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第2回 企業発明者への報酬のあり方



●発明者と企業間の、知的財産権の優先度

 日本では、企業発明者に対する報酬で約200億円(本来は約600億円だったが、要求額が200億円しかなかったので、裁判所は満額を認めた)という大変な判決が出ている。この額は企業の存続まで影響すると考えられる破格の高額の報酬である。これを一部の評論家は、日本もやっと知的財産の価値を認めるようになり欧米並みになった、と評価する者もいるらしい。あたかも欧米ではその位の報酬が当たり前と思い込んでいるようであるが、これはとんでもない誤解である。

 少なくとも、アメリカでは企業発明者にこのような多額の報酬を与えることは全く無い。理由は簡単で、そもそも企業発明者は従業員という形で就業と生活の保証がされた上で発明をすることが義務として雇われ、それを反映した雇用契約書(報酬のあり方、額等)にサインしてから働くので、報酬の額は契約書に拘束され、争いになることはほとんどあり得ないからである。

 しかも、企業発明者は発明の事業化という最もリスクのある仕事になると関係部門の一員とでしか関与しない。発明の事業化が成功するのは、何百件に1件程度で、ほとんどの場合は投資の回収さえ困難である。よって、成功したときだけ発明者に多額の報酬が与えることは企業経営常識からも矛盾する。しかも、巨大な利益を上げるためには全社員の企業経営努力が必要である。

 発明が知的財産であれば企業経営も知的財産である。発明者に巨額の報酬を分配しなければならないなら、他の社員、特に経営者にも当然相当の報酬が分け与えられなければならない。しかし、この様に個人報酬が大きくなれば、やがて企業は投資ができなくなり、破綻する。

  よって、生活の心配も無く研究開発に専念できる企業発明者の報酬は通常の社員と同様に原則的に給料、地位で反映され、企業実績に基づく報酬はアメリカでもこれまでにも実例も判例もないのが実情である。

●企業内発明者と経営的発明者の違い

 ほとんどのアメリカ企業では発明者の報酬は、特許出願を行なった時に1ドル、そしてそれが特許として許可された時に1ドルというのがざらである(1ドルはコモン・ロー上契約が成立するための最低の対価)。

 技術を多少重視する企業になるとこの額をそれぞれ150ドル位にしてるところもある。そして、インテル、ヒューレッドパッカード等の世界の技術をリードする超大企業になると、それぞれ1,000ドル〜1,500ドル位与えて優秀な研究者を引き止めている。また、IBMには発明の価値を判断する委員会を設置しているが、それでもせいぜい数1,000ドルといわれている。

 最も、アメリカでも従業員の発明に多少額の高い判決が全く出ないわけではない。しかし、それは特殊な例で、発明者がそもそも研究者として雇われたのではなく、一般従業員として雇われ、たまたま自分の業務以外で画期的な発明を行なってたところ(つまり発明は企業でなく発明者の財産)、企業が発明者から安い価格で買い取り、多額の利益を得た場合である。この場合両者の関係は雇用主と従業員というより、いわばライセンス交渉当事者になるので、もし企業にフロードがあれば発明者に多額の微罪的賠償が認められる。つまり、いわゆる従業員発明の例ではない。

 アメリカでは発明者の報酬は地位の向上や破格の発明でもせいぜい数1,000ドルのボーナス程度であることはよく理解されているので、野心のある発明者は自ら会社を興したり、ベンチャービジネスを行なう。そこにはリスクはあるが、成功した時の報酬は当然高くなる。つまり、企業の保護の基で発明に専念するのみで、多大の利益も企業組織が生み出す場合と、これらの全てを自ら行なう経営者的発明者(エジソン等)の場合では報酬が異なるのは当たり前なのである。

 日本の裁判所が知的財産を手厚く保護しようとする発想は理解できるが、企業経営の実態を無視した判決を出せば、企業は一切特許出願をしなくなり、日本は特許小国へと転落していくだろう。