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第17回 個人発明王レメルソン王国の崩壊




 世界でも最も特異な米国特許制度を利用して(乱用して?)最も利益を上げたのは個人発明王レメルソンであったということは前にも述べたことである。

 一般的に発明王というとエジソンを思い起こす人が多いだろう。確かにエジソンは電球を始めとしてあらゆる電気製品の発明を行い、GEを創設して巨万の富を得たことは事実である。しかし、同時に自分の発明や事業を守っていくために巨額の投資を行ったのも事実である。

 その点、レメルソンは1954年から1990年くらいまで約185件の特許を取得したが、製品は一切作らず企業も興さなかったのでそのための投資は一銭も行っていない。彼が投資した額は特許出願に必要だった費用、ライセンス交渉そして多少の訴訟に費やした費用のみである。そして10年くらい前の米国特許制度では出願をし直したりすることは元の出願がペンディング中であればいつでもできたので古い出願に基づいて20年後、30年後に出願のし直しを行って、今日の企業や産業の全てが用いている技術に対して突然潜水艦が浮上するようにして特許を取得し、陪審員裁判を要求して高額のローヤルティを迫った。陪審員はどうしても個人発明家を味方する。そうしたことから大企業は和解せざるを得なくなった。こうして最初のターゲットは日本を含む外国企業が多かったが、その後は徐々に米国の大企業に向けられてきた。その内、レメルソンだけでなく、米国特許を買収してローヤルティを強要する特許会社が雨後の竹の子のように出てきたのである。

 こういう状況に至って、今日の米国特許制度、その中でも特に差し止めや損害賠償のあり方に疑問を投げかけ始めたのは米国の大企業、特に特許に弱いマイクロソフト等のソフト産業である。

 ソフト産業はソフトウェアが主として著作権で保護されるため著作権には強いが特許には弱い。そこでニューヨーク・タイムズ紙に米国特許制度を改正すべしと提案し、現在議会で先願主義に移行する制度改正が提案されようとしている。

 そしてこれと平行して対応してきたのが連邦裁判所である。連邦裁判所はその裁判において衡平法(エクイティ)、つまり正義公正の観点からの絶大なる裁量権を有する。

 そして、とうとう元の出願から20年や30年たって継続出願を行って特許を取ることがもしビジネス目的で同じような特許遅らせて取ることであるならばラッチス(懈怠)となり、たとえ特許権は無効でなくても権利の行使はできないという判決を出し始めた。

 10年位前までは連邦裁判所はこういう見方を絶対しなかった。理由は米国特許法の条文には継続出願を行う時に期間的制限は一切ないので法律通りに継続出願を行った場合は何の問題もないはずであるということが主な点である。確かに特許法にその規定がない以上はそれは正論といえば正論である。従って連邦裁判所もラッチスの適用に躊躇していたのでレメルソンはこの点で勝訴してきたのである。

 しかし、その発明王レメルソンは数年前に死去した。それまでに製品を1つも作らずにライセンス収入で巨万の富を築いてきた。そしてレメルソンの継続出願を調べてみると、ほとんどの特許は米国特許庁の審査の遅れで継続出願をしなければならなかったわけではない。

 レメルソンは1954年に明細書が180ページという膨大な特許出願を行ったが、その中にはテレビカメラとバーコードを使った検出装置のアイディアを記載されていた。ところが当時はレメルソン自身でさえバーコード検出装置という発明に気がついていなかった。しかし、色々なアイディアが記載されていたので次々と継続出願を行って特許を取っていった。ところが1980年代になると近代産業はレーザーやエンコーダを用いた近代的なバーコード検出装置をあらゆる分野で使い始めた。

 それを見たレメルソンの辣腕のH弁護士はレメルソンに対して「君の1954年の出願やそれ以後の継続出願にバーコードの原理が記載しているじゃないか、もう一度今継続出願を出して、今のバーコード技術を取り入れた特許を取ったらどうだ」と持ちかけて、実際に14件の特許を取得してしまった。

 これは明らかにレメルソンやH弁護士がバーコードの発明に気がついて行った事ではなく、むしろ他人の製品を見て自分の発明に気がついたことを意味していた。バーコード特許が成立するとH弁護士は直ちにライセンス交渉に入り、日本企業は業界として100億円位払ったりしたが、アメリカのフォードは継続出願の乱用でラッチスになると徹底的に争った。しかし、連邦裁判所は米国特許法通りに継続出願をした場合にはラッチスにはならないとフォードの主張を退け、同社も結局ライセンス料を支払って5年ほど前に和解した。そうして、多くの企業がライセンス料を支払っている内にレメルソンは数年前に死亡した。

 そしてレメルソン特許に対して最後まで争ったシンボル社はつい10年近い審査手続の遅れをもたらした特許戦略は乱用になるという古い最高裁の判例を2件発見したのである。その判例を基に地裁と特許専門の控訴裁のCAFCはとうとう最近レメルソンの14件の継続出願は審査に18〜38年もかけさせているので乱用であるということからラッチスを適用して特許権の行使を認めない判決を出した。このためレメルソン特許に何千億円を払い続けてきた世界の企業はローヤルティの支払いを直ちに取り止めていると考えられる。

 製品を1つも作らないでロイヤルティを強要し、それを認めてきた米国の裁判所がやっとのことで正義の刃を下したといえる。

 レメルソンのH弁護士はこのラッチス判決について最高裁まで戦うと考えられるが、最近の特許法改正の動きといい、やっと米国も正常な特許制度のあり方の追求とその運用に動き始めたといえる。