室蘭工業大学 応用化学科助手の藤井克彦氏が、現在
進めているベンチャー設立までの軌跡をリポートしま
す。本人自らがつづる、臨場感あふれる体験談です。

【Vol.16】

事業開発とビジネスのジレンマ


2月某日

 今年初旬から、昨年までの最優先課題であった有機性SSの堆積&目詰まりをいかに防ぐかに取り組んでいるが、現在の装置仕様と稼動条件ではSSが全く発生せずに一定の浄化能力を維持しており、大変うれしい結果である。複数台連結でも処理効率は高まっており、装置の外枠自体は楢崎さんで規模拡大化の実績があることから実用化に大きな期待が持てるのではなかろうか。

 昨年は繊維工場の排水、今年からは一般下水を用いて試験をし、幾つかの課題はあるものの概ね良好な結果を得ている。ただ、一口に排水と言っても種類、排出量もさまざまであり、大袈裟な言い方をすれば産業の数だけ排水の種類もあるわけで、今後事業化した場合も、異種の産業排水で運転可能かどうかを事前に確認してから納品、納品後も分析とケアを兼ね備えたモニター販売という形でやっていかなければならないだろう。こういう大変さが排水浄化分野の事業には常につきまとうものだと言うことを、開発を通じて改めて実感している。


排水浄化実験装置
3月某日

 コンソ最終会議。この1年間経済産業局の支援を受けて開発を行ってきたが、途中で『こりゃやばいぞ』というような難しい課題(具体的にはSS)もあったが、今年初旬には何とか克服でき、最後は明るい見通しを持てるような結果を出すことができたので一安心している。装置に関する特許も出願中である。しかし一方で、今後も微調整的な装置改良を続けていくことはもちろんとして、もうひとつ、私も最も苦手とする課題がまだ残っている。『現実的な事業化プランの作成』である。

 私が頭を悩ませて作る事業化プランは本当に現実味に欠けるのである。自分の素質のなさに呆れを通り越して笑ってしまう。試験管を振るのは大得意だが、こういうビジネスの話になると正直全く手も足も出ない。慣れている人には簡単で楽しいことなのかも知れないが、100%理系の私には?????なのである。本当に鋭角視野の専門馬鹿なのである。
 DNDの出口先生がベンチャーの話を楽しそうにしていてもその話の10%くらいしか実は咀嚼できていないのである。ビジネスの話ってどうしてこんなにも難解なの?こんな男がベンチャー作ったのだから非常に危なっかしいと自分でも思ってしまう。
 でも、私が理解不能でも、バイオトリートの加地社長や斎藤・中田経営取締役はうんうん頷きながら聞いているから、まあいいか。経営のわかる人達が傍にいて本当に良かったです。ちなみに、バイオトリート内でのビジネスの話、これも正直60%くらいしか理解が追いついていませんです、はい。適材適所ということで、これからも経営についてよろしくお願いします。

4月某日

 室蘭工大を含め、国立大学法人化である。といっても普段の勤務実態に大きな違いは発生していない。新しく導入された制度のひとつは裁量労働制。非公務員型となった教員(でも『国立』大学の教職員なんだろ?)に適用され、勤務時間帯を自由に決めて労働すればよい制度(その代わり、過労死の労災認定はされなくなる。これが国の狙い?)。
 でも、担当授業の時間帯が決まっている以上、そして研究室の学生の研究指導を常識的な時間帯に行う以上は、勤務時間帯は正直全く変わらない教員がほとんどではなかろうか。兼業規則も大分規制が緩んだらしいが、大学本務に支障をきたすほどの大きなウェイトの兼業はしてはならないことに変わりはないわけで、ベンチャーにとってのメリットはまだほとんど実感できていない状態である。

5月某日

 楢崎の清野室長、片岡係長からの報告によると、最近実地試験に使っている下水が妙に泡立つようで(たまたま界面活性剤が含まれていたのか?)、半分くらいを吹きこぼれでロスしてしまったのでまた下水をもらってくる必要がある。今年初めから楢崎構内で実地試験を行っているが、下水処理場からここまでゴムホースで下水を送るわけには当然いかないので、齊藤経営取締役が社長を務める(株)道南清掃(実は彼にとってはこっちが本業)のバキュームカーで一度に大量輸送している。
 しかし普段はバキュームカーは札幌に置いているらしく、必要なときはわざわざ札幌まで社員の人が行って運転して帰り、終わったら札幌に戻しているそうだ。見えにくい所でもベンチャー外の方々からお世話になっている。しかし、背に腹は替えられない。

齊藤氏に電話。
『齊藤さん、ちょっと下水が泡が沢山でちゃって、結構ロスったんですよ。申し訳ないですけど、また下水汲みたいんで、バキュームお願いします』
『(呆れた調子で)なに、またかい?俺らいつも札幌まで取りに行ってんだよ〜。また要るのかい?』
『いや、申し訳ないです。あ、それか室蘭市あたりから借りられないかな』
『いやいいよ、うちのバキュームは中ちゃんと洗ってきれいだから使いなよ。で、いつ要るの?』
『すみませんねえ(親切な齊藤さんだから、きっと貸してくれると思ったよ)。まあ今回汲んだら当分は使わないですから(いや、またすぐ必要かも知れないけど、その時はその時で)』

工場でも下水処理場でも、どこかに浄化装置のモニター販売(を兼ねた実地評価&ケア)をできないだろうか。できれば、何か装置にトラブルがあった時にすぐ駆けつけられる北海道内が良いのだが。。。

藤井 克彦氏の略歴

◇室蘭工業大学 応用化学科 助手
◇1971年生まれ 九州大学理学部 生物学科卒業
◇奈良先端科学技術大学院 バイオサイエンス研究科博士前期課程
◇東京水産大学大学院 水産学研究科博士後期課程終了
◇専門分野:微生物工学、環境バイオテクノロジー、有用微生物の探索
 電子メール:kfu@mmm.muroran-it.ac.jp
 ホームページ:http://www.mmm.muroran-it.ac.jp/~kfu/