震災の後に日本が世界に発信したこと

元内閣府大臣官房審議官 塩沢文朗氏
2011/06/10

 日本の政治のどうしようもない混乱と、震災からの復旧、復興の遅々とした歩みとは関わりなく、世界はどんどん動いています。いろいろ驚き、呆れるような話が数多くあって、私たちの目は国内にばかり向きがちですが、ここ2週間ほどの間に日本と世界の関わる大きな国際会議がいくつかありました。今回は、それについて考えたことを書いてみたいと思います。

 まず、5月26〜27日にフランスのドゥービルで開催されたG8首脳会議。その首脳宣言"Renewed Commitment for Freedom and Democracy"と題された文書には何が記されたか。

 G8の首脳は、現在の世界の課題をどのように見ているか。これを全体で93パラグラフからなる首脳宣言に盛り込まれたテーマとそれぞれのテーマの記述に要されたパラグラフの数で見てみると次のようになります。

前文 (12パラグラフ)
T.日本との連帯 (3)
U.インターネット (19)
V.世界経済 (15) (内訳: 前文(2)、貿易(1)、イノベーションと知識経済(5)、緑の成長(7))
W.原子力安全 (11)
X.気候変動と生物多様性 (7)
Y.開発に係る責任 (8)
Z.平和と安全保障 (30) (内訳: 中東諸国の民主化問題、大量破壊兵器の拡散防止、テロの防止、国境を超えた麻薬の違法取引、アフガニスタン問題など)

 私たちが、日頃、日本で目にしている最近の政治、経済問題のうち、東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故に関すること(T及びW)を別にすれば、Uのインターネットの問題についての首脳の関心が非常に大きいことが目を引きます。加えて、「緑の成長(Green Growth)」の問題にも相当量のスペースが割かれています。「緑の成長」の重要性がハイライトされたのは、この時期の国際世論としては自然な流れだと思います。原子力の推進を継続する国も、この重要性を否定することはもちろんないでしょう。ただ、OECDの会議で、特にドイツが"Green"という言葉には政治的含意があるという理由でGreenという言葉を使うことに反対していたことを、以前目の当たりにしたことのある私にとっては、首脳宣言の中に記されたGreen Growthのサブタイトルには、その後の欧州諸国における政治の流れの変化を感じます。

 インターネットは、今や世界の民主化の進展、経済・技術交流、国民の安全の重要な基盤となっています。しかし、インターネットを通じた情報交流に関わる国家の関与のあり方、そのインターネット基盤の安全保障、知的財産や個人情報の適切な保護、犯罪への悪用の防止などについての効果的な対応手段や国際間の協力の枠組が整っている状況にあるとは言えません。そういった意味で、今般の首脳による意見交換のテーマとしてとりあげられたのだと思います。いや、米国を始めとしたG8の一部の国々にとってはそんな悠長なことではなく、これらの問題が、国家や経済の存立の基盤を及ぼしかねない、喫緊の重要問題との強い認識を持っているのではないかとすら感じます。しかし、宣言の内容を見る限り、G8の首脳達は、インターネットに関する国際的なガバナンスの強化の重要性では一致できても、まだそのための具体的で有効な手立てを見つけるには至っていないようです。あるいは認識の高い国の間では、水面下ではどんどん必要な対応策の整備が進んでいるのかもしれませんが。

 さて、日本と最も関係のある「T.日本との連帯」の節では、東日本大震災の被災者の方々の自制ある行動と態度に対して、各国国民が賞賛したことが記されています。そのうえで、各国は支援と協力を継続する用意がある旨を表明。これに菅総理が他の首脳に対して行った約束が続きます。そのひとつは、今回の原子力災害を含む震災が、世界経済に及ぼす不確実性を最小化するよう、出来る限りの努力をすること。もうひとつは、原子力非常事態に関する全ての関連情報をタイムリーに提供することです。原文も記しておきましょう。前者は、"his country would make every effort to minimize the uncertainty that the disaster might add to the global economy, including as a result of the nuclear accident"、後者は、"in particular, he committed to provide all relevant information regarding the nuclear emergency in a timely manner"と記されています。

 あれあれ?「T.日本との連帯」と題する節には3つのパラグラフがあてられていますが、具体的内容まで書いてあるのは菅さんの約束しかありませんよ。いろいろお見舞いの言葉や、日本国民に対する賞賛、日本の復活に対する期待など美しい言葉が並んでいますが、要は、菅さんが、世界に対して原発事故を含む災害で世界に迷惑はかけないようできるだけのことをするという決意表明と、ちゃんと情報は包み隠さず出しますということを約束させられただけではないですか。

 このような目で今回のG8サミットの首脳宣言を見ると、今回のG8サミットでは、久しぶりに日本の出番があり、日本の考えが首脳間で理解を得たと言われましたが、本当にそうなのだろうかと疑問が湧いてきます。確かに北朝鮮の核問題と並んで拉致問題の解決の必要性などが書き込まれており、個別の箇所では日本の主張が反映されているところがあります。しかし、「T.日本との連帯」の節でも、「W.原子力安全」の節でも、日本が世界に約束したことは書いてあっても、日本がイニシアチブを発揮したように見えるもの、日本が具体的に得たものはほとんどないのではないかというのが私の率直な感想です。

 次に、「X.気候変動と生物多様性」の部分を見てみましょう。ただその前に東日本大震災と福島第一原発事故によって、日本のエネルギー事情がどう変わったのかを見ておかなければなりません。

 日本の温室効果ガスの排出目標−「2020年において90年比25%削減する」−をエネルギー政策面で担保するものとして、「エネルギー基本計画」が昨年6月に閣議決定されました。「エネルギー基本計画」は、温室効果ガスを排出しない原子力にエネルギー供給の大きな部分を依存する計画です。同計画では2020年までに9基、2030年までに14基の原子力発電所を新設し、設備利用率も現在の約60%を2020年には85%、2030年には90%まで高めるとされていました。これを実現するために、実質的に原発稼動の生殺与奪の鍵を握っている自治体の賛同をどのように得ていくのかという点について、この計画には、その具体的な方策が何も書かれていない点でかなりの危うさがあると私は考えていましたが、福島第一原発の事故後の状況を見れば、もはやこの計画は見直し不可避となっています。何よりも、菅総理ご自身が「見直し不可避」と言っておられますから、それに伴って日本の温室効果ガスの排出目標も見直し不可避と考えるのが、論理的な帰結のはずです。(ちなみに、私は、少なくとも2050年ごろまでの間は、日本のエネルギーは原発に依存せざるを得ないと思っていますが・・・。)

 それでは、サミット宣言はどのように書かれたのでしょうか。

 そのように考えて「X.気候変動と生物多様性」の節を見てみたのですが、削減目標についての書きぶりは昨年6月のカナダ、ムスコバで開催されたG8首脳宣言の内容と変わっていないのです。2050年までに世界の温室効果ガスの排出量を少なくとも50%削減するという目標を共有すること、中でも先進国は80%以上の削減をするという目標を支持することなどが書かれています。つまり、結果としては日本を含め、G8の地球温暖化問題に対する取り組みの目標は、今回のG8サミットでの議論を経た後も何ら変わっていないということになります。

 ただ、削減目標についての書きぶりについては、私はちょっと驚きました。何と約8行120語にわたる該当部分の書きぶりが、今回と前回の首脳宣言で、一字一句、変っていないのです。ふつう首脳宣言などの高位の合意文書では、仮に前回と同じことを言う場合でも、何とか書きぶりを変えようとするのが普通です。首脳がわざわざ集まって議論したのですからね。これは、まったく文章をいじることができなかったほど、首脳間に抜き差しならない意見の対立があったということなのでしょうか。先ほどの日本のエネルギー政策が見直し不可避であることを考えれば、その原因が菅総理であったことを期待したいものです。(つまり、菅総理が従来の目標の変更を強く提案したが、G8首脳の中で強い反対があって議論が膠着した・・・という展開。)国際交渉では、すべての意見が通るということはありませんから、その良し悪しは別にして激しい議論の結果、こういった宣言内容に落ち着くという結末は十分起こりうることですが、いずれにせよ福島第一原発の事故が起きた後で、日本は削減目標について、自信をもって昨年と同じ約束をできる状況にはないはずです。(あるいは、ちょっと考えにくいことですが、以上のことはまったく私の考えすぎで、実は、この問題について首脳会議では全く議論がなかったので、事務方も文章を変えようがなかったということが真相なのかもしれません。)

 日本のエネルギー計画が白紙の状態に戻った状態にあるにもかかわらず、やや疑問に思ったことは他にもあります。菅総理がG8サミットとそれに先んじて5月25日に行ったOECD閣僚理事会で行った

「発電電力量に占める自然エネルギーの割合を2020年代のできるだけ早い時期に少なくとも20%を超える水準となるよう大胆な技術革新に取り組みます。その第一歩として、太陽電池の発電コストを2020年には現在の3分の1、2030年には6分の1にまで引き下げることを目指します。そして、日本の設置可能な1,000万戸の屋根のすべてに太陽光パネルの設置を目指します。」

 との発言です。こういった発言をされたというニュースを耳にしたときには少し驚きました。特に「1,000万戸・・・」のくだりのところは、担当の海江田経済産業大臣が「首相から帰国後初めて聞かされた」と記者会見で述べたというニュースを聞かれた方も多いと思います。

 私が驚いた理由は2つあります。まず、十分な検討もないまま太陽エネルギーに関する新たな大胆な目標を打ち出されたのではないかと思ったのです(*1)。でも、これは私の早とちりでした。ご発言のかなりの部分が太陽エネルギーのことだったのでそう思ったのですが、このご発言をよく読むと「20%」の主語は「自然エネルギー」です。「エネルギー基本計画」では水力、地熱、新エネルギーからなる「自然エネルギー」は2030年の最大導入ケースで19.4%を占めるとされています。ですからこのご発言のこの部分は、それに続く太陽光発電の話とは関係なく、"「エネルギー基本計画」の新エネルギー導入目標は変えることなく、その達成を出来るだけ前倒しするよう技術革新に取組む"とおっしゃったのと同じことであるのが分かります。

 一方、「日本の設置可能な1,000万戸の屋根のすべてに太陽光パネルの設置を目指します」の「1,000万戸」くだりは、「エネルギー基本計画」でもまったく出てこない数字です。海江田経済産業大臣が「初めて聞かされた」と発言されたのも、政策の中身に関する理解としては分からないではありません。(ただ、総理のご発言内容を注意深く読むと、その実現年度については明示されていないので、しっかりと官僚的逃げは打たれていますがね。)どうやってこの1,000万戸という数字が出てきたのか。世帯人数に応じた豊かなライフスタイルを実現できるとされている居住面積(*2)を有する住宅戸数(別の見方をすれば、一定規模以上の屋根の面積を持っていると考えられる家の戸数)は全国で2,700万戸(*3)、世帯人員が2人以上の住宅はこのうち2,000万戸しかありません。都市部における日当たりの問題、既設住宅への設置に関する技術的制約の問題、将来、価格が下がることが期待されるにしても、現在、1基200万円程度する太陽光パネルの価格の問題などを考えると、実際に購入し、設置できる家はどれほどあるのでしょうか。

 やや細かいことを書き連ねているようですが、実は、この太陽光パネルの導入見通しについては、根拠の乏しい、何か結果の数字が先にありきのような導入目標が次々と出てくるので、とても気になるのです。こういったことは具体的に書いたほうが良いと思いますので、もう少し、細かい話にお付き合いください。

 この導入見通しの数字には、若干の変遷の歴史があります。それは、2009年6月、自民党の麻生総理の時に決定された2020年の削減目標「2005年比15%削減」の作成時にまでさかのぼります。

 「2005年比15%削減」の目標では、その具体的方策の一つとして太陽光パネルを2020年で2005年の20倍(住宅用約530万戸、2,800万kW)導入するとしました。しかし実はこの目標の決定直前まで、外部からの意見も聞きながら「中期目標検討委員会」がとりまとめた目標案は、「2005年比14%削減」でした。このときの太陽光パネルの導入見通しは、2020年に2005年の10倍(1,400万kW)。しかし、それがたった一日か二日のうちに導入目標が2倍になったのです。(14%から15%への削減目標の引き上げは、麻生総理の「政治決断」によって為されたと説明されましたが、後に、この削減率1%の引き上げの根拠のすべては、太陽光パネルの普及量見通しを倍増することによって説明されたのです。)この倍増できるとした根拠は明らかではありません。

 その後2010年6月に決定された件の「エネルギー基本計画」では、太陽光パネルの2020年の導入目標は2005年の20倍(住宅用約530万戸、2,800万kW)導入とされていました(*4)。つまり、この部分は(過去によく分からない根拠で目標が2倍に引き上げられたという経緯はあるものの)それまでの見通しが根拠として用いられたことになります。それが、今回、「1,000万戸」ということですから、また急に2倍に引き上げられたのです。最初の経緯から見ると、十分な検討を踏まえた数字から、特に明確な根拠が示されないまま、導入見通しの数字が4倍になったことになります。

 私は、この際、「エネルギー基本計画」を抜本的に、かつ、現実的に見直すべきだと考えます。「現実的に」というのは、「エネルギー基本計画」には前述の原子力発電や上述の太陽光発電に係る部分だけでなく、今回は例を挙げることはしませんが、「90年比25%削減目標」につじつまを合わせるためのさまざまな無理があったと思うからです。意欲的な目標を達成するためには、多少の「無理」も必要であることを何ら否定するものではありませんが、上述のような問題はやや程度を超えた「無理」だと思います。さらに、見直し以前の段階で、見直しに影響を及ぼすような対外的な約束などが、十分な検討なしに行われてしまうことに危惧を覚えます。その意味で、今般のG8サミット、OECD閣僚理事会における演説などが、今後の日本のエネルギー政策の抜本的かつ現実的な見直しの足かせにならないよう願っています。


1) ちなみに「エネルギー基本計画」では2020年の太陽エネルギーの発電電力量に占める割合は9.4%でした。
2) この面積のことを「誘導居住面積水準」というそうで(総務省住宅・土地統計調査)、4人世帯の住宅の場合、都市区域で95m2、一般区域で125m2とされています。
3) 総務省住宅・土地統計調査の平成20年版
4) なお、「エネルギー基本計画」の本体には、一部を除いてそこに出てくる数字の内訳がほとんど示されていません。ただ、経済産業省が行った独自の試算に基づくものと断り書きされた同計画の参考資料には、2020年における太陽光発電の普及見通しとして設備容量で2,800万kW、住宅用で約530万戸分という推計値が記載されています。











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