◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2009/11/04 http://dndi.jp/

科学技術が担う「25%削減」の国際公約

・未来を拓くサイエンス‐パネル討論の実力
・JSTの1丁目1番地「課題解決型基礎研究」
・大野伊三男さんとの「シーサイド物語」
・黒川清氏の「カナダからの報告」
・山城宗久氏の「マイ・カー・ライフ」

DNDメディア局の出口です。久しぶりで東京・新橋から「ゆりかもめ」に乗 って、「お台場」に向かいました。乗客の姿はまばらで4人がけの席を独り占 めです。この新交通の車内が落ち着いて見えるのは、やや活気が失せてしまっ た印象の裏返しかもしれません、が、実際はどうなのか、気になるところでし た。しかし、レインボーブリッジからの眺めは絶景で、真新しいビル群を背景 にした東京湾は、午後の明るい光に溢れていました。やはり、海の見える風景 は、気持ちが和みますね。


文化の日の3日、テレコムセンター駅で下車し、北側のウエストプロムナー ドを歩き始めました。この街の初期のにぎわい創出に関わった立場からすれば、 まず、うっそうたる樹木の成長ぶりに歳月を感じました。「ゆりかもめ」が走 り始めた時期でした。お台場の施設が開業前で、「空気を運ぶ」と揶揄されて いたこともありました。あれから14年ですものね、背丈に満たなかった低木が、 枝を広げもう見上げるくらいの大きな木になり、「青海フロンティアビル」の 北側の空き地は、どうなるのかなあ、と思っていたら、ガラス張りの産総研の 研究センター、日本科学未来館、そして東京国際交流館など、サイエンス系の 拠点がいつの間にか整備されていました。



ウエストプロムナードの街路樹、遠くに球体が光るフジテレビ


このプロムナードを歩いていると、あまりに懐かしく、都庁で臨海副都心開 発計画が具体的にスケジュールに上り始めた、あの頃の事がいろいろ思い起こ されます。そこからフジテレビの銀色の球体が、まばゆく反射して見えました。 海風が吹くのですね。穏やかな冬の始まりを感じながら、さあ、意識を切り変 えて、サイエンスアゴラの会場に急ぎました。


「わたしたちの未来を開くサイエンス―地球・くらし・いのち―」と銘打っ た内閣府主催のサイエンスシンポジウムが、東京国際交流会館の会議場で開催 されていました。サイエンスアゴラのアゴラは、ギリシャ語で広場を意味しま す。「科学と社会をつなぐ広場」を提供し、サイエンスに対して知りたいこと、 考えていること、言いたいこと、訴えたいことを集約する場であり、一般の市 民から科学者、研究者まで、全ての方々に開かれた広場だという。10月31日か ら3日までの期間、この周辺の施設を会場にイベントや展示会、実演などが開 かれていました。科学技術リテラシィを深める意味で、とても意義深い企画と 思います。が、今年で3年目というのに、ふ〜む、知りませんでした。今年の 参加者は科学コミュニケーターと呼ばれる人達を中心に延べ8500人を超えたそ うです。


私が参加したシンポジウムは、主催者である総合科学技術会議の重鎮で議員、 前東京工業大学学長の相澤益男氏をモデレータに、参加されたパネラーは、総 合科学技術会議から元新日鉄副社長の奥村直樹氏、元政策大学院大学副学長の 白石隆氏のお二人、朝日新聞論説委員の辻篤子さん、日立製作所の元副社長の 中村道治氏、東京女子医大先端生命医科学研究所教授の大和雅之氏、そしてア ゴラ主催側のJST理事長の北澤宏一氏というご専門の方々でした。


その趣旨は、夢の実現や地球が抱える課題解決に真っ正面から取り組む研究 開発の現状を紹介し、わが国の新たな第4次科学技術基本計画策定を展望しな がら議論を深めていく、と説明されています。科学技術の果たすべき役割を問 い直し、現実の問題にいかに応えていくか、という今日的な科学技術の目指す べき方向性に言及していました。


総合科学技術会議といえば、この9月から鳩山首相を議長に、菅直人副総 理・科学技術政策担当大臣、直嶋正行・経済産業大臣ら6人の新閣僚が名を連 ねています。新政権といえば、マニフェストで示した温室効果ガス90年比25% 削減を国際公約とし、その実現に向けて大胆なかじ取りを進めています。が、 その具体的な道筋が見えてきません。開会中の予算委員会で自民の斉藤健氏か らは、「いかなる検討プロセスを経ていかなる政策の中で実現しようとしてい るのか」と突っ込まれ、国民生活の負担や産業への影響や"真水の削減"はいく らになるのか‐などとの鋭い指摘がなされたところですが、そこで期待される のが優位性のある我が国の研究開発の成果であり、先端の科学技術に裏付けさ れた環境技術だろう、というのも頷けることろです。


結論から言えば、その科学技術の果たすべき今日的意義をよく知悉されてい るようで、このシンポでは「90年比25%削減」の実現のための科学技術の役割 が強調されていました。JSTが、総合科学技術会議が、それぞれに新たな技術 開発や先端技術の実用化に向けたロードマップを精査し、今後の第4次の科学 技術基本計画に盛り込んでいく意向のように、受け止めました。「未来を拓く サイエンス」の出番であり、「地球・くらし・いのち」というテーマの核心を ついているように読めました。



未来を拓くサイエンスーパネル討論=東京国際交流会館


少し遅れて会場に入ると、2階席まで大勢の参加者を集め、すでに科学ジ ャーナリスト、餌取章男さんの基調講演が始まっていました。餌取氏は、「技 術は、神の手段か、悪魔の手先か」と問いながら、日本が世界から尊敬される ためには、政治的ではなく、軍事的でもなく、また経済のためでもない、と前 置きして、「世界に貢献するには技術しかないのではないか、技術者が尊敬さ れ、技術が歓迎されることが大切です」と、科学技術の社会的使命に言及して いました。


パネル討論に移ります。モデレータの相澤氏は、その冒頭、第3次科学技術 基本計画(18年4月から22年3月の5年間、予算規模約25兆円)に触れて、国民 にどう親近感を持って迎えられるか、というのが重要なテーマでした。未来を 拓いていく科学技術がキーワードで、もっと近い存在で大きい期待を抱かされ るものでなければならない、という観点の重要性を強調していました。


そのテーマを受けて、口火を切ったのがJSTの北澤氏で、JSTの役割と科学技 術の関係を捉えて、まず国民の課題を解決し、社会の変貌と合わせて変化して いく。そういう社会の期待に応えていくことであり、低炭素社会に向けた取り 組みを世界の先頭を切って30年、50年かかってもやっていくことが考えられる が、地球環境の保全に対して、日本がどのようにやっていくのかを未来世代の 若者が同意し共感するメッセージを発しなくてはならない、と訴えていました。 「2020年25%削減」については、北澤氏は、経済産業省などが中心の実施官庁 となり責任あるプランを作って実施していく。文部科学省の役割はといえば、 それをより加速する、より生活を明るくするといった科学技術のブレークスル ―を起こすことが課題解決型基礎研究の役割であり、これを振興していきます。 これをJSTの1丁目1番地と定め、未来の低炭素化への取組を明るくする、と説 明しました。今後のその他の重点的取り組みについては、科学技術外交、地域 振興に向けた地域大学への卓越人材の移動、サイエンスコミュニケーションの 推進―を挙げていました。


朝日の辻さんは、記者らしい観点から科学者の社会的責任を挙げ、いかに社 会に対して発信し、発言してそして提言していく力を高めていくかだと思うと 語り、それも科学的根拠に基づいた政策や提言が重要で、「いまの時代の変革 は科学技術がカギを握っており、科学者の責任は重大です」と指摘していまし た。


唯一医学系の研究者の大和氏は、東京女子医大で開発された先端の医療技術 のあれこれを、例えば、再生医療分野で10年がかりで製品化にメドをつけた角 膜上皮幹細胞疲弊症や、1−2週間の短期の入院で治療を行う食道がんの内視鏡 的切除後の人工潰瘍などの成果を紹介し、「これらは医工融合の研究体制の中 から生まれた」と語り、早稲田大学との連携で開設した先端生命医科学研究所 (TWIns)の拠点の特徴を説明しました。


TWInsは、以前、特許庁審査業務部長の橋本正洋さんのご案内で視察に伺っ たことがありました。仕切りのないフリーな研究スタイルが自由な雰囲気を醸 し出していたことを思い出しました。


産業界からの視点に立った中村氏は、「モノづくり国家」から「コトづくり 国家」への新しい流れを紹介し、日立製作所の創業者で明治・大正時代の実業 家、小平浪平氏(1874年―1951年)らの言葉を引用して、開拓者精神に基づい た「自由独創の気風づくり」が求められる、と述べ、グローバルな事業展開へ の要諦は「人財である」と言い切り、その「人財」への積極的な投資を促して いました。


奥村氏もやはり、「人材こそ、わが国の貴重な人財」と口をそろえ、「科学 技術は役に立つか」のアンケート調査を紹介しながら、「GDPの視点」、「産 業構造をどう変えていくか」などへの考察も重要と解説していました。


国際政治のご専門で、東アジアやインドネシアの研究に造詣が深い白石氏は、 科学技術のポリシーという、どういう国にしたいか、世界、世界の中で日本を どう位置づけるか、中国が日本を追いぬいているという現実問題にどう向き合 うか、などのポイントをいくつか指摘した後、政権交代を日本の転換期とする 場合、どういう風に位置づけていくか、という具合に、いくつもの問題提起を されていました。科学技術ファクターに加えて、イノベーションがより重要で それを加えていかなくてはならない、と付け加えました。


議論は、奥村氏が我が国のオープン化、世界に拓くことの重要性を訴えれば、 北澤氏がJSTのイノベーティブは研究成果が海外企業からのオファーが多く国 内企業が少ないという問題点を指摘していました。会場からの意見や提言も活 発で、時間ぎりぎりまで参加者からの意見が続いて、壇上と会場の一体感が感 じられました。とても率直で刺激的なシンポでした。


会場を出ると、シンポ会場への通路や階下の壁際に展示ブースが設けられて にぎわいを見せていました。科学の実演コーナーでは大勢の子供達が目を輝か せていました。



目を輝かせて実験に見入る子供ら


また、このシンポに先立って開かれたJST主催の公開討論「イノベーション と規制を考える」は、なかなか緊迫した議論が展開されたようです。イプシ・ マーケティング研究所の野原佐和子さんをモデレーターに早稲田大学教授の尾 崎美和子さん、日立のIT戦略担当本部長の梶浦敏範氏、新日本石油の斉藤健一 氏、リーテム会長の中島賢一氏、ユーラスエナジーホールディングス常務の中 村成人氏がパネラーで登壇し、コメンテーターに前総合科学技術会議議員の阿 部博之氏、慶応大学教授の金子郁容氏、JST事業主幹で元日経論説委員の鳥井 弘之氏という顔ぶれでした。


参加していませんので、詳細は省きます。が、ここで指摘されたテーマがタ イムリーで我が国のウィークポイントを見事に突いています。その趣旨をご覧 になってください。「日本が技術力で勝りながらも国際競争で遅れをとってし まう原因の一つとして、社会的な規制や制度があげられるのではないでしょう か」と問題提起していました。


『技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるか』(ダイヤモンド社)で、技術だ けで勝てない時代という問題提起とその処方となる勝利の方程式をズバリ解き 明かしたのは、東大教授の妹尾堅一郎さんでした。この本をもっと詳しく紹介 しようと、そのタイミングを狙っているのですが、なかなか思うようにまかせ ず延び延びになっています。目から鱗−です。


■お台場の草創期に創刊の『シーサイド・ストーリー』と親友の大野伊三男さ ん


帰り道、ビッグサイトに近い国際展示場駅で、ひょっとしたら、と改札周辺 をウロウロしていると、入口のラックに置いてあるのを見つけました。お台場周辺を ナビゲートするフリーペーパー月刊「シーサイド・ストーリー」です。通巻で 160号を超えていました。これって、その昔、青島知事の都市博覧会中止と臨海 副都心開発計画の見直し−という予期せぬ事態を受けて、なんとかお台場を元 気付ける趣旨で創刊したのが、この雑誌でした。最初はタブロイド版で部数が 40万〜50万と圧倒していました。この創刊を手掛けたのが、実はこの私で、私 を支えてくれたのが当時、東京都港湾局広報担当だった大野伊三男さんでした。 現在、青海フロンティアビル上階にある「東京みなと館」の館長です。


いやあ、懐かしい。臨海副都心の黎明期、あの人、この人となんだか全力で突 っ走っていましたね。一瞬の夢のようです。


そんな感慨に浸っていると海風が強くなり、お台場が暮れてきました。遠く には富士山のシルエットが大きく浮かんで見え ます。茜色に染まる赤富士でした。陽が沈むと、大きな満月が煌々と輝き上ってきま した。あの時の人たち、お台場の草創期を築き上げた人たちは、いまどうし ているだろうか。お台場付近には、もう大野さんしか、居なくなりました。




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【コラム】黒川清氏の『学術の風』の最新号は、「オタワでグローバルヘルス、 トロントでイノベーション」。ご自身の海外でのご講演のお話です。カナダは 来年G8サミットを迎える主催国ですが、おそらく最後のG8で最初のG20と見通 しながら、グローバルヘルスが主要な議題となるため、「カナダの様々な分野 でいろいろな努力が重ねられ、交渉や準備がなされてきたことでしょう」と黒 川先生。そのオタワ、トロントからの現地報告です。これが10月29日のアップ ですが、今頃は、どこへ飛んでいらっしゃることでしょうか。黒川先生のブロ グから、世界の動きが見えてくるようです。英語版でもどうぞ!


【連載】東京大学産学連携本部副本部長の山城宗久氏の『一隅を照らすの記』 は、第5回「マイ・カー・ライフの巻」です。読みながら、頭の中には、クリ ント・イーストウッド監督・主演の『グラン・トリノ』を思い起こしていまし た。人生の締めくくり方に迷う老人と人生の始め方を知らない少年…。山城さ んは、愛車に人生ならぬ、"車生"という言葉を贈っていました。




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