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第23回 マイクロソフトのウィンドウズ、特許侵害による使用停止を免れる




 アメリカ特許が恐ろしいのは他社の特許を侵害すると直ちに差し止めが認められ、侵害製品の生産禁止、販売停止、営業停止になるどころか、へたをすると工場閉鎖さえにもなることである(特許侵害製品しか作らない工場であるとその可能性がある)。従って、特許訴訟が始まったり、特許ライセンス交渉があり、不利な場合は企業はどうしても高いローヤルティを払っても決着させざるを得なくなる。陪審裁判になると結果が読めないから余計にそうだ。

 ところが近年のプロ特許の風潮で特許が儲かることが広がると共にアメリカにはpatent trollという特許ゴロ、特許恐喝会社が雨後の筍のように増え始めた。彼らは自分の特許ではなく他人、他社の使っていない特許を安く買い集め、これらの特許を基にして大企業や日本企業を特許侵害であると脅かし、あるいは特許訴訟で高額の和解金やローヤルティを搾り取るのである。

 特許権者が実際に特許製品を販売し、その製品や生産設備、工場、販売網を守るためであるならば確かにその特許の価値は高くなるので高額のローヤルティも頷けるし、そもそもアメリカ企業はこの20年間そのように特許を活用し、プロ特許時代を導いた。
 しかし、特許恐喝会社は全く異なる。誰も用いていない特許、死んでいる特許を買い集め、大企業が類似製品を作り始めてから陪審員裁判と脅しをかけて揺さぶるのだから始末に負えない。また、こういう会社は何も作ってないからクロスライセンスで決着というわけにも行かない。

 ここに至ってアメリカ大企業は米国特許制度は何かおかしいと叫び始めた。マイクロソフト等の情報産業がその先鋒を行っている。
 その理由の1つはこういうソフト企業はコンピュータ・システムやソフトウェアを今まで著作権で保護してきており、近年になってプロ特許からソフトウェアも場合によっては特許でカバーされるようになったものの、その特許対策が遅れており、特許部の体制が十分でないこともある。また莫大なコンピュータ・システムを小さな部品特許で全体が抑えられ、巨大利益が吸い取られるという問題もある。大したことのない特許に対してでもライセンス料を支払うことを拒否すれば差し止めや営業停止の恐れさえ出てくる。

 こうしてマイクロソフトのウィンドウズのシステムがz4テクノロージー社の特許で狙われた。z4テクノロジー社はコンピュータ・ソフトウェアにアクセスするためのアクティベータに関する米国特許第6,044,471(471特許)及び6,785,825(825特許)を有しており、マイクロソフトのオフィスとウィンドウズXPのソフトウェアに用いられているアクセス用アクティベータは2つの特許を侵害していると提訴した。このアクティベータはウィンドウズのほんのわずかな一部でしかないが、それでもその部分で特許侵害があればウィンドウズ全体を使用できなくなるので大問題になる。

 陪審員公判は2006年4月10日〜19日に行われ、陪審員はマイクロソフト特許侵害どころか故意の侵害をしており、損害賠償は1億1500万ドル(約120億円)と評決した。侵害が故意なので損害賠償はその三倍になる可能性もあった。
 しかし、それ以上に問題になるのはウィンドウズ自体が使えなくなる使用停止であり、差し止めである。z4テクノロジー社は特許侵害が評決されたマイクロソフトのウィンドウズXPそしてオフィスを直ちに差し止めることを要求し、もしウィンドウズXPを引き続き用いたいなら特許侵害しないように直ちに設計変更することを求めるモーションを提起した。

 これに対し、マイクロソフトは特許侵害しないアクティベータを用いた真新しいウィンドウズ・ビスタ(2007)とオフィス(2007)を2007年1月に発売する予定にしているが、これらは今すぐに用いることはできないのでそれまではライセンス料を支払って引き続き用いることができるようにすべきで、差し止めを直ちに適用すべきないと反対した。
 その理由として、z4テクノロジー社はライセンス会社なのでローヤルティ収入で十分であり、また今直ちに設計変更すると莫大な費用がかかり、その上、もし今、直ちに従前のウィンドウズが使えなくなると、その普及率からみて世界中のユーザーに対して大変な打撃を被るどころか社会にも大混乱さえ生ずる可能性がある、と述べた。

 ソフト産業界は果たして地裁判事が差し止めを認めるか息をこらして様子を伺っていた。これまで通りの米国裁判なら特許侵害があれば当然差し止めを認めている。ましてやこの事件ではマイクロソフトの侵害は故意でさえあると評決されているのである。
  ところが正にこの時、最高裁判所がeBay事件で差し止めのあり方を根本的に変える判決を下したのである。

 このeBay事件では、特許権者のMercExchange社はインターネット販売に関する特許を有していたが自らは特許を実施せずライセンスを供与してローヤルティ収入を得て経営していたが、ライセンスを拒否したeBay社を特許侵害で数年前に訴えた。
 地裁の裁判で陪審員は特許の故意侵害があり、損害賠償は29.5億ドル、実に3000億円という評決を下した。

 問題は差し止めを認めるかである(差し止めは判事が決定し、陪審員は関与できない)。地裁判事は@このようなビジネスモデル特許の内容は不明確であるので特許自体に問題がある、AMercExchange社はライセンスのみを行っているのでライセンス料を得れば良いはずである、という理由により差し止めを認めなかった。

 これに怒ったMercExchange社は直ちにCAFC高裁(特許専門の高裁)に控訴すると、CAFC高裁は「特許は有効で侵害されているから差し止めを認めるのがこれまでの判例である」と逆転判決した。これを受けてeBay社は、特許権を実施していない者に一律に差し止めを認めることは特許法の規定に反すると最高裁に上告していた。その最高裁判決がz4テクノロジー事件の地裁判決の直後の2006年5月15日に下されたのである。

 その最高裁の判決によると、差し止めは衡平法(エクイティ、正義公正)の観点から決定しなければならず、その観点とは@差し止めを認めなかった場合に特許権者にどれだけ被害が生ずるか(特許権者が販売していなければローヤルティだけで十分である)、Aローヤルティのような金銭的救済では不十分か、B特許権者に差し止めを認めなかった場合と、被告に差し止めが課せられた場合の両者の被害のバランスはどちらが大きいか、C差し止めを認めることが公共の利益に反しないか、という4つの観点であると判決した。
 その結果、最高裁は差し止めを自動的に認めることは決して、これまでの判例ではなく、eBay事件についてCAFC高裁はそれらの点を勘案しないで判決したとして差し止めを破棄して差し戻したのである。

 この最高裁の判決を受けてz4テクノロジー事件を行ってきたTexas州地裁は@z4テクノロジー社は特許を実施していないのでローヤルティで十分である、Aウィンドウズを直ちに差し止めることはその普及率からみて社会的混乱が余りに大きすぎる、Bマイクロソフトは特許侵害しないウィンドウズ・ビスタを2007年1月から販売するのでそれまでの数ヶ月間はz4テクノロジー社はローヤルティの受領で良いはずである、という理由で差し止めを拒否する逆転判決をこの6月14日に下したのである。これでマイクロソフトのウィンドウズは生き残ることになった。  この地裁判決は最高裁判決が5月15日であるから、それからわずか1ヶ月で下したスピード判決である。

 これはこれまでの米国特許プラクティスの差し止めをほとんど自動的に認めるプラクティスがいかに過酷であったかを物語るものである。
 このように米国特許プラクティスは最近になってようやく健全な方向に動き始めた。しかし、現行米国特許法にはまだまだ多くの問題があり、マイクロソフトはこの1年間米国特許法を大改正するキャンペーンを行っているが、それは次回号で報告する予定である。

z4社の米国特許第6,044,471号