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第41回「史上最高の戦いといわれるUS オープンゴルフ」(番外編)



 2008年のUSオープンゴルフは本命であるが手術直後の32歳のタイガー・ウッズとアベレージ・プレーヤー(journeyman:職人)の45歳のロッコー・メディエータが18ホールのプレーオフでも決着がつかず、サドンデスのホールでやっとタイガーの勝ちとなった。
 [ところで、サドンデス(sudden death)とは明らかに敗者のことを意味する。勝者をこれだけ崇めるアメリカが何故サドンウィンとでも呼ばないのか・・・。]

 とにかく、二人のシーソーゲームはすさまじいものがあった。最終日の最終ホールまでロッコーが1打差でリード。それをタイガーが4メートル位の凸凹の下りフックラインという奈落の底へ行きかねないパットを決めてプレーオフへ持ち込んだのだ(Tiger made a bumpy downhill disaster of a 12-foot putt for birdie to tie Rocco and forced a play off.注:ワシントンポストの記事は単にdisasterと記載していたが、本当はpossible disasterとでも記載すべきだろう)。  この圧倒的なプレッシャーが掛かる最後のストロークをタイガーは「しっかり打たなければだめだ。頭を動かしてはだめだ。」と言い聞かせて打ったという。これは、全てのプロの、全てのショットに通じるゴルフの最も基本的なことだが、緊張が極度に強かったりすると打った瞬間には中々守れないものである。それを貫くのがタイガーの精神力なのだろう。

 そして翌日、月曜日は全米オープンだけに使われている、サドンデスでない18ホールのプレーオフである。タイガーは10番ホールくらいまでは3アップで、これは楽勝と思われたが、粘り強いロッコーは驚くことに13〜15番の難ホール(全てのホールが難ホールに設計されていたが)を3連続バーディとし、最終18番ホールに来た時は、またまたロッコーの1アップとなっていた。

 しかし、タイガーは再び1.5メートル位のパットを読みきってバーディーを取り、サドンデスの延長戦に持ち込んだのである。1度はともかく、2度も最後の最後というパットをねじ込む力、執念は空恐ろしいものがある。

 そうして始まった7番のサドンデスホールで、ロッコーはドライバーをバンカーに入れ、2打目の難しいバンカーショットをグリーンの横の観客席に打ち込み、ドロップエリアからのアプローチショットで5メートル位のパーパットが残った。タイガーの方は楽々と2オンし、6メートルくらいのバーディーパットが残った。

 ここまで書くとタイガーの楽勝と思われるだろうが、必ずしもそうではない。 タイガーがはずし、ロッコーが決める可能性がないではない。まず、タイガーの6メートルのバーディーパットは完全にラインに乗っていたが、わずか数センチショートし、パーで終わった。彼がキー・パットをショートするのは本当に珍しい。もっとも、もし決めていたらちょっとかっこ良過ぎるともいえるが・・・。

 次に、ロッコーが5メートルのパットを決めればプレーオフは続行することになる。しかし、彼のボールは無情にもカップのハイサイドをわずかにかすめて外れてしまった。それでも、少なくともハイサイドを通過したことは彼がいかに調子に乗っていたがを示している。

 とにかく、これほどシーソーゲームが続いたメジャー大会(いや一般のPGA大会でさえも)は見たことも聞いたこともなく、それゆえに史上最高のUSオープンといわれている。しかし、それ以上にこのUSオープンの激闘の質を高めたのは、二人のあまりに対照的な性格やプレー振りと共に、格調の高いスポーツマンシップを出したからである。

 タイガーはゴルファーとして絶頂期ともいえる年齢で、プロの中でも1、2位を争うロングヒッターだ。とにかく13番ホールの614ヤードをドライバーで320ヤード飛ばし、残りの294ヤードをスプーンで軽々(?)2オンさせてイーグルを2回取ったほどである。これに対してロッコーは45歳のベテランで、PGA大会に5回勝っただけのジャーニーマンで、超ロングの13番ホールは3打でなければ絶対に届かない。ところがプレーオフではロッコーはその13番ホールから3連続バーディーを取ったのだから、いかに彼が乗っていたか分かる。

 二人の性格は、タイガーはプレー中はやや無口で真剣勝負、精神統一に徹する方だが、ロッコーはペラペラしゃべりまくり、観客に声を掛け、ジェスチャーで喜怒哀楽を見せ、タイガーにさえよく声を掛けていた。それでもロッコーはタイガーが集中しようとしていると見ると、あえて声を掛けない(、と言っていた)神経の細やかさも持っていた。

 この性格の差は二人が打つ時のアドレスに入った時にも良く出ている。タイガーのアドレスは射撃選手が的を狙う時のように近寄りがたい雰囲気が出、見る方もつい緊張してしまう。ロッコーのアドレスは普通のワッグルを数回するだけでパチンと比較的簡単に打つ。

 しかし、ロッコーが圧倒的なアンダードッグであったことと、観客に声を掛けたり、ジェスチャを示して盛り上げたりして、自分自身も一生に一度の体験(タイガーにはしょっ中あるが)を存分に楽しもうとしている姿勢が、本来は行き詰まる死闘にほのぼのとした雰囲気を与えていたのだろう。

 戦いが終わってロッコーは言った。
 「もし、タイガーがベストであれば世界中の誰が闘ったって負ける(If anybody in the world goes up against Tiger when he is at his best, they are going to lose)。誰だって同じだ(I don't care who it is)。今週、彼はベストといえたかな?(Was he at his best this week?)。勿論、非常に良かったが(He was pretty good)。しかし、彼がケガをしていたのは明らかだ(Obviously, he was hurt)。でも、結局彼はベストであったことはいつも通りだ(But, there is where he was his best, always)。彼はそういう男だ・・・負かすのは不可能に近い・・・(He is who he is ・・・the guy is impossible)」

 ロッコーは負けて運がいいとか悪いとかは一言も言わず、「あいつの体調はベストじゃない、それでも勝つ、それがタイガーなんだ」と言い切った。タイガーはタイガーで、自分のローラーコースターのようなゴルフをこう言っていた。

 「この一週間は長かった。手術の質問もたくさんあった。結局、4つのダボと、3つのイーグルと、何回かの3パットと、いくつかのどフックのティーショット(a couple of snipes off the tees)と、いくつかのスライスショットと、いくつかの爆弾ショット(some bombs:超ロングショット)と、あれやこれやが色々あった(anything and everything happened)。本当に(really)。でも、スポーツ選手は皆ケガと闘うもんだ(All athletics deal with injuries)。スポーツは普通自分たちの体に易しくはない(Sports isn't usually kind to your body)。でも、どんないいわけも絶対あってはならない(There's never any excuses)。自分が100%であってもなくても、プレーするだけだ(You just go play whether you are 100% or not)。」

 確かにタイガーが言うように勝つには勝ったが、最初のホールを2日連続のどフックでダボするなど大荒れに荒れていたことは確かだ。これだけ荒れて勝ったタイガーも珍しいがやはり手術が完治していなかったせいだろう。一方、世界で158位にランクされるロッコーは自分のプレーについてはこう言っていた。

 「プロゴルファーはこういう時(桧舞台)を一生掛けて待っているんだ(You waited your whole life for it)。私はそれを見逃したりはしない(I wasn't going to lag it)。勿論、ものすごく緊張していた(Yes, I was nervous as a cat)。でも、それをしのいだんだ(But, I handled it)。本当のことを言えば、タイガーに勝てなくてちょっと落胆している(Truthfully, I am disappointed a little that I didn't beat Tiger)。でも落胆しただけで頭に来ているわけではない(Just disappointed, not upset)。今はとにかくちょっと疲れたね(I'm obviously a little beat up right now)。これでわかったことはタイガーに対してベストを尽くしたが、それでも十分ではなかった、ということだけで(The only thing I take from this is that I gave Tiger the best that I had and it wasn't quite good enough)、ど自滅したわけじゃない(It wasn't like I got my butt handed to me today)。自分はまだこれだけできることがわかったし、またどこかでもう一度やってみるさ(I know that I still can do this and I want to try again some time somewhere)。」

 結局、この全米オープンはタイガーとロッコーが1アンダーで終わっただけで残りの全プレーヤーはオーバーパーだった。これはゴルフコースをデザインしたPGAが勝ったことを意味する。特に、最終18番ホールでドラマが出るように設計した点は見事である。

 長さは573ヤードのやや長い18番ホールは、イーグルやバーディーを可能にして毎日高いドラマが生じることを願ってPGAによってセットされていた(The 573 yard 18 the hole was set up specifically by the U.S.P.G.A. in hopes of creating high drama everyday enabling an eagle or birdie at the short par-5 finishing hole)。

 そういう意味では今回のドラマはPGA協会の演出のたまものともいえる。そしてこのSan DiegoにあるTorrey pives Southゴルフコースはパブリックコースでもあるのでいつでも誰でもできる。一度この7300強ヤードという化け物コースにチャレンジしたいものだ。

 ところで全く対照的だった二人だが、共通事項がなかったわけではない。 それは月曜日のプレーオフに二人とも赤いポロシャツを着ていたことだ。タイガーが最終日に赤いポロシャツを着ることはあまりにも有名である。しかし、プレーオフは翌日になったので彼が何を着てくるかゴルフ通には興味があった。

 ところが日曜の最終日と全く同じ赤いポロシャツだった。タイガーなら同じ着替えは何枚でも持っているだろうな、と思っていたら彼は「洗濯したんだ(Laundered)」と言っていた。
 一瞬、「え!?」と思う。
 こんな金持ちゴルファーが新しい着替えを用意していないのか? しかし、冷静に考えるとタイガーは当然新しい赤いポロシャツを余分に持っていたのだろうがゲンをかついだのだろう。

 最終日の最終ホールにバーディーを決めるということはタイガー自身だってそうあることではない。そこで翌日のプレーオフではもう一度その赤いポロシャツを着ようと思ったに違いない。これほどのプレーヤーだってゲンをかつぐことは当然ある。それほどプレッシャーが強い大舞台なのだ。ところが、一方、ロッコーも全く同じ赤いポロシャツを着ていた。彼は、タイガーが日曜日には赤いポロシャツを着ていたので月曜日は異なる色のポロシャツを着てくると思って自分は赤にした、と言ってた。タイガーが同じ赤いポロシャツを着たのを見たせいか、ロッコーはその上に黒いチョッキを着ていた。  恐らく赤いポロシャツはタイガーのトレードマークなので、彼はそれを見た時に遠慮して黒いチョッキを上に着たものと考えられる。彼は陽気なゴルファーだが、結構気を遣う面があるから好かれる。だから月曜日のプレーオフと言うのに2万人以上の観客が集まり、「タイガー!」、「ロッコー!」と両者に同じような大歓声を浴びせていた。

 この二人の戦いはスコアが示すように大デッドヒートであっただけでなく、人格面でも同等に戦っていたといえる。この点、オバマとヒラリーという政治家の戦いに比べると、歴然とした差があり(やっと終わってくれたが)、清涼感がある。アメリカの経済はサンプライムでおかしくなり、イラク戦争は泥沼化しつつある。そういう中で、真の男と男の力感ある戦いであったからこそ史上最高のUSオープンといわれるのだろう。

 と、この記事を書いていた時に、タイガーがもう一度ひざの手術をすることを決定し、今季は絶望というニュースが入ってきた。しかし、タイガー自身は絶望とは思っていないはずだ。 彼がそれを覚悟で手術後にかかわらず全力でプレーしていたことは素人が見ていても分かる。それがプロでありサムライであることをタイガーは示したかったのだろう。