第2回 テクノグローバリズム


  前回お話ししましたように、企業は自身の豊かさを求めたいので、その根源としての技術を独占化しようと考えるものです。その集合としての国家は、自国有利に技術を囲い込む、モノポライズする、これがテクノナショナリズム。1980年代後半に対米貿易出超が1000億ドルに達したころ、アメリカから相当にバッシングを受けたのをご記憶の方も多いでしょう。

 当時、米国商務省の出した資料に、「自動車、TV、クーラーなどの先端製品38品目中で、日本の基本特許は僅か1件、にもかかわらずビジネス化して金儲けしているのは20数品目に及ぶ、けしからん、もっと基礎研究もしろ、技術も公開せよ」とのものでした。フランスのクレソン首相も、「日本製のビデオが氾濫して困る、輸入禁止」などと大声をあげた(女性首相に対して失礼か)。我が国は相当困惑し、政府は自動車工業会を指導して輸出数量を230万台、200万台、ついには180万台まで自主規制したのでした。

 代わりに現地化と部品の現地調達が急速に進み、また最近にみるマーケットに近いところで製造するというグローバル方針も手伝って、例えば現在、北米には23もの日本自動車企業の工場が稼動し、7万人も雇用しているのです。だからなのでしょうか、あのタイタニック号主演のレオ様、そう、ディカプリィオがアカデミー賞受賞式にトヨタハイブリッド車のプリウスで登場し大賞賛を受けても批判は無かったようですし、目下はGMを抜いて世界ナンバーワンになりそうな気配ですが、'80年代後半のような反日運動は少ないように思います。

 また基礎研究ただ乗り批判にも対処すべく、当時の尾身幸次代議士(後に科学技術担当大臣で、毎年京都で開催される産学官サミットの提唱者、今年は6月10、11日)を中心に「科学技術基本法」を1995年に議員立法化し、翌'96年から第一期科学技術基本計画17兆円、'01年から第二期24兆円、この4月から第三期25兆円で、主に基礎研究のIBNE(Info, Bio, Nano, Environ.)を重視して進めているわけです。

 一連の流れを思い返しますと、この15年間の我が国の対外科学技術方針は、競争と協調のバランス比率に尽きるようです。というのは'80年代後半での主張は、「日本は技術を独占はしない、技術を世界と共有し、基礎研究に重点を置いて人類の幸福に貢献します」というテクノグローバリズムのウェイトが重かったのです。

 特に前述した自動車輸出摩擦を回避する論法の柱として、当時の東京大学学長であった吉川弘之先生(現産業技術総合研究所理事長)のリーダーシップのもとで、テクノグローバリズムが展開されたのです。いわく、「工業製品の製造技術は各企業固有の知的財産であり競争力(コンペティティブ)の源泉、しかし技術が幅広く深くなった今日、一企業ではおよそ対処できそうにも無い競争前技術(プリコンペティティブ)や、競争後(ポストコンペティティブ)の標準化技術については、先進国間で協調して研究開発するべき、結果は発展途上国に移転されるべき」とのもので、私もとても感動して信奉者の一人となったのです。

 好景気の最中にあったトヨタをはじめとする先進企業の多くが、この考えを支持してくれましたし、この精神は高邁で今日でも国際的に通用するものであると確信しております。

 しかし'90年代半ばに差しかかる頃、急激な円高傾向のもとでバブル経済が崩壊しつつあることに気づき始めた我が国企業は、その対応に憂慮しておりました。そんな中、通商産業省では、当時、東芝社長であった故青井舒一社長を座長に、製造各社のトップ十数人と大学人を招いて「緊急円高会議」を2週に一度くらいのペースで開催し対策を検討したのです。トヨタの奥田碩副社長が、「円高がいくらになろうとトヨタではそれなりの対応ができる」、三菱重工の相川賢太郎社長が「円高下で利益を挙げるのも可能だが、雇用確保が我が社の責務」などの度肝を抜く発言に私は全くついて行かれなかったのです。

 先日、当時NEC社長の金子尚志さんに久しぶりにお目にかかった折に申し上げたことなのですが、「並み居る社長さんたちを前に、アメリカの通信事情と円高の関係を論理説明されたのに驚嘆、その上、自らパソコンを操って、誰も知らなかったパワーポイントでやられたのですから」と。それはさておき会議の大筋は、製造企業はもはや社会貢献する余裕など全く無くなってしまい、協調よりも競争力確保が重要、よって一時の多角経営を捨て、コアコンピータンシー確保が必然、でした。

 僅か5年の内に、我が国製造業の主要指針がグローバリズムからナショナリズムに再びが移動し始めたのです。このときの知見が大いに役立ち、後に小渕内閣時代に産業競争力会議の機械産業委員長を下命された折、我が国製造業の短期的指針として、製造業のサービス産業化(2.5次化)、コアコンピータンシーの確保と適切なアライアンス、オンリーワン技術開発システムと人材の育成などを技術経営の必須事項として取りまとめたのです。