第12回 Next Generation



 私が担当する「産学連携講座」は、2003年秋のスタート以来、冬眠期も無事乗り越え、第12回を迎えるに至りました。これまで取り上げたテーマを振り返りますと、仲介機関、人材育成、知財、政策論等が登場し、「つまみ食い」を実践してきたわけですが、前回の「これからの産学連携」ではある種の総括を試みました。そこで問題は「What’s next?」となるわけです。そろそろ店じまいをと考えていた矢先ですが、先日開催されたイノベーション・ジャパンでお目にかかった方々から「産学連携講座」に対するコメントをいただき、もう一声と筆を取る(キーボードをたたく)ことにしました。

●なぜ「Next Generation」


 今回は私の思い入れを皆様にお話します。ちょうど50才になった時に日本に戻り、4年半が過ぎました。以前から問題意識としてあたためてきた「大学改革」と「知の流動化」を主軸に研究、教育、社会活動を実践してきた日々ですが、私の中には「日本は変革しつつある」という確かな実感が芽生えています。国立大学の法人化及び非公務員化、大学内で生まれた特許の機関帰属といった具体的な制度改革がありますが、社会の科学技術に対する認識の変化―特に、政策課題としての科学技術から、政策手段としての科学技術への広がり―も顕著になっています。また、新たな試みに対する社会的受容もその範囲は着実に広がっています。

 こうした流れの中で、私自身、研究者の立場から、徐々に当事者の立場へと重心が移っており、以前ジュネーブ大学で担当していた講義「Theory and Reality」のタイトルが示す葛藤を毎日のように体験するという状況にあります。また、アイデアが山ほどあっても、その一つ一つをアクションとして具現化するには、企画、チームメーキング、合意形成、ロビーイング、資源調達、等などを戦略的にかつ迅速に行うことが必要となるわけで、一人の人間には自ずと限界があります。そこで、なんらかの対応策をと、思い巡らせてときに頭に浮んだのが「Next Generation」というキーワードです。

 まだ漠然としていますが、胎動を始めた科学技術の制度改革を社会的に最適な方向に導いていくために、その担い手となる次の世代の人たち、いわゆるNext Generationを発掘し、磨きをかけ、ネットワーキングさせていくという発想です。Next Generationを可視化させ、社会的なプレゼンスを高めることによって、科学技術の実践及び政策形成の場に新鮮な空気が吹き込まれ、イノベーションの醸造が促進される、また科学技術分野のみならず社会全体にイノベーティブな発想が浸透していく、というシナリオです。「夢物語」と切り捨てる方もいらっしゃるでしょうが、人間の行動原理の一つにはAffectが存在するわけで、合理的に行動するアクターを前提とするインセンティブ・メカニズムが重視される今日、あえてモチベーションの源泉である「夢」を語ることにします。

●仕掛けつくり


 ではこの仕掛けをどうやってつくるか、ということになります。まず「発掘」の部分から考えましょう。そもそも私の所属する大学というところは、良い意味でEccentricな人間の集合体であって、なおかつ毎年、絞りたてのMout(注1)のような新入生が入ってきて、それが数年かけて醸造され社会に出て行くという新陳代謝のメカニズムが組み込まれている組織でもあるわけです。また、昨今、産学連携の流れを受けて、大学はScientific Communityの場から、より開かれたイノベーションのプラットフォームへと変革しつつあり、そこには、これまで大学とは無縁であった人たちも集まるようになってきました。よって、発掘先としてはかなり良い条件がそろっていると言えましょう。

 しかし問題は、情報の非対称性と分野をベースとする「仕切られた多元主義」(注2)の存在で、研究者データベースからは浮かび上がってこない研究者の「顔」と「Passion」をどう抽出するか、また、分野の枠をどう乗り越えるか、という課題が残ります。青木流に「実験」を試みるというのが私のスタンスで、目下、手持ちの情報を基に小規模なネットワークを複数立ち上げ、メタ・ネットワークに発展させていくという実験を試みています。もちろんこのネットワークに「産」と「官」を巻き込むことも忘れずに。

 また「磨きをかける」の部分ですが、面白い素材を組み合わせること自体で、相乗効果が発生します。さしあたり調理師の腕の見せ所は、どのタイミングで、何と何をどの分量で調合し、どのスパイスを加える、というテクニカルな側面でしょうか。また、Serendipityを演出するという発想もどこかに埋め込みたいところです。

●この仕掛けから何が飛び出す?


 ここまで書くと現役から身を引いたメンターの独り言のように読み取れますが、私にはれっきとした下心があるのです。まず、この実験のアウトカムとして「Social Infrastructure」の構築が掲げられます。通常、科学技術政策の中でインフラ整備は大きな柱となっています。具体的な研究開発の目標が提示され、それを達成するために必要とされるインフラが同定され、予算配分、執行、となるわけですが、フィジカルなものに関してはこの流れがフィットしますが、Social Infrastructureとなるとことが複雑になります。なぜかというと、この世界には、予算とインフラの間に1対1の関係が存在しないからです。また、ルールを導入しただけでは、誰も動かないわけで、アクターのAffectに訴えることが必須となります。予算プロセス、法制化をベースとする政策手法には限界があるように思えます。草の根的な動きをプロテクトするという政策ツールが欲しいところです。

 個人的には、この仕掛け作りの作業の中で、多くの人に接し、多くを学ぶことができるという点に魅力を感じます。また、考え方の多様性、課題の多面性を再認識する機会でもあり、これはまさに自己投資ということになります。

 ちょっと古くなりましたがキャッチフレーズ「ディスカバー・ジャパン」を、観光振興だけにではなく、科学技術振興にも使ってみませんか。もちろん国外への売り込みも忘れずに!

(注1)ワインとして醸造する前の葡萄の絞り汁を指します。
(注2)青木昌彦(http://www.rieti.go.jp/jp/columns/a01_0001.html)参照。