第56回 「泥沼化する尖閣問題−日本人は目覚めるか」
尖閣問題は、中国人船長の釈放で事態は収束するどころか、中国は「謝罪と賠償金」まで要求し始め、日本にとって益々泥沼化している。海外諸国は、日本は中国に屈した(韓国)、アジアの力関係は明確に変わった(米国)と報道し、現時点でさえ日本の敗退であるとレポートしている。これほどの国辱的展開はない。
それにしても、日本政府の国際感覚、政治感覚は目を覆いたくなるものがある。ある外交のトップは、「尖閣諸島は日本の領土で、我々は日本領土を守るために行った行動なのに、中国が何故あれほど強行になるのか理解できない。」というようなコメントを出していた。何という常識外れのコメントなのだろうか。
中国は、一貫して「尖閣諸島は中国古来からの領土」と主張している。その真実は別として、自国の領土内で日本の海上保安庁の船が中国漁船を拿捕すれば、中国からみればそれこそ違法行為であり、当然報復してくるのは明々白々である。それを「日本の領土だから」と自分の立場のみで考えても何の意味もないことは、誰でも理解できることだろう。外交のプロがこのような国際感覚では話にならない。
それに中国は領海問題でアジアの多くの国と揉めている。ベトナムとは海軍同士が戦ったり、ベトナム漁船が拿捕されている。フィリピン軍艦艇は中国漁船を沈没させたり、9つの島を実効支配している。インドネシア海軍は、中国漁船を拿捕したが、中国艦艇が奪還した。韓国は中国漁船を拿捕し、船長開放に罰金1100万円を要求している。つまり、中国にとって尖閣領海問題は、他の国との領海問題にも影響するので必死なのだ。
これらのアジアの国々としては、リーダー格といえる日本にがんばってもらいたい期待があったが、日本の腰砕けで終わって、がっかりしているだろう。管内閣がそういう全体状況を考えたかは全く分からない。とにかく、今の民主党のやることなすことは、全て素人の政策とほとんど変わらない感がある。
中国が尖閣問題にこれほど付けこんでいるのは、沖縄の米軍移転に大問題が生じ、日米安保にヒビが入っていることが一つの要因になっていることは明らかであるが、これも民主党が沖縄県民に「最低でも米軍を沖縄の外へ出す」という根拠のないマニュフェストを打ち上げ、沖縄国民にそれを鵜呑みさせたことから始まっている。
県外に出すことが実現可能かどうか、何が問題になるか、それに対してどう対応するか等の検証は、まるでないことは今になってみると火を見るより明らかである。しかし、そういうリップサービスは、国民の期待になっていくので、解決できない問題へと発展し、収拾がつかない事態へと発展させる。できもしないマニュフェストを高々とかかげ、いざ施行しようとしてみたら、「やっぱり難しい」では、政治家として落第である。勿論、最終的には、マニフェストの実行可能性を考えず、こういう民主党を選んだ国民の責任であるともいえるが。但し、これは民主党のみの責任という訳でもなく、国民を引っ張る魅力やビジョンもない自民党、その他の党にも責任はあろう。
それはともかくも、目に余るのは、日本のジャーナリズムの報道の酷さである。中国の報復措置を大々的に報道し、日本は明日にでも経済が破綻するニュースを流す。日本の弱みを重箱の隅を突付いて、わざわざ逐一暴き、日本国民を脅してさえおり、中国にとってはこれほどよい情報源はない。まるで、中国政府の片棒を担いでいるようだ。
中国は、共産党が報道の全てを取り締まっているから、中国国民はそれのみが真実と信用して、「日本が勝手に侵犯している。日本は降参して船長を釈放した。対日戦勝利記念日だ!」と狂喜乱舞する。中国共産党にって、国民の全ての視点が日本へ行き、これほど都合のよいことはない。
では、日本は本当に完敗しているのか。
私は、そうは思わない。
この尖閣問題で多少の収穫があったとすれば、それは、日本国民の中に国を守る、利益を守るという意識が戦後初めてといってよいほど台頭してきたことである。大戦後、日本は、無抵抗主義の国になってきた。実際、「戦争が始まったらすぐに降参し、一切抵抗しない」と提案していた地方自体が数多くある。そんな脆弱では日本の崩壊につながりかねない事は、今回の事件で多少理解できるのではないか。
ともあれ、議員達は超党派で「国家主権」を守るために結束し、沖縄の漁民も漁業権を守るため、中国へ抗議したという。沖縄県知事の仲井眞弘多氏(私の通産時代の直属の上司であり、飲み仲間であったという奇遇)は、「尖閣は昔から沖縄の県域なので視察に行く」と述べた。
やっと日本全体が動きつつある。
これで沖縄の米軍移転問題も沖縄県民を含む国民全体が国家安全保障という全体的視点から真剣に考え始めるのではないか。日本は戦後、国を守ることは全て米国に任せて、経済発展のみに集中してきたが、そのツケが一気に来たといえる。
国を守る気概があまりにない理由の一つは、日本人が皆、日本を無資源、島国の小国で、誰も日本を攻めやしないと思い込んできたからだろう。しかし、諸外国は日本を小国とは思っていない。特に中国、韓国、ロシアという日本にやられた国は、目の色を変えて日本に復讐する機会を狙っている。ロシアなぞ、つい最近になって日本に勝った「戦勝記念日」を創設した。
日本は、たとえ経済面とはいえ戦後奇跡の復興を遂げ、欧米と肩を並べる国になり、その気になれば核兵器でも空母でも戦闘機でも、明日にでも作れる実に恐るべき国である。だから隣国は戦々恐々でいなければならないわけだ。
しかし、中国は一方的勝利のためかどうか、勇み足をやりつつある。その一つは、人民日報が、「日本は中国なしには発展できない。中国に対抗するならその代償に日本は耐えられない。」と報道したことだ。これは中国は大国、日本は属国と表現したのと同じだ。これで怒らないほど日本人はアホではないだろう。
要するに日本は、中国以外のアジア諸国と組むことも、もっと真剣に考えなければならない。幸い、ベトナム、インドネシア等々の国は、中国が共通の敵になっており、今回の中国の姿勢を批判し始めている。これらの国の賃金は中国より安く、次の生産市場の基地といわれている。日本のアジア政策は大きく変わっていくだろう。
いずれにせよ、とりあえずは日本の安全確保が最優先となろうが、米国が一方的に日本を守ると考えていたら、これも大間違いである。ベトナムや中東で疲弊している米国も日本が真剣に戦わなければ絶対加担してこない。日本もこれを機会に本当の防衛について、真剣に考え出す気配がようやく出始めたようだ。
三島由紀夫が「自衛隊よ立ち上がれ!」と40年前に割腹自殺したときに、日本の国民は「彼は狂人だ。日本の美意識に殺された。」と何の反省も反応もしなかった。あれから約半世紀して、日本人は彼が訴えようとしたことをやっとまともに考え始めるかもしれない。
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