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第22回 米国最高裁、差し止めを適正化する判決を下す
前回最高裁で特許侵害があった場合に侵害製品の差し止めをどのような基準で認めるべきかのヒアリングが3月29日にあったことを伝えたが、その判決が早くも5月15日に出された。
最高裁判決はヒアリングがあってから6ヶ月以上かかるのが普通であるが、それでもこの事件は夏休みに入る6月末頃までに出されるだろうと予想していたから予想外に早い判決である。これは最高裁自体がこの問題を重要であると考えていたことと、最高裁の9人の判事の意見がそれだけ一致していたということになる。
判決内容を説明する前にこの事件の経緯をもう一度紹介しておく。
特許侵害があると損害賠償(大体製品価格の5%前後のローヤルティである)を支払わなければならないだけでなく、侵害製品の差し止めが認められる。これは何を意味するかというと、侵害と認定された製品を特許権が存在している間(出願から20年間)は一切製造、販売できなくなるだけでなく、既に市場に流れて流通業者や小売店が有している在庫も破棄しなければならないどころか、その侵害製品のみ作っている工場であると工場閉鎖もしなければならないので大変な損害になる。
米国のプロ特許風潮を生み出したといわれる1980年代のインスタントカメラ特許をめぐるポラロイド/コダック訴訟ではコダックは当時1000億円という史上空前の損害賠償を支払わされただけでなく、インスタントカメラ工場を閉鎖するために更に何10億円という経費を費やさなければならなかったのである(その勝者のポラロイド社はデジタルカメラの出現のため最近倒産、合併吸収されてしまったから時代は変わってゆくのである)。
この事件以来米国は恐るべきプロ特許時代に入り、特許侵害があると直ちに差し止めが認められてきた。正常な特許で、特許権者の会社が特許製品を販売している内はそれでも良かった。
しかし、レメルソンという大(?)個人発明家がバーコード等の基本的技術を何10年も前に出願したのを、何遍も出願し直して近年になって特許を取得し、自らは一切製造、販売せず、ペーパー特許のみで世界中の企業を訴訟して(10数年前頃からは全世界の企業がバーコードを既に作っている)、ローヤルティを支払わなければ差し止めで製品販売禁止するぞと脅した時、米国の裁判所はたとえ特許製品を一切作っていなくても特許侵害がある限り差し止めは認められると判示してから、日本企業は業界ぐるみでライセンス契約を結び、米国企業も敗訴してからはほとんど全ての企業がライセンス契約し、レメルソンとその弁護士はこれまでに何10兆円という収入を得た。
*参考資料:Patent Number: 5,845,265 バーコード等の基本的技術の特許
それを見た特許企業家は使っていない自分の特許は当然として、使われていない他人、他社の特許を買い漁り、世界の企業を訴訟してローヤルティーを得るという一種の特許恐喝会社が雨後の筍のように出現し、日本のみならず米国企業自身が音を上げるを上るようになってきた。
ごく最近の例ではブラック・ベリー携帯電話機であり、何100億円という損害賠償の上に差し止めという事態になっており(さすがに裁判所は米国政府が用いているブラック・ベリー携帯電話機の差し止めは認めなかった)、ブラック・ベリーを作って販売しているRIM社は存続の危機に瀕し、結局650億円支払って和解を余儀なくされた。
この最高裁のeBay事件はこういう背景の中で起っていたもので、最高裁上告人のeBay社は、Internet Webサイトで商品の売買やオークションを行っている会社である。一方、非上告人のMercExchange社は、この種の電子市場で売買を行うビジネスモデルの米国特許第5,845,265号(265特許)等を有しており、自らは265特許を実施せず、ラインセンスを与えてビジネスを行っていた。
MercExchange社は、eBay社に特許ライセンスを供与するための交渉を行ってきたが、条件で見合わず契約に至らなかった。そこでMercExchange社は、eBay社を相手にバージニア州連邦地区連邦裁判所(地下鉄ブルーライン及び、イエローラインのキングストリートステーションのところにあり、ロケットドケットという特急裁判で有名)に特許侵害訴訟を提起した。
陪審員公判で陪審員は、265特許は有効であり故意の侵害もあり、損害賠償2950万ドル(約30億円)という評決を下した。その直後にMercExchange社は当然のように差し止めを要求した。
しかし地裁は、MercExchange社はライセンス専門会社で特許を実施していないので損害賠償がより適切な救済であるということと、265特許は問題の多いビジネスモデル特許でクレーム範囲も不明確なことから、差し止めは不適切であると拒否した。ところがこの控訴を受けた特許専門のCAFC高裁は、特許有効で特許侵害があれば差し止めを認めるのがこれまでの一般原則であると地裁判決を逆転させた。
これを不服としてeBay社が最高裁に上告していた。
そして最高裁は冒頭に述べたように2006年3月29日に公開ヒアリングを行い、2006年5月15日にCAFC高裁判決を逆転させる判決を下したのである。
最高裁によると、差し止めは衡平法(正義公正)上の措置であり、衡平法の長い歴史の中で確立された原理によれば、永久差し止めを要求する者は以下の4つのファクターを満たさなければならない。
(1)差し止めを認めないと原告は取り返しのつかない被害を被ることになる
(2)法律上の救済措置(損害賠償)では原告の被害を救済するのに不適切であること
(3)原告と被告の両者の被害のバランスを考慮すると衡平法上の措置(差し止め)が適切であると認められること
(4)差し止めを認めても公共の利益を損なわないこと。
差し止めを認めるか否かの決定は、地裁が衡平法上(正義公正)の観点を考慮して、その裁量で決定する。
実際、米国特許法第283条は、 「裁判所は衡平法の原則に沿って差し止めを認めても良い(may grant)… 」と規定している。CAFC高裁は、 「特許が有効で侵害があれば差し止めを認めるのがこれまで判例の原則である 」と述べたが、これは誤りである。あくまで、上記した4つの観点を評価した上で認めないか決定しなければならない。しかし、地裁の判決のように、 「特許権者が生産していないライセンス会社であれば差し止めを認める必要はない 」と短絡に結論するのも良くない。
結局、地裁、CAFC高裁共にそれぞれの判決は誤っているので破棄し、CAFC高裁へ差し戻すと、最高裁は結論したのである。
これによって特許権者の特許がペーパー特許のみで製造販売を行っていない場合は差し止めは一律的ではなくなったので、今後の特許訴訟やライセンス交渉では損害賠償の額が主要の問題になるので和解の道が格段に広がったのである。この最高裁の判決によって21世紀の米国特許制度はその運用面で正しい道を歩み出したといえる。
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