第14回 産学連携に新風を


 冬の厳しさを乗り越えた4月の風は、新たなチャレンジを誘う力を秘めているような気がします。雪解け水に浸水した公園で戯れるスウェーデンの子ども達、復活祭とともに自然のrenaissanceを祝うヨーロッパの人々、新年度を迎え学校、企業に新たな息吹をもたらす日本のフレッシュマン、フレッシュウーマン。今回は、春の香りを満喫しつつ、時に流される日常から一時離れ、「時の流れを考える」ことにいたします。

 これまで出口さんの暖かな叱咤激励に支えられ「産学連携」に関して13回連載させていただきました。また、「産学連携」をテーマとするシンポジウム、セミナー、勉強会等に参加したり、「産学連携」を実践している方、サポートしている方、研究している方とホットなディスカッションをしたりする機会も多々ありました。そこで、ひしひしと感じるのが、社会変革の誘発要因たる「産学連携」の底力です。

●産学連携のインパクト


 日米欧の産学連携の歴史を振り返ると、そのルーツには大学と産業の緩やかな「loosely coupled(注1)」とも呼べる関係が存在します。そこでは、教育機関としての大学から専門知識を持った人材が輩出され、人的資本の形成を介して産業界の生産性の向上が図られたと共に、研究機関としての大学から創出された知識が、時を経て成熟を重ね、産業技術の開発に貢献していったわけです。

 アメリカにおいては、モリル法(注2)を根拠に地域への貢献を柱として設立されたランド・グラント大学の存在そのものが示すように、大学と地場産業とは当初から密接な関係にありました。またヨーロッパとは一線を隔し、古くから応用科学、エンジニアリングが大学内に学問分野として存在したこともアメリカの大学の特徴であり、新興産業のニーズ応えるべく、時には産業界と共にカリキュラムを充実させ、研究を行うことにより、大学は自らの研究教育能力、吸引力を高めていき、同時に産業界も技術力を磨いていくという好循環(注3)が生み出されていったのです。日本においても、戦前の理化学研究所(注4)及び東北大学(注5)の歩みから読み取れるように、基礎的研究に発した技術開発、スピンオフ企業の創出といった連鎖が初期の産学連携の一つのスタイルだったのです。

 80年代に入ると、バイドール法の登場により、大学の研究成果を特許化し、TLOを介して企業にライセンシングを行うという「ライセンス・モデル 」がアメリカに台頭し、その後世界中に広がっていったことはすでに皆様ご存知のことですが、ここで再確認しておきたいのは、このモデルの位置づけです。アメリカの代表的な研究大学の技術移転関係者の多くは、「ライセンス・モデル(注6)」が産学連携に新たなチャンネルを提供したことは事実だが、これまでの形態に取って代わり、産学連携の主流になったとは言いがたい(注7)という認識を持っています。共同研究、コンソーシアム、コンサルティング、人材交流等、様々な形の産学連携の呼び水としての役割を重視しているとのことです。

 そこで、産学連携のインパクトとなりますが、これまでの流れが示すのは、産学連携を通じて、大学は自らの役割・体制を変革させ、産業界も人的資源・技術基盤を確固たるものにしていったということになります。しかし前者の方向性については、何処の大学(もちろんアメリカの大学も含みます)も試行錯誤を積み重ねているという状況であり、環境変化への対応性が問われる所以です。また、産学連携の進化は社会制度である大学の在り方を社会に問いかけるものでもあるのです。

●世界の潮流


 通称TLO法が制定されて足掛け8年、国立大学が法人化されてから2年が経過したわけですが、これまでの体験を踏まえて、産学連携の再考を試みる時期が来たように思われます。この作業に取り組むにあたってアイデア探しとなるわけですが、3月末にパリで開催された産学連携のミーティング(注8)からキーイッシューをいくつか拾い上げ箇条書きに示します。
  • 産学連携の主要なチャンネルは人の流動
  • 産学連携で企業が重視するのはインフォーマルなコンタクト、パブリックな情報共有の場
  • 地域イノベーション・システムにおけるアンカー・テナントの重要性(注9)
  • 技術革新のポジショニング(キャッチアップversus対フロントランナー)に依存する大学の役割(人的資本の構築versus知的資本の構築)
  • 知財の取り扱いに関する産学間の論争、それによるライセンシング・モデルの限界
  • それぞれホットなディベートを要しますが、各テーマの掘り下げは後日の作業といたします(リクエストがございましたら15回以降に取り上げます!)

●新風?


 そこで「これからの産学連携の模索」となりますが、ここでは取り組みをいくつか紹介することにいたします。

 産学連携講座第11回にカリフォルニア大学における大学と産業界の関係の再考の試みをお話しました。これは一大学のイニシアティブによるものですが、アメリカのNational Academiesもこの課題に取り組んでいます。具体的には1984年に設置されたGovernment-University-Industry Research Roundtableの中に「産学連携プロジェクト(注11)」を立ち上げ、産学官の間でcandidなディスカッションを積み重ね、産学連携が生み出す課題に対する共通認識の醸造、ガイドラインの策定を図っています。

 日本に目を向けると、大学、企業、サポート機関等の「産学連携の現場」にいらっしゃる方々は、日々様々な局面で「産学連携の在り方」について感じ、考え、発言なさっているわけですが、その声を交換し、すり合わせる機会はなかなか見つかりません。そこで、提案が一つ。すでに産学連携講座第7回で書きましたが「イノベーティブな産学官連携を模索する場」として産学官連携推進会議を活用するという案です。裏わざとしては、DNDの浸透力を活用してオンラインでアイデアを収集するという手もありますが、「連携」を語るにはやはりフェイス・トゥ・フェイスの場が欲しいところです。
(注)

1:Weick, K. E. (1976), “Educational organizations as loosely coupled systems”, Administrative Science Quarterly, 21参照。
2:http://memory.loc.gov/cgi-bin/ampage?collId=llsl&fileName=012/llsl012.db&recNum=534参照。
3:Mowery, D.C. & Rosenberg, N. (1998), Path of Innovation. Technological Change in 20th-Century America, Cambridge University Press参照。
4:http://r-bigin.riken.jp/bigin/history.html参照。
5:http://www.77bsf.or.jp/business/quarterly/no22/senjin.htm参照。
6:スタンフォード大学のSandelinのペーパーhttp://www.innovationmatters.com/publications/TTOarticle.php参照。
7:Mowery他は実証分析を元に「U.S. universities have been important source of knowledge and other key inputs for industrial innovation throughout the twenty century, and much of this economic contribution has relied on channels other than patenting and licensing」と締めくくっています。Mowery, D.C. et al. (2004), Ivory Tower and Industrial Innovation. University-Industry Technology Transfer Before and After the Bayh-Dole Act, Stanford参照。
8:http://www.aup.fr/news/special_events/university_industry_symposium.htm参照。
9:アンカー・テナントに関してはAgrawal, A. & Cockburn, I.M. (2002), “University Research, Industrial R&D, and the Anchor Tenant Hypothesis”, NBER Working Paper Series, 9212が参考になります。
10:http://www7.nationalacademies.org/guirr/CURRENT_IP.html参照。