第9回 産学連携の視点から 「科学技術関係人材の養成」を考える
●政策課題としての科学技術関係人材養成
社会における営みの根源には「人」が存在し、その「人」の持つコンピテンスがいかに発揮され、またその「人」が取り巻く環境とどのようなインターアクションを取っていくかによってその営みの社会的付加価値が大きく左右される。 科学技術の分野においても、「知」の生産に携わる科学者、エンジニア、研究支援者、「知」の活用を促進するライセンシング・オフィサー、コーディネータ、「知」の具現化を担う企業人、「知」を社会へ浸透させる教員、科学技術ジャーナリスト、と多種多様な「人」が科学技術を支え、相互に作用しながら科学技術を進化させている。 そこで問題となるのが、今日、科学技術の振興を図るに量的・質的に十分な人材が日本に存在するかという点である。
このような問題意識を受けて、科学技術・学術審議会人材委員会(注1)から「科学技術と社会という視点に立った人材養成を目指して」という提言、「科学技術の総合的かつ計画的な振興を図るための基本的な政策」をミッションとする総合科学技術会議から「科学技術関係人材の育成と活用」(注2)について意見具申がなされ、「科学技術関係人材の養成・確保」(注3)は科学技術政策の一つの柱として位置づけられるに至った。
では、なぜ今日「科学技術関係人材の養成・確保」において新たな政策的後押しが必要なのか、という疑問が出てくる。第1期及び第2期科学技術基本計画を例にとってみても:
- 「ポストドクター等1万人支援計画」
- 若手研究者を対象とした競争的資金の拡充
- 任期制の導入
- 「海外特別研究員制度」
- インターンシップの促進
- アントレプレナー教育・技術経営教育・知的財産教育の促進
とすでに数多くの施策が様々な視点から打ち出され、一定の効果も確認されている。しかし、これらの部分的な手当てを受けた人材が科学技術のドライビング・フォースとして活躍するに至っているかというと、必ずしも明確な答えは返ってこない。 前置きが大分長くなってしまったが、今回は、科学技術の活性化を人材養成という側面から考えてみる。これまでの施策のどこにネックがあるのか、またそれに対してどの様な対応が必要か、といった点を議論してみる。 ここまでの文脈に、このシリーズの主軸である「産学連携」という言葉が一度も登場していないことにお気付きになったと思う。これは、私の主張する「科学技術関係人材の養成」に「産学連携」は無縁ということではなく、メタレベルで産学連携を考察するための意図的な配慮であると捉えていただきたい。
●これまでの施策の問題点
科学技術関係人材の養成は大学の主たるミッションであるが、これまでのトラディショナルな学部・大学院教育に加えて、産業界から講師を招聘する教育プログラムが注目されるようになってきた。また、研究者としての第一歩を踏み出した人材に対して、ポスト・ドクトラル制度の活用といったブラッシュアップの機会を与えるとともに、その動機付けとも言える任期制の導入といった提言もなされている。
人材育成プログラムの多様化、キャリアパスの複線化の芽が出てきたことは確かだが、透明性、情報の対象性、出入りの自由が担保された科学技術関連人材の市場の形成には至っていないというのが現状ではなかろうか。そこには局部的な施策、個々の機関による対応の限界が感じられる。ディスクリートなアプローチから一歩踏み出したシステムレベルでの対応が今日求められている。
一例として、「任期制導入」を取り上げて問題点の抽出を試みる。 任期制導入の意図するところは、教員の流動性の向上と競争的な環境作りであるが、導入するか否かは、個々の大学、またその中の個々の部局の判断とされている。 しかし、既存の硬直した教員市場においては、任期終了後のキャリア・パースペクティブの不透明さを払拭することは困難であり、よって先発者に不利が生じるということになる。参加者が増えれば増えるほど個々の参加者の効用が増加するというネットワーク効果が働く世界である。 また任期制のポジションには不確実性が伴うことから、ある種の補償を担保する必要が出てくる。ここで主張したいのは、「任期制」の導入には、補完的役割を担う制度、具体的にはテニュア・トラック、年俸制、ポータブルな社会保障等も含むシステムの見直しが欠かせないという点である。先発者の不利を避ける手段としては、多数の大学の協調が考えられよう。 参加者数をある種のクリティカルマスにまでもっていくには、国立大学協会といった組織の力を活用することも一考に価する。また、ここまでは任期制の出口としてアカデミック・ポジションを念頭に置いてきたが、産業界も含めた科学技術関連人材の市場を視野に入れた議論が必要となる。
●産学連携の視点からの科学技術関係人材の養成
最後に、科学技術のドライビング・フォースとなる人材を養成・確保するには誰が何をすればよいのか、という点に触れることにする。 これまでは、科学技術人材を養成する大学、そこから生み出されてきた人材を活用する大学・企業・政府という一方向のモデルがレフェランスとなっていた。そこでは人材がひとたび養成機関の大学を離れると受け皿の機関から他の機関への移動は稀で、また継続教育もOJTを軸にその機関が行うものとされていた。融合分野の台頭、産学の接近等を背景に科学技術人材のニーズは変化の一途をたどり、このモデルはすでに限界に達している。また社会のニーズが「科学技術人材の養成」から「科学技術関係人材の養成」へと広がってきたことも、このモデルからの離脱を促す要因となっている。
大学と企業が、それぞれの強みを生かしつつ、共に人材養成に携わり、共に人材を活用し、ブラッシュアップを行っていくという複線型のモデルへの移行が今日求められているように思える。大学における部分的な手当てをシステムとしての取り組みに持っていくとともに、企業サイドには人材養成、しいては社会的責任に対するスタンスの再考が求められる。 人材養成を介して「産」と「学」が共に進化する社会システムの構築も夢ではないように思える。問題は、誰がそのイニシアティブを取るかという点だが、そこには試験的な試みを許容する場の存在が欠かせない。その条件整備において「官」の果たす役割は大きい。「官」の新たなポジショニングが第3期科学技術基本計画に盛り込まれることを期待する次第である。
(注1)科学技術・学術審議会人材委員会(平成16年7月16日)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu10/toushin/04072901.htm
(注2)総合科学技術会議(平成16年7月23日)「科学技術関係人材の育成と活用について」
http://www8.cao.go.jp/cstp/output/iken040723_1.pdf
(注3)第3回科学技術・学術審議会基本計画特別委員会(平成16年11月4日)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu11/
|