出口俊一
DND事務局長


イノベーション・ジャパン2007 9月12日のシンポジウムから
-イノベーション立国の実現に向けて-要旨概要


 東京国際フォーラムで12日開幕したイノベーション・ジャパン2007の初日のメーンは、「イノベーション立国実現に向けて」と題したタイムリーなシンポジウムでした。内閣特別顧問の黒川清先生の講演、パネラーで最先端技術の成功事例を報告したアンジェスMG創業者で阪大医学部教授の森下竜一さん、そして光産業の分野で世界に挑むサーバーレーザー社の社長、関田仁志さんらの内容はイノベーション立国実現のテーマにふさわしく、グローバルな挑戦の成功事例には多くの参加者から注目が集まっていました。それにコメンティターの東京大学大学院教授の橋本和仁さん、東北大学教授で総合科学技術学術会議議員の原山優子さんらからは全般的な講評と学術的なコメントがありました。内容がぎっしり詰まった2時間でした。途中、安倍首相の辞任の報が流れたのは驚きでしたが、モデレーターでNEDO技術開発機構技術経営・イノベーション戦略推進チーム長の橋本正洋さんの機転が利いた差配で、万事スムースに時間通りの進行でした。

   B棟7階ホール。600人の会場はほぼ満杯の盛況です。冒頭、内閣特別顧問で、イノベーション25戦略会議座長を務めた黒川清さんが基調講演にたちました。トップバッターはいつも身のこなしが軽やかで、背筋がピッと伸びていました。25分の予定をややオーバーした講演趣旨は、イノベーション25での政策提言を基本に、その一例として環境やクリーンエネルギー分野でイノベーションの成果を経済成長のエンジンとしつつ国際貢献していく、次世代への投資を倍増、国際的に通用する場としての大学の改革、その外、生活者の視点に立ったイノベーションの重要性などを伝え、とくにこの分野における国際リーダーの育成が重要と語り、「モノ」を優先する考えから「人」に着目していく流れに変えていくことを強調していました。出る杭を伸ばす、という持論の「異能」の存在に着目すべきである、というところは、おおいに説得力を持って迫ってきました。

 また、イノベーションのInは内側から新しくする、現状を変えるということで、日本の社会を見回して大手の企業は、現場の力が強くあってもトップのマネージメントがダメ、ここが大いなる問題で、会社とは関係ない人脈があるか、どうかーと冨山和彦氏の著書「会社は頭から腐る」の例を上げて、トップの意識変革の重要性を指摘していました。

 そして、なぜグローバルで、インターナショナルって言わなくなったのか,Think Locally Act globallyと従来と違う方向に推移しているのはなぜか?と指摘し、人口減少や高齢化のなかで日本はこれから世界の中で、どうするのか?と疑問を提示していました。

 東大教授の橋本さんは、黒川先生の講演の後、研究の現場にいる立場から、とお断りしつつ、重点分野の集中投資ということに違和感を感じる、と率直に語り、水をやり過ぎると根腐れする、いい芽を見つけてそこには段階的に広く薄くというのがいいと思う、日本がアメリカにいかに勝つか、バイオ分野といってもそのどういうところ、という正確な見極めが重要である、とコメントを述べていました。

 こんな時だったでしょうか。

 「皆さん、ひとつニュースが入りました。少し前に安倍首相が辞意を表明された、ということです」と、知らせてくれたのは、モデレーター役のNEDO企画調整部長の橋本正洋さんでした。この衝撃的な内容にかかわらず、会場内がそれほどざわめきも動揺もなかったのは、橋本さんの話し方が、おだやかで沈着冷静だったからかもしれません。会場の後列の何人かがこのアナウンスで場外に飛び出していった、というからこう言う突発的な事態への対処も重要なんですね。モデレーターは単なる司会・進行役じゃない、ということです。

 続いて、先端的技術をベースに設立した大学発ベンチャーが世界のマーケットと向かい合う、という事例報告に森下さん、最先端レーザーによる世界に新規市場創設に動くサイバーレーザー社の社長、関田さんが登壇しました。

 う〜む、このお二方の、苦節7〜8年の奮闘の積み重で生み出された画期的な成果は、本当に素晴らしい。30代で起業、そしてともに40代の働き盛り、きっと2025年には我が国を代表するグローバル企業に成長して、歴史に名をとどめるでしょうね、そして、多くの若手起業家を育てていることと思います。成功体験が加速して蓄積されていく、そんな循環するエコイノベーションのサイクルが、我が国にもやっと定着し動き始めたことを印象づけていました。

 森下さん、アンジェスMGの社名の由来がエンジェルなどと紹介しながら、長年のHGF(肝細胞増殖因子)の臨床がやっと結果が出てきましたのでご報告します、という。まさにそのミッションは社会的なインパクトが大きい成果をだしているようです。そのHGF、文字通り肝臓の細胞を増やす因子として阪大の中村敏一教授によって発見され当初から肝臓の治療薬として研究されてきました。そして森下さんが次に、HGF遺伝子を投与することによって血管を新しく増やす治療法を1995 年に発明し特許を申請し、大手製薬会社による開発を期待していたが、これが世界でも新しい領域であるため、画期的な遺伝子治療に進出する企業がなく1999年 12月に自ら起、治療の効果が確認され、重い副作用もでなかったーという。

 これで、年度内に遺伝子治療薬の製造販売の承認申請を厚生労働省に出すことになり、数年後には市場に出す予定で、これが実現すれば遺伝子治療薬は先進諸国で初めての快挙という。

 糖尿病などが原因で動脈硬化が進行し、足の血管が壊死して切断を余儀なくされている閉塞性動脈硬化症の患者が、この遺伝子治療薬によって足の切断を免れる治療に光明が差してきた、と評価されています。この症状で足を切断する患者が年間日本で2万人、米国で20万人を数え、これらの人が救われる日も近い。治療は足の局所の筋肉内注射で1回8ケ所、それを2回行って効果があり、血管再生から潰瘍も改善し、ある患者は、車イスの生活から半年後に小走りができるまで回復し、治療レベルから生活の質向上にまで改善が認められた、という朗報も紹介していました。わずか10数分の報告でしたが、再生医療などその外の大学発バイオベンチャーの成功事例も紹介していました。

 報告の終わりに、「社会的に第一線で働く、大学発ベンチャーの起業家を暖かい目で見ていただきたい。大学発ベンチャーは、それは風雪に耐えるだけの価値はあります」と、ベンチャーの社会的意義をさりげなく語っていました。

 大学発ベンチャー創出の1000社構想の政策立案に加わり、当時の大学連携推進課長だったモデレーターの橋本さんは、大学発ベンチャーが、それぞれ信念と社会的使命をもって次々に設立され1590社に到達し、中身も進化しているという話を聞くと、感無量です、と感想を述べ今後の活躍にエールを送っていました。

 続いて、関田さんの報告です。

 関田さんは、91年にNECに入社後、スタンフォード大学応用物理学部招待研究員など経て2000年に次世代レーザーである「フェムト秒レーザー」の開発を核としたサイバーレーザー社を設立、以来、レーザー研究への機器提供、医療用レーザー販売などの分野で事業を展開する、スピンアウト型のベンチャーでした。 さて、その耳慣れない「フェムト秒」、秒ですから時間の単位なのですが、 1000兆分の1秒をいう。光さえ、1フェムト秒で、0.3マイクロメートルしか走らない。で、そこで関田さんの特異な「フェムト秒レーザー」技術といえば百フェムト秒レベルのパルス幅の、その微細なレーザー光源を駆使して、驚異の様々な超微細化工、計測分野に応用されており、日々進化し続けているようです。

 さらに電子部品加工、半導体の生産現場、医療現場やDNAより小さい糖鎖解析の国家プロジェクト分野での利用について言及していました。凄いですね。

 やはり、スタンフォード大学に留学がなければ起業は考えなかった、と思うと語っていました。3人のスタンフォード大学生が生んだネットスケープ社が、サンノゼに高層ビルを打ち建てていました。それを目の前で見せられました。インテルやマイクロソフトなどにはスタンフォードの学生はいかない。大木い海社は敬遠され、2から3人、あるいは10人未満のベンチャーに関心が身いていました。そのベンチャーというものを「自分も実践してみたい。そういうマインドに大きな影響を受けました」と語っていたのが印象的でした。関田さんはこんなことも語っていました。

 「一生懸命になれる、それは、使命感というか、熱意というか、高い志みたいなもの、自分の利益以外の高い志があれば、頑張れるのではないかなあ、と思います」。

 また、日本を愛する気持ちで起業したが、国内では何年待っても返事がない、くるのはこういう講演依頼ばかりで…と、大手の国内の企業の動きの遅いことを冗談っぽく述べていましたが、案外、これは笑いごとではないかもしれません。

 これらに対して、総合科学技術会議議員で東北大学教授、欧米の産学連携学の第一人者である原山さんは、現在日本は答えが見つからない難問を山ほど抱えている、と前置きして、政府の切り口として何がどう動くか分からないところに手を打つことも必要だが、出口よりの研究も大事になってくる。それらが加速するときに、政府の役割、装置も必要で、「そのバランス、手綱さばきがもっと重要になってくるでしょう」と、経済的な複数の評価の視点がよち重要になってくる、と指摘していました。

 いやあ、とても興味深いセッションでした。なんか、共通していらっしゃるのは、普段のままの語り口で馴染みやすい、ポジティブで明るい性格、いずれも留学組ということでした。

 ところで、黒川先生が、講演の最後のパラグラフで紹介された書籍に、こんなのがありました。『会社は頭から腐る』(ダイヤモンド社刊)で、著者が、産業再生の請負人というふれこみの元産業再生機構COOの冨山和彦さんでした。

 セミナーが終わって黒川さん、原山さんらが橋本さんの先導で、東京国際フォーラムの会場を埋め尽くした大学の出展ブースを回り、それに夕刻までお付き合いした後、懇親会は遠慮して急ぎ本屋に走り、この本を買い求めて読みました。これをじっくり読み進めると、なんだか、安倍総理の退陣を予測しえたような記述が随所に目に留まりました。

 要約すれば〜経営や企業統治を担う人々の質が劣化しているのではないか―これが1ページ最初のプロローグの書き出しです。続いて、かつてうまく機能していた日本の"システム"は機能不全に陥り、古い体制の中で育ったリーダー層のマネージメント力やガバナンスも、大きく低下していったのではないでしょうかーという問題提起から始まって、以下こう続きます。

 この「最大の問題は」として、「この体制による繁栄が30年余り続いたことにより、経営人材の選抜・育成の仕組みが、予定調和型に陥ってしまったことにあります」と指摘、この30年うまくやってこられたから、グローバル時代の今日でも、「旧来のシステムの中からお行儀のよい優等生が選抜され、その後、優等生リーダーたちは旧来のシステムとその中で形成された既得権構造を否定できない」呪縛にとらわれているのだそうだ。この既得権益者がリーダーでは変革は行われない、断じています。

 また、日本人は挑戦しない、ということについては、「これは日本人に問題があるのでも、個々の社員に問題があるのでもない。挑戦すれば報われるインセンティブが、日本の企業社会にはなかったということなのである」という指摘もうなずけます。

 そして、本書のポイントでもあり、黒川先生が講演で強く訴えたつころなのですが、〜学歴はさておき、若い世代のエリート予備軍がマネージメントで鍛えられていないのは、ガチンコ勝負をしていないからだ。ガチンコ勝負をしないということは、負け戦を経験していないということでもある。勝ちも経験しないが、負けも経験しない。リーダーを目指すなら若い時から、負け戦、失敗をどんどんした方がいい。そして挫折した時、自分をどうマネージするか、立ち直るか、それを身をもって学ぶ。その実体験を持つからこそ、人の挫折を救えるのであるーというのは教訓的な話でした。