日本新生のビジョン

大久保勉氏,小宮山宏氏,坂田一郎氏,林芳正氏,藤末健三氏,松島克守氏,宮沢洋一氏,森田朗氏,森地茂氏(50音順)
2011/04/06


1.震災を教訓に日本社会の再生を

 東日本大地震では、私たちの多くの家族や友人、仕事の同僚が犠牲となった。沿岸地域を襲った津波の圧倒的な破壊力と、原発の事故による放射線の漏洩や停電という現実に直面し、私たちは改めて人間や文明の無力さを感じている。

 万全の備えのはずだった防波堤を越えた津波にのまれ、町は壊滅し、原子力発電所は制御不能に陥った。誰もが当たり前だと思っていた電力が不足し、大規模な節電・停電を強いられることになった。

 復興には被災地からの大規模な住民の移転も必要となろう。だが、多くの被災地では、人口が減少し、高齢者の割合が3割にも達する超高齢社会が到来しようとしていた。被災地域の財政力には大きな制約がある。

 日本という国が、経済・社会の停滞に苦しみ、財政は危機的な状況に陥り、政治も混迷し、諸問題への解決の糸口を見いだせない中で、私たちは今回の震災を経験した。長い停滞の時代に、私たちは、この国の何が問題なのか、社会制度のどこを変えるべきなのか、多くの議論を重ね、試行錯誤を繰り返してきた。今回の震災は、そうした日本の抱える諸課題や限界を白日の下に晒す結果となったと言えるだろう。

 私たちは何としてでも被災地の復興を成し遂げなければならない。国難に際し、日本人が持つ優れた技術力や創意工夫の巧みさ、忍耐力などが大きな力となることは、過去の歴史が裏付けている。しかし同時に、私たちの固定観念や社会の仕組みを大きく変えなければ、快適で希望の持てる新しい地域を復興し、創り上げていくことが難しいことにも、私たちは気付いたはずである。

 その意味では、東北地方を、新しい希望に満ちた地域に復興するために何が必要か、その答えの方向性は既に出されていると言える。地域から今回の震災を乗り越え、再び世界に誇れる日本を生み出すための方策を提言したい。

2.次の世代が生きる地域の「新生」ビジョン

 日本は島国であり、地震国である。原発は全国各地に立地している。日本全体が今回のような震災・津波の被害を受ける可能性がある。また、被災地の多くで高齢化率が30%を超え、過疎が進むが、人口減少と超高齢化社会は、日本全体の現実であり、既に予見される近い将来の姿である。つまり、私たちは、被災地を単に旧に復するわけにはいかない。2050年に次の世代が希望を持って働き、生活できる地域の「新生」ビジョンを構想すべきである。

 被災地が広域に及ぶ一方、今後は大幅な人口増大が望めない現実や、農林漁業などの被災地の主要産業が壊滅的な打撃を受けた事実を直視するなら、高齢者が多数を占める住民の生活圏に応じた家づくり、コンパクトで機能的な街づくり、自然と共生する地域の産業の復興、そのための綿密な都市・地域計画が必要となる。

 また、新しい街づくり、地域づくりの議論には、住民の参加を求めることで、参加意識を高め、自主性を活かす工夫をすべきである。そのためにも、既存の地域コミュニティ、人的ネットワークを維持しつつ、新生活への移行を進めることに最大限の配慮が払われるべきである。都市計画決定に際し、多くの住民が、十分にその自分たちの意見を聞いてもらえなかったと感じている点は、阪神大震災後の復興における大きな反省点の一つである。

 ICT(情報通信技術)を使った遠隔医療で専門医不足を克服する「新たな健康社会づくり」を進める岩手県遠野市、「3E(教育・環境・経済)戦略」を進めるシアトル(米国)、官民協働で文化芸術・クリエイティブ産業の形成を図るストックホルム(スウェーデン)など、内外の活力を発揮する地域や都市の例が示すように、わが国のような成熟社会においては、国家的な見地からの立案に加えて、住民自らが地域の「新生」を図り、多様な地域を生み出すことが、その地域の活力や住民の幸福度につながるのだということを、改めて認識したい。

 なお、地域の行政区分については、住民が自らの生活や仕事の中から地域を意識できる、一時間程度で移動が可能な「自立生活圏」と、一定の財政・市場の規模、歴史・文化の一体性、海外からの地域認知性等を考慮した「広域地方圏」あるいは道州制の二つの構造で考えると分かりやすいだろう。地方分権、地方主権、道州制、市町村合併、広域行政といったアイデアも議論し尽くされた感がある。今やらずしていつ実行可能だろうか。

 震災復興に関する法制度については、阪神・淡路大震災以降の蓄積を活かすことができるが、今回の震災復興に際しては、町全体が壊滅するなど、特に甚大な被害を受けた地域に対し、新たな発想に基づく特別措置を上乗せする「2層構造」を採用することで、行政的な余力や財政力の差異に起因する地域の「復興格差」の発生を防止することも検討に値しよう。さらに、3層目として、「震災新生特区」を指定し、地域が希望する規制の緩和や権限の移譲を認めることで、各地域の「新生」をバックアップするべきである。

 「震災新生特区」のメニューは各地域が提示すべきであるが、ノルウェーのフィヨルドを参考にした三陸リアス式海岸への国際観光地化、先進医療の導入、ウェブ工学を利用した在宅ケアの充実、ライフスタイルに応じて住み替えることを前提とした住宅政策、オンデマンド交通の本格導入、スマートビークル用の道路整備、成年後見より充実した市民後見制度の導入、非常時対応も考慮した医療IDの導入、法人税等の撤廃、独自の課税、早期の外国語教育など、既存の思考の枠を超えた発想を、国は認めるべきである。

 私たちは、高齢化する地域住民の福祉を保障し、さらに今後想定される各地の大規模地震に備えるための財源をいかに確保するべきかという困難な課題にも直面している。先進国中最悪の危機的な財政状況という厳しい条件を前提とするなら、財政支出の効率化は避けられないが、政府によるファイナンスだけではなく、民間の持つ資金を活かすことも含めて、抜本的な発想の転換が必要となろう。少ない現役世代が高齢者をいかに支えるのか、現行制度の限界を乗り越え、どのような制度を生み出すのかを構想し、必要な改革を進めることは、将来世代への私たちの責任である。

 また、わが国の持つ先進技術の実用化を進めると同時に、住民がお互いを支え合う地域コミュニティを再生することができれば、介護や医療に要するコストも抑制することが可能だろう。志ある住民が地域の活動に参加できる仕組みを作ることで、自発的な創意工夫を活かすことできるのである。この点でも、住民に近い地域レベルでの意思決定を担保する仕組みが重要である。

3.福島第一原発事故の教訓を生かしてエネルギー戦略の「新生」を

 チェルノブイリ以来の大規模な原発事故となった福島原発の問題は、原子力の安全性と、エネルギー供給のあり方を考え直す契機となった。当面、電力会社と政府は、早期に電力供給についての責任ある見通しを内外に示し、国民や企業の不安を取り除く必要があると同時に、東京電力管内におけるピーク時の電力不足は今後も避けられない見通しであり、その対処が急務である。

 風力や太陽光などの再生可能エネルギーも利用しつつ、電力の需給バランスを電力網内で最適化するスマートグリッドは、すでに技術的には確立されている。被災地域はもとより、全国において、こうした先進技術をこれまでよりも大胆に取り入れ、地域の「新生」を図るべきであろう。

 また、ピーク時の電力不足を避けるためには、工場やオフィスを稼働させたり、人々が通勤する時間帯を、これまでの画一的なスタイルから、多様化することも考えるべきである。大量生産・大量消費型の産業構造や労働スタイルの限界は、既に高度成長を終えた時代から指摘されていたはずだ。今こそ、ITを用いるなどの工夫によって、自宅勤務など、多様で効率的な働き方を認め、家族との時間や余暇を十分に楽しめる社会を実現したい。さらに、自由な発想で起業する人たちを応援する社会づくり、知識や技術を活かして効率的に経営を行える企業づくり、自然環境と共生する次世代の農林漁業を支援すべきではないか。

 また、政府は、将来の人口減少によるエネルギー需要の減少と、ロボットなどの増加による需要の増加の見通し、原子力を含めたあらゆるエネルギー供給手段についての安全性やコストなどについての詳細な情報を国民に開示する必要がある。その上で、どのように必要なエネルギーを確保するのか、国民的な議論を通じて、政治が決断することが求められる。

 今後も、経済が急速に発展する新興国については、原子力発電に対する需要が増大すると考えられる。しかしながら、福島第一原発の事故が、これだけの被害と影響をもたらした以上、事故の原因と対応に関する徹底的な究明は避けて通れない。そして、わが国の原子力に係る電力事業や行政のあり方については、その技術や安全性への過信を戒め、「想定外」の事態においても、人命を第一に考える価値観への転換を望みたい。

 加えて、今回のような大規模な停電を避けるべく、同一周波数地域間のみならず、周波数の異なる東西地域間においても電力を円滑に融通し合えるよう、周波数変換設備の増強を急ぐべきである。

 未曽有の災害を克服し、地域から日本の「新生」を図るには、こうした社会的な価値観の転換は避けられないのである。

4.「新生」ビジョンを発信する日本外交

 被災者を救うべく救援活動に携わった人々、原発事故への対応に当たった関係者の努力には敬意を表する。しかしながら、特に原発事故の状況に関し、必ずしも適切な情報提供がなされず、事態が悪化していったため、東京電力や政府に対する国民や内外メディアの不信が高まったのは事実である。今回の経験を契機として、政府による重要なメッセージ発信については、多言語化することと、専門家のバックアップを受けることが求められる。また、世界各国は、わが国が大震災を乗り越えて編み出すであろう復興ビジョンやエネルギー戦略について、高い関心を持っている。積極的に発信していくことが求められよう。

 世界には、アメリカやフランスを始めとして、原子力に関する貴重な経験や技術を持つ国々、また、大規模災害の危険性を抱える国々も多い。放射線防止技術、耐震・耐津波技術、有事のマネジメント等について、こうした国々や国際機関などと経験や知恵を共有し、共同するための仕組みをわが国より提案していくべきであろう。それが、被爆国であり、今回の原発事故を経験した日本としての使命でもある。

5.最後に

 日本社会の秩序や日本人の冷静さについて、海外から受けた賞賛の声は多い。また、被災者への義援金や支援を申し出た人たちや組織、国や地域は数えきれない。こうした内外の好意や善意に応えるためにも、私たちは、日本社会の抱える問題点をこの際徹底的に議論し、改革の方向性について合意し、被災地域の「新生」を実現する必要がある。政治は言うまでもなく、メディアの責任も大きいが、何より国民一人一人が、自分だけではなく、家族や地域の明日に目を向けて欲しい。

 被災者の幸せな日常の回復と、次の世代が世界に誇れる地域の「新生」を切に願う。


2011年4月6日


大久保勉(参議院議員)
小宮山宏(三菱総合研究所理事長・前東京大学総長)
坂田一郎(東京大学政策ビジョン研究センター教授)
林芳正(参議院議員)
藤末健三(参議院議員)
松島克守(俯瞰工学研究所代表)
宮沢洋一(参議院議員)
森田朗(東京大学政策ビジョン研究センター学術顧問)
森地茂(政策研究大学院大学特別教授)
(氏名50音順












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