リスク管理対策に係る社会の選択は、このように科学的なリスク評価だけにとどまらない多様な情報をもとに行われる判断だ。こうしたことから、欧米諸国ではリスク管理対策に関連して費用便益分析のような政策科学研究やリスクコミュニケーションに関する研究が、相当以前から着実に行われている。こうした背景には、前回の原稿で紹介したように、1958年のデラニー条項導入以降のリスク水準の管理目標をめぐる20年以上にわたる激しい国民的論争を経験したという歴史もあるが、米国では政府、学界ともに、こうした政策科学研究の発展に取り組んできたという政策的努力の積み重ねがある。例えば、米国大統領府の行政予算管理局(Office of Management and Budget)は、全ての規制機関に対して、環境汚染規制に関連して量的なコストベネフィット分析を実施することを義務づけている。また、National Research Council (NRC)は20年以上前の1983年の時点でリスクコミュニケーションの在り方に関する研究、"Risk Assessment in the Federal Government: Managing the Process"と題する報告書をとりまとめ、連邦政府内でのリスク評価と意志決定の改善方策についての提言を行った。さらに、NRCはそれに留まることなく、民主主義社会でのリスク管理における重要な要素はリスクコミュニケーションであるとの認識に立って、学界をあげて1987年から2年間に渡る研究を行い1989年に"Improving Risk Communication"をとりまとめ発表している。