もう20年以上昔のことになるが、1982〜84年にかけて私は、Stanford 大学大学院のCommunications学部でDiffusion of Innovationsを勉強した。私のAcademic Advisor は、Dr. Everett M. Rogers (ロジャース)という方で、出身地であるアイオワ州の農業普及サービスに従事している時に大学に進学することを勧められ、Diffusion of Innovations研究では世界的に名を成す研究者になったというちょっと変わった経歴を持つ方だ。彼の研究成果は、この分野の世界的名著である"Diffusion of Innovations"としてまとめられ、この本は5版を数えるベストセラー出版物となっている。
このような思い出話とは別に、Rogers先生との出会いにおいては、私にとっての痛恨事がある。今振り返ってみれば全くもって私の不明の至りなのだが、私が先生のもとでDiffusion of Innovationsを学んでいたとき、私は、正直言ってその内容にがっかりした。なぜなら、先生がDiffusion of Innovationsの鍵として着目するのは、イノベーション(新しいアイデアや行動)の定性的性質、イノベーションに関する情報の伝達経路・媒体や、普及対象となる人、組織、地域、社会等の定性的属性であって、きわめて社会学的なアプローチ であった(ように感じた)。私が漠然と期待していたのは、新しい技術が産業界に普及する際の経済的、技術的条件を明らかにするような「経済学的アプローチ」だったのだ。ここで私の思考の甘さを再度反省するのだが、当時、私の頭にあった「経済学的アプローチ」というのも全くもってイメージの域を出ておらず、振り返って考えてみるとイノベーションの普及速度や普及度を決定する要因を明らかにし、イノベーションの普及速度を定量的に予測する手法の研究を夢見ていたのにすぎなかったのだと思う。
長々とずいぶん余談を含めて個人的な思いを書き連ねてしまったが、最後にこの紙面を借りてRogers先生にお詫びと尊敬と感謝の意を表し、心からご冥福を祈らせていただきたい。
*i. ここで「社会学」と書いたが、最近ではコミュニケーション学部なる学部をもつ大学も日本に出てきたことから、今風に言えば「コミュニケーション学」と言っても通じるかも知れない。コミュニケーション学とは、コミュニケーション理論を用いて、新しいアイデアを広く世の中に広め、人々の行動に影響を与える方法論の研究で、コミュニケーション理論の最大の用途の一つは、マーケティングや選挙キャンペーンある。
*ii.実は、Rogers先生が亡くなっていたことを知ったのち、懐かしさもあって彼の最新著作である"Diffusion of Innovations(第5版)"を入手し、この原稿を書きながら斜め読みをしていたら、1999年にミネソタ大学のVan de Ven教授が、工業、教育、農業、医療、防衛技術の普及に関する新たな分析の方法論をまとめていることを知った。実は、まだ、この研究を読んでいないので、この部分の記述はあるいはもう時代遅れの認識なのかもしれない。