第6回 ベンチャーキャピタル


 今回は、シリコンバレーについて語る際に避けて通れないベンチャーキャピタル(VC)について述べる。しかし、90年代後半のインターネットブーム以来、多くのマスコミや出版物でシリコンバレーモデルが解説され、その中でVCについても数多の情報が溢れている。日本の国内にもVCを語らせたら日米の制度から実態まで、果てしなく解説してくださる方がいくらでもいる。というわけで、今回は気が重い。

 日本ベンチャーキャピタルの小野正人氏は、「VCは、外部の投資家から資金を集めてベンチャーに投資して収益を得る事業である。VCは投資家から委託された資金を運用するエージェントであり、VCは投資先を投資家に代わって監視して利益が得られるように投資先に働きかける」と書いている。私自身は、2001年夏にシリコンバレーに来たときには、VCの目標は投資資金の利回りであり、キャピタルゲインを得るためなら何でもやる人たち、という理解をしていた。バブル崩壊後の3年が経ち、認識を変えたところもあり、基本的には変わっていないところもあり、というところだ。

●VCの機能

 シリコンバレーのVCに関して、金も出すけど口も手も出すということがよく言われる。いわゆる「ハンズオン」という形態だ。VCは、投資先の企業(ポートフォリオという)にボードメンバー(社外取締役)として参加し、毎月のボードミーティングに出席する。だから、彼らはシリコンバレー外の企業に投資することにはかなり躊躇する。投資先についての生の情報が入ってこなくなるし、ボードミーティングに出席するのが大変になるからだ。

 彼らの目的は投資した資金を増やすことだから、果報を寝て待つのではなく、できることはすべてやって少しでも投資の成功確率を高くしようとする。そのために、自分の持っている経験、人脈など使えるものをフル回転させて、取引先が必要ならば取引先を、メンターが必要ならばメンターを、新しいCEOが必要ならばCEOを探してくる。

 こうした機能を持つVCには、多くの情報が入っている。端的に言えば、お金を持っている人のところには多くの人が寄ってくるし、情報がもたらされる。そして、彼らはその情報を上手に使って投資の成功確率を高めていくので、さらに投資家から資金を集めやすくなり、投資を希望するベンチャー企業がますます寄ってくることになる。

 しかも、VCたちはお互いにとても強いネットワークで結ばれているから、シリコンバレーで仕事をしていて、ビジネスのトレンドや技術のトレンドを知るためにVCの所に調べに行くというのは、かなり的を射ていると思われる

●誰がVCをやっているか

 ベンチャーキャピタリストになっているのはどのような人たちか。これは非常に興味深い問題だ。フェアチャイルドの創業メンバーの一人、ユージン・クライナー氏が老舗VCのKPCBを創始したなど、自分自身がハイテクベンチャーで成功した起業家がVCを起こしている例は多い。

 KPCB始め、セコイヤ、メイフィールド、NEAなどシリコンバレーの有名なVCのベンチャーキャピタリスト100人について過去の職歴をまとめた資料によると、IT関連企業を経験している人が62人と圧倒的に多く、経営コンサルタントを経験している人も18人いる。逆に投資銀行を経験した人は7人しかおらず、政府機関に至っては3人のみである。

 ただし、これはシリコンバレーのVCの特殊性である可能性もあり。東海岸のVCを調べると投資銀行出身者がもう少し多いかも知れない。

 ちなみに大学の出身学部別だと、3/4が理科系、1/4が文化系。このように見ていくと、自分自身が理科系のバックグラウンドを持ち、IT企業で働いた経験を持つ人が、その知見と人脈を活かしてVCとして活動するというのが標準的な姿であろう。

●投資決定の視点

 VCのところには毎日多くの起業家が、蜜に集まる蟻のように訪ねてきたり、ビジネスプランを送りつけてくる。VCが投資先を決定する際にポイントとなるのは、卓越した技術、市場の将来性、マネジメントチームの三つだという。もっとも、この三つの観点は、ベンチャー企業を見る場合の普遍的なもので、私自身がJETROのビジネスインキュベータへの入居企業を選別する際であっても、全く同じ視点で企業を選別する。

 問題は、VCはこれらの視点をどのようなウェイト、プライオリティで見ているかという点だ。VCによるばらつき、業種による差異を捨象すると、市場の将来性が一番、マネジメントチームが二番、技術は三番という答が多い。

 どんなに優れた技術を持っていても、市場性がなければビジネスにはならないし、市場が大きく成長しなければニッチビジネスにとどまる。投資先企業が大きく化けるためには、高い成長性を持った市場を狙ったビジネスであることが必要だ。

 一方、どのようなビジネスプランであっても当初案のまま走り続けることはなく、不断に変更を余儀なくされるとすれば、結局会社を支えるのは優れた人材ということになる。その意味でマネジメントチームを重視することもよく分かる。また、大きなビジネスチャンスを生み出すためにも、マネジメントチームが質の高い人脈を持っているかいないかは死活問題である。その意味で、日本人を含めた外国人だけのマネジメントチームがVCから投資を得ることは非常に難しい。VCに顔の利く人をチームに入れるか、少なくともボードメンバーに入れる必要がある。

 そして最後に技術。しかし、客観的に見て大した技術ではないものを核にして成功したベンチャー企業も多い。ただし、バイオ系では、しっかりした特許に守られた技術があることが大前提になる。この辺は、IT系のベンチャーとは異なるところである

●最近の傾向

 最後に、最近のシリコンバレーのベンチャーキャピタルの傾向について一言。

 第一に、アーリーステージへの投資には消極的。バブル時代には、とあるレストランで紙ナプキンにビジネスアイデアのポンチを書いてミリオン単位の投資を貰ったなどという話もあったが(それ自体もかなり伝説らしいが)、現在では製品のプロトタイプがあって、最初の客がついていて、評価が証明されているという状況でなければ、VCからの投資を受けることは容易ではない。

 では、最初のシードマネーをどこから得るか。創業資金が比較的小さいIT系では、自分の貯金、親戚からの借金など。ジョブスがフォルクスワーゲンを担保に金を借りてアップルを創業した時代と同じ。バイオ系ではNIH等からの補助金。最初の段階で大きな投資が必要で、しかも赤字が長期間続くバイオ系ベンチャーでは、大学発ででもない限り当初資金を確保するのは極めて困難である。

 第二に、投資分野の微妙な変化。さすがにバブルが弾けてからは、ドットコム系の企業への投資は激減した。それでも、昨年後半にはソーシャルネットワーキングと呼ばれる一種の出会い系サイトがVCの投資を集めていたが、これは例外的だ。また、ソフトウェア分野もかなり減少し、代わって増えたのがヘルスケアと総称されるバイオ、医療機器、診断薬等の分野である。しかし、長い歴史を持つIT系と違って、ヘルス系ではVC側に十分な知見が蓄積されて折らず、ビジネスモデルの見極め、技術の評価ともに不十分な中で、ブーム的に投資が集中しているのではないかという懸念の声もある。

 VCという仕組みは、多分にシリコンバレー的な人材の流動性が高く、企業の買収合併が盛んな経済環境の中で発達してきたものといえる。おそらく、この仕組みをそのまま日本に持ち込むことは難しく、また周辺環境も含めて日本の風土に移植していくことの是非をどこかで議論すべきではないかと感じている。


 かつて日本で、信金などの地方金融が果たしていた機能、総合商社が果たしていた機能などを、シリコンバレーのVCの機能と比較しながら、もう一度見直してみることも有効ではないだろうか。