第7回 大学を中心にしたネットワーク


 シリコンバレーは人脈社会である、ということはこれまで何度も書いてきた。大学は、ある意味でその人脈社会の中心に地している。シリコンバレーで最も有名な大学といえばスタンフォード大学だが、UCバークレーもあるし、少し離れればUCデービス、UCサンタクルーズもある。その他にも、UCサンフランシスコ、サンノゼ州立大、サンフランシスコ州立大など、様々に特色のある大学が存在している。

 昨今、日本でも産学連携、技術経営(MOT)、大学技術移転機関(TLO)など大学を取り巻く話題に事欠かない。また、アメリカの大学を見て日本の大学と大きく異なると感じるのは、強力な事務局の存在と、同窓生のネットワーク、そして起業家精神旺盛なファカルティ達だが、この辺は次回以降で稿を改めて紹介しようと思う。

●大学はクラスターの中核か

 これらの立派な大学の存在が、シリコンバレーという「産業クラスター」の形成に大きな役割を果たしたとする見方は根強い。それに対する私の個人的感想は、イエス・アンド・ノー。つまり、そうかもしれないし、そうでないかもしれない。

 スタンフォード大学が開学したのは1891年。大陸横断鉄道で財をなしたスタンフォードが、早世した息子の志を残すために建学したことは良く知られている。開学当初のスタンフォード大学は、地元で必要な技術者を訓練するための大学だった。だから、例えば筑豊の炭坑に必要な技術者育成を目指して地元財界が建学した九州工業大学などに似ているかもしれない。
 その意味では、シリコンバレーの初期の発展にスタンフォード大学が果たした役割は大きい。もっとも、その時代にはシリコンバレーという呼称はなかったが。

 ベンチャー企業第一号のように賞賛されるヒューレット・パッカードの創業に際して、若き日のヒューレット君とパッカード君にポケットマネーを投資してくれたターマン先生の逸話は余りにも有名で、スタンフォード大学がエレクトロニクス産業の集積に向けた第一歩に貢献したことも間違いない。

 しかし、よく考えると、どれほど立派な大学があっても、もしも地域に残って働きたいと若者たちに思わせるものがなければ無用の長物。鉦や太鼓で学生を集めても、卒業生が残ってくれなければ、自立的な産業クラスターにはつながらない。

 その点、サンタクララバレーは、気候温暖、冬も雪は降らず、夏もカラッと乾燥している。ボストン近郊も優秀な大学があって勉学に励むには良い土地だと思うが、生活をするには如何せん寒い。もともと人々が住みたがる地域だから優秀な学生が集まってきたのか、優秀な大学があったから産業が集積したのか、一概に言えない部分があると感じている。

●人脈社会の象徴

 さて、冒頭にも書いたようにシリコンバレーは激しく学歴社会である。親しくしているある人材関係の会社の社長さんから聞いた話だが(若干誇張があるとは思うが)、当地のVCが無数に送りつけられてくるビジネスプランを評価するときに、一番最初のスクリーニングをどうやるか、これが象徴的である。なんと、マネジメントチームまたはボードメンバーに、スタンフォードかバークレーの卒業生が入っていなければ、その場でゴミ箱行きだという。読まない。

 そんなひどい、というなかれ。VCというのは何事も確率計算である。麻雀であれば字牌や一九牌が入っていなくても、タンヤオやピンフのみであがることもできるが、VCのゲームは満貫縛りの麻雀みたいなものだから、安あがりは許されない。悪い配牌ではあがれる確率が低い。少しでも確率を上げるために、起業家も有名大学卒業生をボードメンバーに頼むくらいの努力をして良かろう、というわけだ。

 シリコンバレーの狭い人脈社会では、スタンフォードまたはバークレー卒というのは、それなりの人達の人脈に入っていることの証明なのだ。つまり、「東大卒でも中身がない」と批判される前に、「中身が無くても東大卒」であることに意味がある。なぜなら、少なくとも立派な同級生を知っている確率が高いからだ。スタンフォードのMBAがすべて立派だなどとは思わないが、一人でも立派なMBAがいるなら、その同級生を採用することには意味はある。そんなものだ。

 ちなみにMBAなら何でも良いというわけではなく、シリコンバレーのベンチャーキャピタリストでMBAを取得している人の半分はスタンフォード、残り半分はハーバードだそうだ。ただし、ここにはバイアスがあり、他の大学のMBAを取得していても、あえて持っていると言わないという見方もある。

●白い巨塔を作らない文化

 このような人脈社会の中核機関たる大学だが、ではその中はさぞかし白い巨塔なのかというと、むしろ逆である。象徴的な話として、学部から大学院への進学の実体を聞いた。
 以下は一応工学系の話を前提にしているので、法文系の方はそんなものかと思って読んでいただけば結構だ。

 日本だと、通常4年生から研究室に入ると称して指導教官につく。しかし、1年で満足な研究も教育もできるわけはないから、昨今の多くの学生は修士課程に進学する。その際に、指導教官は優秀な学生ほど自分の研究室に残し、最も優秀な学生は博士課程に進学を勧め、自分の後継者として囲い込む。生え抜き教授のできあがりである。研究室を移る、ましてや大学を移るなどといえば、師弟関係に問題があったか、よほど不優秀で研究室を追い出されたものと相場は決まっている。

 余談だが、こうしたカルチャーの中でどこぞに大学院大学を作ろうという動きがあるやに聞くが、いったいどこから学生を連れてくるのだろうか。ファカルティを海外から招聘するというところまではわからないでもないが、学生はどうするのか。少なくとも、現在の大学の常識では、最も優秀な学生は修士課程で新設の大学院大学に移ることはない。

 ところが、アメリカの場合にはこれは全く逆である。スタンフォードの場合で言えば、4年生の時に優秀だった学生ほど他の大学、特に東海岸の大学院への進学を勧めるという。逆に自分のラボの大学院生としては、東海岸からの卒業生を積極的に採用する。

 異なるバックグラウンドを経験させることが学生のためになると信じているし、優秀な学生を他大学に出すことによって自分の大学のレベルに対する一般的評価を高め、ひいてはさらに優秀な新入生が入ってくることにつながるので、大学として決して損にはならないというのだ。

 このような文化があるから、教授の採用も生え抜き主義をとることはない。そのようなことをすれば、かえって大学の評価を低め、優秀な新入生は来なくなるは、委託研究費も取れなくなるは、卒業生は呆れて寄付をしなくなるはで、大学として甚大な損失を被ることは必至だからだ。

●産学連携プロジェクト

 アメリカの大学は私学が中心と思っている方がいたら大きな誤解だ。スタンフォードやMIT、ハーバードなど有名私学もあるが、一流大学には州立大学が非常に多い。バークレーやLAなどUCの各校、ワシントン大学、テキサス大学、ユタ大学、ウィスコンシン大学等々。これら州立大学の設立目的の第一は、優秀な人材を育成し州経済に貢献することだから、そもそも産業との連携を大前提としている。

 一方、私立大学はといえば、これまた企業との共同研究や、企業からの多額の寄付なくしては経営が成り立たない(連邦政府からの私学助成金なんてないのだから)から、必死になって民間企業を取り込んだ産学連携プロジェクトを作っている。

 スタンフォードで言えば、バイオ系のバイオ・エックス、IT系のメディア・エックスなどは産学連携というだけでなく、学内でも関係する複数の学部を横断的につないだプロジェクトとして非常に興味深い。例えばバイオ・エックスの場合、医学・薬学、生物学、情報工学の各分野が連携している。

 同じようにUCのバイオ系ではQB3というプロジェクトがあり、医学に強いサンフランシスコ、化学や工学に強いバークレー、情報工学に強いサンタクルーズが連携している。

 このように学内で学際的な体制を準備したり、複数大学が横断的に連携することによって、産業界との連携を一層容易にしている。こうした産業界との連携プロジェクトを実施する際の制度的インフラ、組織的インフラの整備具合及びその実践を見るにつけ、日本の状況は1週遅れ、2週遅れだと感じざるを得ない。