高い現場力を活かせ

経済産業省商務情報政策局長 石黒憲彦氏
2011/05/06

高い現場力

 結構気ぜわしく考えがまとまらないままさぼってしまい久しぶりの投稿です。前回、「目下私の当面の最重要課題は、製造産業局とともに、川上から川下までのサプライチェーンの復旧を図り、早急に止まってしまったものづくりの大動脈を動かすことです」と述べましたが、改めて復旧のスピードの早さとこれを支える現場力の高さに驚いています。あちこちで切れた動脈が昨日はあそこ、今日はここ、明後日はどこそこと次々と復旧したと報告が入り、繋がっていきます。正直100%にはまだまだですが、震災後1ヶ月余、4月下旬をもって、素材、部材、部品を結び電子機器、自動車に至るまでの大手企業間の大動脈に関しては、既に生産再開或いは見込みの形で細いですが繋がり、そしてフル生産がいつ頃になるかの目処だけは立つようになりました。

 そうした中で、今回サプライチェーン復旧の肝になるのが、自動車や家電製品の制御を行うマイコンの生産で大きなシェアを持っているルネサスエレクトロニクス(株)那珂工場でしたので、私自身4月上旬現地の状況を確認しにいきました。常磐道も現地に近づくと、ところどころ割れ目が入り、波を打つところが出始めます。一般道に降りると、なおさら亀裂や波打つ場所が増え、民家も瓦が損傷し雨漏りを防ぐためにブルーシートをかけて応急措置をしているお宅が増え、ロードサイドの店でもガラスが割れテープでとりあえず閉じたまま操業していないところもあり、震災による揺れの大きさを感じることができました。

 震災直後の工場内の様子の写真で、天井からケーブルが落ち、様々な装置が横倒しになり、仕掛かり中のウェハーが散乱し、ガスや純水の供給装置が故障し、排気ダクトが折れ曲がっている姿を見ておりましたので、さぞや酷い状況と思っていきましたが、実際に行ってみると建物の継ぎ目のずれなど被災の片鱗は伺えましたが、既にインフラに関してはほぼ復旧し、いよいよクリンルームを立ち上げるところにまできておりました。

 もう一つ驚いたのが人の多さです。本来であれば宇宙服のような姿で少ない人数で作業をするクリンルームに、通常の作業服にヘルメットを着用した技術者、作業員の方々が所狭しと歩き周り作業をしています。聞けばルネサス自身で1000人、これに自動車業界、半導体宇製造装置業界、インフラ関係の業界を挙げて2000人、ピーク時は2500人の応援があって、合計3000〜3500人が三直24時間体制で復旧作業をしていたとか。我々も現地本部に半導体に詳しい優秀な企画官を一人常駐させた上で、資材、部材、装置の調達円滑化への働きかけや関係業界間の調整に当たることで微力ながら応援させて頂きました。怒濤の勢いでボトルネックを次々とつぶして当初の見積もりより約1ヶ月早く作業が進み、4月23日テストラン開始し、6月15日量産開始を予定するところまで来ました。関係者の頑張りでさらに早くなることを期待しています。

 「第二次世界大戦のときは大本営は無能だが現場の兵士は優秀だった」という批判、評価がありますが、確かに日本人の現場力は高いと改めて感じました。それはほかの国々では、現場の人間は言われたことだけやるという指示待ちの態勢になりがちなのに対し、日本人の場合、ひとたび目的意識が明確に共有化できると、指示がなくても気がついたことを自らやるというセルフスターターが多く、任せれば任せるほど、現場で創意工夫を発揮するという特性を持つからでしょうね。そういう意味では上は方針とプライオリティ付けを明確にし、それぞれの現場にミッションをはっきり与えて、後は責任を取るといって細部は任せ、必要があれば随時各部隊の調整、同期、優先付けを決定するというのが、あれもこれもやらなければいけない鉄火場のときのトップのとるべき危機管理マネジメントの要諦だと思いました。

今回の復興に壮大な哲学はいるか?

 一部のメディアや有識者の論調に、「復旧ではなく復興だ」、後藤新平はいるか、復興の哲学が必要だ、これまでなかったモデル都市を造ろうといった議論があるのですが、私は少々被災地の自治体や被災者の方々の現場感覚とはずれがあるのではないかと感じています。

 哲学や戦略的な方針が不用だというつもりはないのですが、今回深刻な被災を受けた地域は帝都ではありません。風光明媚な海岸沿いの町々です。このまま避難が長期化しては、もともと人口減少が進んでいた地域であるがゆえにコミュニティが消滅してしまうから、早く住宅を建て、水産業や商店街など復旧し、皆さん以前ののどかな当たり前の日常を戻してくれと願っているだけではないでしょうか。強いて哲学に近い基本方針を言えば「コンパクトで災害に強い自律分散型の街作りをしよう」というのが基本方針で、その有り様はそれぞれの自治体、住民の方々が考えて、国の役割は、それを平時の全国一律の杓子定規な制度の上ではなく、どんどん臨機応変に特例など作りながらサポートしていくということではないかと思います。

 仮設住宅も大事なのですが産業が一緒に起きて雇用の場が創出しないとただでさえ高齢者比率の高い地域なので生活保護者と要介護者ばかりのコミュニティを作ってしまう怖れや酷い場合はコミュニティそののが喪失してしまう怖れがあります。中小企業庁は独立行政法人中小企業基盤機構を使って、貸し工場や仮店舗を建て、無償で貸し出すようなことを既に着手しています。組合形態や会社の統合によって同業者が助け合ってやる例もあるでしょう。これは二重ローンといった問題に比較的悩まずに事業を継続し、雇用を創出できる有効な手段だと思っています。そこから少しずつ計画ができたところで本格的な再建・復興につながっていければいいと思います。

 中期的なてこ入れについては、仙台市の中心部や東北大学でも大きな損害がありましたが、もともと大学、専門学校の多いところですから、これを機に改めて学術研究都市として政策的に先端研究施設整備や関連する先端産業の集積地を形成すべくインフラの整備をすることが考えられます。また、原発が落ち着かないとどうにもなりませんが、福島浜通りや津波で壊滅的打撃を受けた沿岸部の地域に、法人税を数年間無税、或いは減額して抜本的な企業誘致策を講じて雇用の創出を図るというのもあるのではないでしょうか。さらに、地元が望むなら、このコラムで紹介してきた医療介護関連コンプレックスや自律分散型のローカルグリッド、スマートコミュニティの具体的実現も検討していきたいと考えています。その際も単にハコモノを国だけで整備するのではなく、様々なインセンティブや規制緩和によって、民間企業の技術と資金、活力をうまく取り込んでいくことが重要です。例えば医療介護コンプレックスの場合は医療法人の規制を外して特例として株式会社の参入も認める、スマートコミュニティに関しては一部供給区域に電力会社以外の会社の参入・運営を認め、系統は非常用のバックアップとして使うといった思い切った特例ができないかと考えています。

 いずれにしても今は言葉だけが踊り、時間の経過と共に被災地で生活基盤そのものが失われていくことは避けなければなりません。今回の復興には壮大な哲学や構想よりも本来日本人が持っている現場力を最大限活かす支援策が求められているように思います。












sponsored by