次第です。技術経営関係の先生方、企業のトップの方々ほか、たくさんのご来場どうもありがとうございました。
NEDOのこのチームが、そのナショナル・イノベーション・システムの中でのミッションに合致した、本当の意味での「戦略」を実現していけるかどうか。我々の研鑽にも依存しておりますが、関係の皆様のご協力、ご指導にもかかっております。
ここでは、さらなる「戦略」の深化をお約束したいと思います(大丈夫か?)。