故に運ぶ場合は工場やトラックのクレーンを使う。また、パーツが大きいことに加えて、作業現場は鉄鋼業の工場なので、実験室のように植継台やクリーンベンチを使って無菌操作するわけにはいかない。
したがって、事前に工場床を清掃、消毒の必要なパーツはエタノールの霧吹きで消毒した後すぐに蓋を閉める、煮沸後の担体は火を止めた熱いうちに別容器に移し替えて蓋をする、作業時はディスポの作業エプロン、手袋、マスクを着用する等、"清浄性を維持"するよう心掛けた。
逆に言えば、このくらいやっても環境中の雑菌汚染に負けてしまうような弱い分解菌では実用性が低いといういことである。将来の特許出願の可能性も考えるとこれ以上の詳しい作業内容は本稿では差し控えるが、研究室での実験とは違いいろいろ失敗も多く、『ここの操作は次回からこういう手順にしよう』『この部分にはちょっと別の素材を使うか』など結構試行錯誤した。
しかし、この試行錯誤がまた楽しくもあった(私から次々と改良を要求される楢崎さんは相当キツイと思うけれど)。。。
しかし作業中の服装は異様である。白い安全ヘルメット、白の長靴、白いゴム手袋、マスク(当然、白)、そして薄水色の作業エプロン。。。ひとつ間違えば連日ニュースで取り上げられている怪しい宗教団体である。
『これで作業エプロンが白かったら、俺たちアレにソックリだよね』『あの長野あたりをノロノロ運転している○○○○○○研究所ですか?』『しかし彼らは一体どこを目指して運転してるんだ』カメラマンを連れてきて作業風景をデジカメに撮っておけば良かった。何も知らない人が写真を見たら平和な社会を転覆させんと企む危険分子達の秘密工場のようである。
6月某日
本日実験装置をプレスにお披露目。ちょうど最終的な微調整のために私も工場入りしており、技術的な質問が来た場合に備えてスタンバっていた。地域コンソ関係者以外にも、バイオトリートの加地社長、齊藤・経営取締役(道南清掃社長)、中田・経営取締役(東海建設社長)も来場していた。
途中からは新宮・室蘭市市長も多忙なスケジュールの合間を縫って装置を見に来てくださった。記者さんたちへの装置説明は清野・楢崎製作所事業開発室長が図面を指しながら行っていた。
若造の私が言うのも変だが、堂々とした素晴らしいご発表であった。研究開発の種である環境ホルモン分解菌を見つけたのはもちろん私であるが、研究成果の事業化に至る過程で、それに関わる企業関係者が分解菌や環境バイオの知識を私同様に語れるようになっていく必要がある。
加地社長はもちろん、清野室長も元々はこの分野にはあまり馴染みがなかったのであるが、最近では分解菌や環境関連分野について知識を深められ、大変頼もしい。先日、『先生、この本面白いんで是非一度読んでください』と微生物製剤に関する本を持ってきてくれたが、実はやることがいろいろあって未だ読んでいない。
すみません、近いうちに読むので、もう少し貸しておいてください。
ベンチャーの設立構想を練っていた頃は起業計画の難しさを日々痛感し『本当に大学ベンチャーなんて作れるのだろうか』『協力者は見つかるのか』と思っていたのだが、多くの方々のご厚意のおかげで会社設立から既に3ヶ月、初仕事の地域コンソも順調に進んでおり、昨年まで実験室で向かい合っていた3lサイズのミニチュア装置が目の前に数メートル規模のオバケになって鎮座している。もちろん事業化の達成が目標であるからまだ道半ばではあるが感慨深いものがある。
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白いヘルメット、白の長靴、白いゴム手袋、マスク、作業エプロンで作業する藤井氏と関係者
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6月某日
数日後の試験現場への装置輸送にむけて今日から"仕込み"本番である。すなわち種菌を培養して装置に充填するのである。先週より行ってきた何度かの予行演習では実はなだ不満が残っており100%完璧な予行演習はできなかった。
しかし、本番にむけてのかなりの問題点が浮き彫りになり、おかげで『よし、明日からの本番はこれで行こう』と思える準備プランが出来上がった。予行演習で成功を収めることはある意味で非常に危険なのかもしれない。というわけで、まず我々大学サイドでは本日より種菌の前培養(大量培養に向けての前段階の培養)開始、そして明日〜明後日に楢崎の工場で行われる大量培養のための培養液作り(10倍濃縮培養液を40l)である。
20lの角型ポリタンクに出来上がった培養液を詰めていくという作業、普通の大学研究室ではまずあり得ない光景である。大学研究室で行う実験では一般にキログラムやリットルは大きなスケールの部類に入る。微生物と同時にタンパク質やdnaの実験系も私は持っているが、これらの分野ではミリグラムは結構大きなスケールである。
体積についてはマイクロリットルの溶液を普通に扱う。昨日、清野さんと話をしたが、彼らとってはトンのスケールが日常であり、キログラムは『軽っ!』という世界である。組み立てた実験装置一式の重さは5トン、楢崎の工場の天井にかかっているクレーンは40トンまで持ち上げられるという話になり私は驚いたが、逆に『うちではマイクロリットルを日常的に扱っている』なんて言うと想像もつかないのではではなかろうか。
6月某日
本日、楢崎工場で担体と培養液の煮沸消毒、および培養槽への流し込み。クレーンを使って流し込んだ後、培養槽の蓋を即閉めて、一昼夜かけて自然冷却。翌日、分解菌の菌液を楢崎に輸送し、培養槽に添加し、培養を開始。
6月某日
培養槽を見ると、槽内の培養液が実験室で見るとおりに濁っており、カビなどの雑菌も生えていないことから、培養が成功したようである。念のため、担体と培養液の一部を実験室に持ち帰り、後日分解菌が固定化されているかチェックする。
担体を浄化ユニットに充填し、ボルトで蓋をきっちり閉めていく。明日から2日かかけて実地試験現場まで陸送するが、夏なので、輸送中の温度と乾燥が心配であるが、悩んでいても仕方ないので、とにかく思い切ってやってみるしかない。
最後に清野室長と陳課長を交えて装置をバックに写真撮影した。これを白黒かセピア色で印刷すればプロジェクトxに出演するときに使えるかも知れない(そんな簡単に出れないって!)。夢ばかり膨らむ幼稚な32歳である。
6月某日
管理法人の室蘭テクノセンターの関係者とともに実地試験現場に入り、装置の設置状況をチェック。昨日現場に浄化装置が届き、清野室長をはじめ楢崎メンバー数人で据付をしてくれていた。清野室長によると、エアーポンプを少し改良する必要があるかも知れないとのこと。来週から毎週処理後排水が室蘭に郵送され、それを研究室で分析、装置の性能評価を行っていくのである。研究室のほうは、いつ排水が来ても良いように既にスタンバイしてある。楽しみである。 |