俯瞰工学研究所の松島克守氏のメルマガ 第11号



俯瞰工学研究所の松島克守のメルマガです。第11号を送らせていただきます。
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◆このメールマガジンは、松島克守が、東京大学教授、そして(社)俯瞰工学研究所
の代表としてこれまでに名刺交換やメール交換をさせて頂いた方々に送らせていただ
いております。またこのようなMLはメールボックスのご迷惑と感じられる方もあるか
と思います。ご遠慮なく不要のお申し出をくださるようお願いします。また、内容等
についてもご遠慮なくご意見をいただければ幸いです。
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皆様

◆季節のご挨拶◆
暖かい11月の下旬になりますが晩秋の感じ出ません。温暖化の為かと思うと気になります。東南アジアの洪水にしても異常で、人類は有限の地球の枠を踏みだしてしまったのかと思わせます。世界人口70億人、子供の頃は30億人と社会科で習った記憶が有ります。
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・海南島に行ってきました
・南シナ海の波高し
・プラチナ構想ハンドブックの編集進んでいます
・俯瞰工学研究所から電子書籍の出版
・デジタル 書斎の構築3
・書評 : 「プランB 4.0 人類文明を救うために」
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◆海南島に行ってきました◆
海南省の招聘で講演にいきました。演題は「地域クラスターによる地域経済で活性化」
です。海南島は初めて行きましたが、とてもいい所です。気候が温暖で中国のハワイ
と呼ばれて、リゾートの集積が凄く、中国の5星のホテルの大半がこの島にあるとま
で言われています。省長はもっと5星のホテルを、と言っているとのことで、今もホ
テルの建築ラッシュです。バブルそのもので、カジノも力をいれているようです。

とにかく、人々が穏やかで皆さんいい顔をしています。北京や上海と違って、テンショ
ンが低くて、こちらもリラックス出来ます。ご担当の海南省科技庁のディレクターの
ウーさんは、群馬大学に滞在したことも有り、博多の総領事や大使館の一等書記官を
歴任して、生まれ故郷の海南島で国際科学技術連携の責任者になっています。会うと
向こうから、「一等書記官の時東京でお会いしまししたね」と言われ面くらいました。
人の縁、交流は大切ですね。直接日本と戦をしていない事も関係あるかもしれません。

島の最南端、すなわち中国の最南端の海岸に有名な南山寺という仏教の施設が有り、
目の前に南シナ海が広がります。この景色をみれば、南シナ海は中国の海と思うのも
無理ないか、と思うと同時に、すぐ右手にはベトナムの陸地が見え、ベトナムの人も、
目の前に広がる南シナ海が自分の海と思い、フィリピン、インドネシアの人も同じ思
いでこの南シナ海を見ているのでしょう。領海問題は難しいのですね。ところで、最
近中国は竹島のことを独島と呼ばなくなったようです。


◆南シナの海の波高し◆
南シナ海での強硬な中国海軍の活動、ミャンマーでの軍港租借、尖閣列島、台湾への
圧力等々で、アメリカは4500億ドルの国防予算削減の中で、遂にオーストラリア
の北部に海兵隊を配置するという行動に出ました。中国は不快感を表明し、インドネ
シアも歓迎しませんが、フィリピン、ベトナムはホッとしているかもしれませんね。
もしかすると中国はアメリカを刺激しすぎたと悔やんでいるかもしれません。此れま
で、穏やかな対立関係を志向してきたアメリカの一大決心です。宇宙の「神船」のデ
モンストレーション、そして繰り返されるサイバー攻撃にアングロサクソンが反応し
てきたと思います。東アジアにおける3つの大国は、日本、中国、そしてアメリカで
すが、日本の外交はどう対応できるのでしょう。

今、議論沸騰のTPPはこの対立の構図の真ん中にあります。そして、日本は日米同盟の
強化に動いたわけです。中国も日本に対して此の所、比較的丁寧に対応してきました
が、これからどうなるのでしょう。日本以外のこの地域のTPP交渉参加国の顔ぶれは、
シンガポール、オーストラリア、シンガポール、マレーシア、ブルネイ、ベトナム、
ニュージーランドです。ベトナム以外は旧英連邦の国です。日本参加の重みを感じま
すね。あとこれに米州のアメリカ、ペルー、チリです。鉢巻姿でTPP絶対反対と叫ぶ、
JAと医師会の方々はこんなことは関係ないのでしょうね。

国民レベルは此の様な政治家の思惑や利権、そして軍部の迷走に関係なく、連携を進
めて行きましょう。


◆プラチナ構想ハンドブックの編集進んでいます◆
プラチナ構想ネットワークの活動の一つ、これに関連する情報と知識を構造化して統
合する、プラチナ構想ハンドブックの編集が俯瞰工学研究所で進んでいます。プラチ
ナ構想ハンドブックは、紙の書籍と、電子書籍、そして知的ウェブの3つの形態で実
装されます。紙の書籍はプラチナ構想の基本的な提言と、その展開の解説論文です。
考え得る限りの日本最高レベルの専門家に参画して頂きました。既に19本の論文を
編集中で、1月に日経BP社から出版の予定です。

紙の書籍は、こまめな改訂が出来ませんし、動画や音声、スライドショーなど多様な
表現の情報が収録できません。この紙の書籍の改訂版と、マルチメディアの情報の部
分を、電子書籍で提供する予定です。

紙の書籍も電子書籍も一方的な情報発信でしかありませんが、知的ウェブでは双方向
のコミュニケーションや集合知、議論など参加型の形態が可能になります。電子書籍
は紙の書籍が落ち着いた春になると思いますが、知的ウェブは最初のバージョンを何
とか年内に公開したいとスタッフががんばっています。


◆俯瞰工学研究所から電子書籍の出版◆
電子書籍について一年以上、俯瞰工学研究所で調査研究してきましたが、技術的、ビ
ジネス的に準備が出来て、いよいよ12月に第一弾が発行されます。「知の構造化の
技法とその応用」です。東京大学の俯瞰工学研究室、即ち松島研究室の研究成果を纏
めたものです。環境学、老人学など多分野複合型の学術俯瞰や、エネルギー、太陽電
池、燃料電池など先端技術の学術俯瞰とその解説を収録しています。その基になって
いる技法も解説してあります。

この出版は、電子書籍と従来の紙の書籍の二本立てです。まだ日本の電子書籍の流通
がはっきりしないことと、電子書籍を読む機器、人が少ないため当分はこのスタイル
でいきます。電子版は、タッチパネルの携帯端末で自由に持ち歩けて、思いついたと
きいつでも見ること、読むことが出来る。また、図番や文字を拡大してみることも出
来きます。紙の書籍は、Amazonから直接に販売し、電子書籍はとりあえずAppleから
販売を予定しています。日本の電子書籍の流通が整備されれば順次そちらでも販売し
ます。この後、地域クラスター、俯瞰経営学などの出版を予定しています。


◆デジタル書斎の構築3◆
書斎の紙情報の整理をデジタル書斎の構築1で、基本的なソフトウェアについて2で
解説しましたので、今回はいよいよ本質的な知的作業について話しましょう。
知的創造で最も重要な事は、興味の対象、即ち研究対象を明確に持つ事です。学術研
究者にとって、研究テーマとの出会いが運命を決めると言ってもいいでしょう。それ
が金鉱脈であれば、結果も出ます。其の為に、数多くの論文を読みます。その時間が
長い。特に博士号取得後、次の目標を見つける時間が、研究者として独り立ちする時
間です。これはプロフェッショナルの世界です。

学術研究者でなくても、あることに強い興味を持てば、その時から、猛烈に知的活動
が活発化します。知的活動は基本的に、情報の収集、分析、編集の3プロセスです。

先に述べた様な明確な探究心があると、この情報の収集のプロセスが活性化するので
す。例えば、再生エネルギーとか、リサイクル、健康、中国、映画、料理、古代史な
どに特別な興味を持った時には、頭の中にその情報ファイルのフォルダが出来ます。
そして新聞を読んでも、雑誌を見ても、テレビを見ても情報の方から声を掛けて来る
ようになるのです。

情報源は無数に有りますが、まず新聞です。とんでもなく良質の情報が、毎日届けら
れるのです。朝時間を掛けて新聞を読み、自分のテーマに関連する記事を切り抜く作
業を何十年も、習慣としてやって来ましたが、このスクラップの作業は、電子版で極
めて効率的に出来るように成りました。日経新聞を購読している方には、1000円追加
して電子版の購読を強くお薦めします。記事の保存ができ、検索が出来ますので、紙
のスクラップとは全く違う次元です。更に、記事だけマウスで選択して、前回紹介し
たEvernoteでクリップしておくと最先端技術による、デジタル書斎の作業の世界に入
ります。クラウドのEvernoteに放り込んで置いた記事は、通常のGoogle検索した時、
GoogleはEvernoteの中の情報も一緒に検索対象にするので、ある時突然スクラップし
た記事が飛び出して来ます。これは紙のスクラップブックでは出来ません。

国際的な情報はBBCのニュースサイトが圧倒的に良いですね。ただ英語なので、日本語
で提供されるGoogleニュースの国際ニュースもかなりいいです。これ等もEvernoteの
クリップで、デジタル書斎の情報庫にいれて置きます。英語のウェブ情報を読むなら、
Google ChromeまたはIEの拡張機能にある、Weblioのアドオンを入れる事をお薦めしま
す。知らない単語の上にマウスを移動するだけで、研究社の英和辞典がポップアップ
されて、辞書を引くという作業が自動化されます。紙の世界とは異次元の知的生産性
です。Weblioは、Google Chromeのツール⇒拡張機能⇒Weblio英語エクステンションで
(有効)を確認して、さらにそのオプションで、「英単語にマウスカーソルを合わせる
と検索」を確認して下さい。

長くなるのでこの続きは次回にしましょう。iPhone 4Sも入手してありますがその評価
も次回に。


◆書評◆
今月のご紹介は、
「プランB 4.0 人類文明を救うために」レスター・ブラウン著 木村由香里他訳
[環境文化創造研究所 編集協力] 2010 ワールドウォッチジャパン

本書は、地球環境問題の専門家であるレスター・ブラウンの提言書です。彼は農学
を 修め、米国農務省で活動したのちワールドウォッチ研究所、アースポリシー研究所を
創設して「地球白書」などにより環境保全の行動を呼びかけています。

従来どおりの生活、産業を続け世界の終焉を迎える事を「プランA」と呼び、社会、生
活を革命的に変えて地球上で持続的な人類社会を実現する行動計画を「プランB」とし
て提案しています。即ち、人類文明の存続は「地球環境が『限界点(threshold)』を
超える前に、人類社会が『転換点(tipping point)』を形成出来るか、に掛っている
という警告です。

冒頭の「はじめに」の最後の言葉が気に入りましたね。環境保護活動家のポール・ホ
ーケンの言葉ですが「何が不可能か知っている人たちの為に、意欲を失ってはいけな
い。やらなければならない事に取り組んで、その取組が終わってから、不可能であっ
たかを確かめよう」です。要するに出来ない理由をうまく説明する人の話は聞くな、
まずやってみよう、結果を議論すればいい、という事です。企業活動や全てに言えま
すね。私も学生に、出来ない理由を開口一番口にする「癖」を直し、最悪でも「Yes、
・・・、but・・・」の構文で話すようにと指導してきました。

彼の危機感の基底は、地球温暖化により、ヒマラヤやチベットの山岳氷河が消滅し、
北極と南極の氷が融解し、そしてこれに伴う灌漑システムの崩壊と海面上昇による水
田の喪失が起こり、結果として食糧の安定供給(フード・セキュリティー)が脅かさ
れ、最悪の結果は食糧の争奪戦争になり人類の文明が滅びる、という事でしょうか。
さらに人口増加と、新興国の経済成長による、穀物から畜産品への移行が食料供給を
さらに危うくするという事です。地下水の汲み上げによる灌漑システムも、既に限界
を超えているという事です。日本は例外的に雨量が多いので表層水だけで灌漑してい
る幸運な国です。つまり日本の絶対的な優位性は水資源に恵まれているという事です。

ですから文中、彼は繰り返し貴重な食料であるトウモロコシや大豆から燃料のエタノ
ールを生産する暴挙を咎めています。前に紹介したポール・ホーケンの言葉、「今、
私たちは、未来から盗んだものを、現時点で売り、国内総生産と呼んでいる。未来か
ら盗むのではなく、未来を救うことに基づいた経済にすることは同じくらい簡単だ。
未来の為に資産を築く『修復』か、未来の資産を奪う『搾取』か、どちらかを選ぶこ
とが出来る」を引用しています。お二人はいい関係ですね。

そして、7つの提案からなる「プランB」を解説しています。それは、1.炭酸ガス排
出を削減するエネルギー効率の革命、2.再生エネルギーへの果敢なシフト、3.持
続可能でウェルビーイング(well-being)な都市設計、4.貧困を解消して人口を安
定させる、5.環境を修復する、6.フードセキュリティーの実現、7.公正な市場
の構築と、補助金と課税のウィン・ウィン戦略、です。この詳細を事例や数字を引い
て解説しているのが本書です。

日本について幾つか言及していますが、日本の家電でエネルギー効率化をさせたトッ
プランナー方式を世界で最も強力なシステムである、と高く評価しています。即ち、
最高の効率の製品を基準にする事で15-80%、の改善を実現したと。また、「日
本の新幹線は、四十数年間に数十億人の乗客を運んだが、鉄道事故による死者は一名
もいない。到着の遅れは平均20-30秒ほどである。現代の『世界七不思議』を選
ぶとすれば、“新幹線”は間違いなくその一つに選ばれるだろう」と、これは称賛を
超えています。

彼のユニークなのは提案する「プランB」の予算を算定している事です。それは1870億
ドルでアメリカの軍事予算の約三分の一であり、世界の軍事予算の13%に相当する
とあります。ちなみに2009年半ばで、イラク戦争の戦費は約6420億ドルであると。

彼が挙げている社会変化の三モデルが面白いですね。一つは「大惨事警鐘モデル」、
劇的な事故が我々の思考や行動を抜本的に変える。二つ目は「ベルリンの壁モデル」、
長い時間を掛けて思考や姿勢が変化して社会が特定の問題で“転換点”に達する。三
つ目は「サンドウィッチモデル」、活発な草の根運動が特定の問題で変化を促し、こ
れと強力な政治のリーダーシップが呼応する。幸か不幸か日本は「大惨事警鐘モデル」
になっていますが、これを機に思考と行動を根本的に変える決意が必要ですね。この
本は2009年以前の発行ですが、まさか地震や中国の事故の予兆を感じていたのでしょ
うか。

最後に、「世界が直面している環境問題について私に何が出来るでしょうか」とよく
質問されるそうですが、相手はライフスタイルの変化についての答えを期待している
と判っていても、「政治に参加することである」と答えるそうです。