第3回 アメリカのビジネスインキュベータ


 インキュベータという英語の言葉は、孵化器、保育器と訳される。ビジネスインキュベータとは、誕生したばかりの小さなビジネスが世間の荒波の中で独り立ちできるまで、様々な育成支援をするための機関と考えればよいだろう。

 米国でビジネスインキュベータが誕生したのは1959年で、ニューヨーク州のバタビアという町に作られたバタビア・インダストリー・センターというのが最初らしい。その後、1964年にはフィラデルフィアで最初の大学関連インキュベータが誕生しているし、現在では全米に約1000のビジネスインキュベータが存在する。このうち90%は非営利型のインキュベータで、地方自治体や大学が地域経済発展や雇用の創出の目的として運営している。もちろんシリコンバレーにも数多くのインキュベータが存在し、中心都市のサンノゼ市はこれまでに、外国企業専用、ソフト企業専用、環境技術専用の三つのインキュベータを運営し、近々バイオ企業専用の四つ目がスタートする。

 90年代末のバブル期には、ベンチャーキャピタルや投資銀行が、自分の投資先企業のために低廉なオフィスを提供し、併せて種々の支援サービスを行うタイプのインキュベータが増加した。投資先企業に有利な環境を提供し、少しでも成功確率を高めようという狙いだ。これらは営利型と呼ばれ、入居企業がIPOに成功すれば莫大なキャピタルゲインが得られる、はずだった。しかし、バブルの崩壊とともに、300近くまで急増した営利型インキュベータも、100前後まで減ってしまった。

●アメリカのビジネスインキュベータの特徴

 日米のインキュベータを比較してみて気付いたことを、いくつか並べてみたい。
 第一に、ハコに金をかけずにインキュベーションマネージャ(IM)と呼ばれる人材を重視する。実際、アメリカのインキュベータを訪問してみると、建物としては既存のオフィスビルの一角を賃貸していたり、かつての倉庫や工場を改装したもの、大学や地域の施設を借用するものなど様々であるが、基本的に新築の専用建造物は珍しい。一方、日本では貸しオフィス屋さんよろしく、ピカピカの新築ビルを建てている。

 IMは、ビジネスの専門知識を持ち、入居企業の良き相談相手となり、豊富な人脈によって弁護士、会計士をはじめ、VC、取引先、大学教授等々入居企業に必要な様々なパートナーを引き合わせる人である。キャリアとしては、実際にベンチャー企業を立ち上げた経験を持つ人も多いが、大学教授やコンサルタント、中には牧師だったなどという人もいて様々なようだ。

 意外と言っては申し訳ないが、IMとして活躍する人達の中には女性が多い。人当たりが良いだけでなく、実務経験も豊富で、人脈もしっかりとメンテナスしている。

 米国のインキュベータの第二の特徴は、大部分のインキュベータが何らかの意味で専門特化していることだ。バイオ、通信、半導体、環境技術などコア技術の分野で特化している場合が多いが、外国企業、マイノリティ起業家、女性起業家など経営者の属性で専門化しているものもある。中には、アートインキュベータといって、手工芸品や芸術作品のビジネス化を支援しているインキュベータも存在する。。

●ウーマンズ・テクノロジー・クラスター

 そのような専門特化したインキュベータの一例として、サンフランシスコ市南部にあるウーマンズ・テクノロジー・クラスターを紹介する。このインキュベータは、その名が示すように女性起業家を特に支援することを目指しており、運営も、起業家に対する支援も、女性を中心にして行われている。

 シリコンバレーを代表するベンチャービジネスだが、この世界で女性が活躍することは予想外に難しい。主要大学の工学系の学部での女生徒の割合は10〜15%いるにも係わらず、ベンチャーキャピタルが投資する資金の内で女性が起業した会社への投資は、わずか6〜7%だという。

 シリコンバレーが極めて狭いネットワーク社会、日本流に言えば人脈社会であることは良く知られているが、このインフラはネットワークのインサイダーにとっては極めてオープンで心強い反面、アウトサイダーにとっては高い壁として働く。そして、このネットワークが実に男性社会なので、ウーマンズ・テクノロジー・クラスターは何とかそうした男性社会に入り込んでいくための支援を重視している。

 入居している女性の多くは30代から40代で、インド系など国際的なバックグラウンドも持つ人が多い。分野的にITでは学部で工学を専攻し、その後MBAを取得したような人、バイオではPhDを持っている方が比較的多いとのことである。

●合宿所は3年で卒業すべし

 アメリカのインキュベータでも、入居期間は3年としているものが一般的だ。確かに、2年経って成長軌道に乗ってこない企業は、そのまま「生ける屍(リビングデッド)」となる可能性が高いし、成功しそうな企業は3年後には従業員が増えてインキュベータでは手狭になってくる。その意味では、3年というのは現実的な一つの目安であろう。

 また、多くのインキュベータで聞くのは、自分のところは「ビジネス」を育成するのであって「技術開発」の場ではないと言う声だ。優れたコア技術があれば成功に近いということはあるだろうが、技術があれば成功するわけではない。むしろ技術が平凡であっても、事業の着眼点が良くて、成長力のある市場であれば成功する可能性はある。さらに、技術、市場のどちらにも増して、創業チームの人物を重視するというIMは多い。

 そうした創業チームの身近にあって、苦楽を共有してもらえる人がIMであり、ビジネスインキュベータはそのための合宿所のようかも知れない。