◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2008/06/18 http://dndi.jp/

NHKスペシャル「沸騰都市」の醍醐味

 〜押井守氏、原丈人氏、新井明男氏の連環〜

DNDメディア局の出口です。あああっ、熱い、まばゆい。俯瞰した高層ビル が林立する都市のコラージュ、その真ん中に炎の渦がゆがんだ「沌」の文字を 浮かびあがらせていました。赤黒いマグマの噴出は何を暗示しているのでしょ う、祈りかそれも呪文か、そして、聴こえてくるのは、陰々として胸苦しいほ どの音調、暗く沈む怨念の旋律、そして朱に染まる「沸騰都市」のタイトル文 字は、鮮烈でした。


このところ数々のヒットを飛ばすNHKスペシャル、そのシリーズ「沸騰都 市」のタイトル映像です。スクロールするエンディングの画面に、アニメ界の 巨匠、押井守氏の名前、なるほど〜。続いて、プロダクションI.Gとなれば、 その音楽はやっぱり、鬼才・川井憲次さんでした。なんと、あの名作『イノセ ンス』の製作チームと一緒ということに気付くのにそれほどの時間はかかりま せんでした。ほんの数秒の映像ですが、そこに時代を突き抜けるクリエーター らの魂のエッセンスが凝縮されているようでした。ふ〜む。


さて、このシリーズ「沸騰都市」の制作の狙いはどこにあるのか、NHKの ホームページにある解説によると、〜今から30年前、地球上に人口1000万を超 える都市は、東京、ニューヨーク、メキシコシティの3都市だけだった。いま、 その数は20となった。上海、サンパウロ、ダッカ、イスタンブール…。ほとん どは、新興国の都市だ。20都市だけで世界のGDPの半分を占める。国連人口白 書は今年、「都市の世紀の幕開け」を宣言した〜という。


そして、その煮えたぎる都市の地殻変動を描くのが、シリーズ「沸騰都市」 で、第1回はドバイ「砂漠に湧きでた巨大マネー」、2回目がロンドン「世界 の首都を奪還せよ」と続いて、第3 回が22 日の日曜夜放映の「ダッカ"奇跡" を呼ぶ融資」でした。語りは低く響く志賀廣太郎さん、ディレクターに久米麻 子さん、制作統括に寺園慎一さん、川畑和久さんの名前がありました。彼らに スタンディングの拍手でしょうか。


この「ダッカの"奇跡"〜」の番組も強烈でした。
 「世界で最貧国に数えられてきたバングラデシュが年5 %を超える目覚まし い経済成長を持続している。政府は十分に機能せず、輸出する天然資源もなく、 外資にもほとんど頼れないこの国が、なぜここまで急速な発展を遂げたのか ―」と問う。


その原動力は、無担保で少額を連帯で融資するマイクロクレジットの存在で、 紹介されたのは、ノーベル平和賞を受賞して一躍脚光を浴びたグラミン銀行や それに総裁のムハマド・ユヌス氏ではなく、それとは別の世界最大級のNGO「B RAC」(ブラック)の取り組みでした。いずれも、スラムに住む貧困層、繊維 工場を営む中間層らに無担保融資し、貧困解消と経済的自立を促しているのだ、 という。アピール上手のグラミン、事業に秀でるブラックという構図らしい。


少ない額の融資で事業を起こし、自立を願う女性ら〜なんだか、このあたり に起業家教育の原点がありそうです。色鮮やかな衣装を身にまとって喜々とし て働く女性らの、澄んだ瞳に無垢な笑顔、みんな輝いています。そして、そこ に貧しさを希望に変える知恵と工夫があふれ、その日常のリアルな息遣いの中 からなんと安易な援助を拒むという、確かな自立のメッセージが感じ取れまし た。このイスラムの健気で気高い女性に学ぶべきところが多いにありそうです ね。


映像は、市場の一角で雑貨店を構える女性らにマイクを向けていました。少 しはにかんで白い歯がこぼれています。カラフルな衣装の女性が「私たち十分 に頑張って自立しているの」といえば、白の衣装の女性は「日本より発展でき ますよ。日本の前を走れます」と言い切る。


そして、朱色の服を身につけた女性は、「がんばることなら負けません。お 金が欲しい、と人に言いたくない。それが貧しい、私たちの考えです」という セリフも意味が深い。また白の女性は、「前はどうしていいか分からなかった。 ブラックが豊かになる方法を教えてくれた。誰にも私たちを止められません」 と胸を張っていました。


15%の金利、少額の借り入れでまず起業に踏み切る。そして着実に一歩ずつ 進む姿は、晴れやかでさえある。自立は、期日の納品や返済、そういう約束事 をきちんと果たす、ということから始まるのでしょう。ブラック銀行への返済 率は、99.5%だという。いやはや、これが生きた起業家教育なのですね。以前、 米国のバブソン大学を視察に行った時、起業家の輩出が多い国の上位は、その ほとんどが開発途上国に集中していたことを記憶しています。アントレプル ヌール、その原点は自立のモデルにあるのかもしれません。


まあ、その裏には金銭の貸借ですから踏み倒して姿をくらましたり、行き詰 って逃げ出したり、ということもあるのでしょうけれど、多くの女性が自力で 豊かさ享受する、そこにコミットするNGO「BRAC」の存在は、銀行のいわば、 社会的役割を見事に演じて見せているのではないか、とこれにも感じ入ってし まいました。


続いて、従業員2000人、欧米各国から仕事を受注して急成長している縫製工 場。その経営者、ラフマン・テプュ社長は、貧しい農村の出身でした。縫製工 場の一工員としてスタートし、15年で世界を相手にビジネスを拡大する立志伝 中の人物となったという。彼は、またブラックから融資を受けて縫製の工場を 拡大させている同業者に「ひとつだけ覚えておけばいい」と、アドバイスをし ていました。それは―。


「バングラデシュでは政府も誰も手伝ってはくれない。自分の足で、自分で 上がって、上にあがらなきゃいけない」。


デプュ社長の下で働く女性の工場長は、彼女も見習い工員から這い上がった 努力家でした。彼女が、ミシンを踏む女性のまえで「人間は一生懸命やればな んでもできるのよ」と檄をとばすと、製造ラインの隅にいた中年女性が「頑張 ればできるのですね」と相槌を打ち、傍にいた瞳の大きい若い女性は「働くの は楽しいです。誰かのお金を頼らず、自分は自分の力で生きているの」と目を 輝かせていました。


番組の後半、このNGOのもうひとつの社会貢献の姿を映し出していました。 ダッカから北へ60キロのラジャバリ村、毎年洪水で田畑が流される貧しい農村 だという。固定電話は、ない。新聞を読む人もほとんどいない情報から孤立し た村でした。ある日、そこに三輪オートに載った村人が拡声器で、「グッドニ ュース、グッドニュース、村にインターネットがやってくる」と触れまわって いました。


NGO「BRAC」が、貧困の原因は、情報格差にある、と考え、農村の図書館や 学校にインターネットを普及するプロジェクトを始めていました。BRACが3年 前に通信会社「ブラックネット」をたちあげました。まず、ダッカ市内全域に 最新の無線通信システムを導入した結果、加入者は急増し、売上は毎年倍増で、 ビジネスとして大成功を納めているんですね。


ブラックネットは米国のベンチャーキャピタルとの合弁会社で、日本の丸紅 も出資しています。BRAC本部の経営会議、そこでは株主を交えて議論が続いて いました。毎回議題となるのが、赤字が予想される農村のインターネット普及 事業、貧困解消と安定したビジネスの両立でした。


会長のアブドゥル・ムイード・チョドリーさん、農村の生活を向上させて、 人生の機会を与えることになれば、国全体が前に進むきっかけになるのではな いかーと問題提起すれば、丸紅の担当者は、確かにそれは社会貢献ですね、し かし、ビジネスとしての利益(採算)は?と問う。そのやりとりをメモしなが ら何気に画面を見つめていたら、きりっと端正な顔立ちの、どこかでみたよう な日本人らしき人の顔が写っていました。


あああっ、国際的なベンチャーキャピタリストで、日本の将来の通信基盤の あり様を繰り返し提言されているデフタ・パートナーズ会長の原丈人さんでし た。原さんは、この課題に対して「ビジネスの拡大は、経済を活性化し、将来 的には農村の施設こそが収益をあげるんじゃないですか」と、その事業の見通 しを述べたことがチョドリー会長の提案を後押しする格好になっていました。 う〜む、こんなところに原さんが〜。これもサプライズでした。ご活躍という より、それが彼の本当の姿なのかもしれません。そのグローバルな社会貢献の 真摯な姿勢に、敬服です。


そして、インターネットで情報の格差が解消されると、いずれ農村の所得が 向上し、そしてやがてビジネスになる―ということで農村への普及が事業とし て継続されることに決まりました。ラジャバリ村へのインターネット敷設はそ の一環で、接続の日の祝典は村挙げてのにぎわいでした。もう大騒ぎで、太鼓 を打ち鳴らす青年、沿道を埋め尽くす女性らが花を散らし拍手をし、校庭では 民族の舞いが披露され、小中高の生徒が全員集められていました。


チョドリー会長が姿を見せました。挨拶で「インターネットは使わなくては 意味がありません。きっと変化が訪れ、貧困もなくなるでしょう」と話してい ました。短い内容だが、明快ですね。映像はインターネットのデモの風景をと らえていました。教室に2台のパソコン、子供らがその画面を食い入るように見詰めている。北極のシロクマ、大回転のスキーヤーの画像…その氷や雪を知らない灼熱のラジャハリ村の子供からみれば、まるで遠い未知なる「不思議発見!」の世界と映ったことでしょう。


ナレーターはその様子を「子供達の瞳に世界が映っていました」と表現して いました。少年の黒い瞳に液晶の画面が揺らいでいました。なんだか、わくわ くした高揚感が伝わってきます。未来があるのなら、もう一度「3丁目の夕 日」みたいに時代を走り抜けてみたいものですね。


そして、早朝、ダッカの港に熱風が吹いていました。南部の農村から、20隻 以上の船が到着する。乗客は多い日は3万人を超えるという。その多くは、故 郷から全財産を持って働きにやってきた人たちでした。日焼けした中年男性が、 働いて、ちゃんと食べて幸せになるために来たんだと、強い口調で話していま した。その決意に迷いは感じられませんでした。


怒涛のように流れ込む人々に、ダッカはチャンスを与え続けることができの るか、15年後ダッカの街は人口が現在の倍の2200万人に膨れ上がると予測され ている、ナレーターは結んでいました。


そしてタイトル映像にエンディング、文字通り、沸騰する世界都市の今、そ れは凄い迫力でした。ふ〜む。来週は、第4回イスタンブール「激突 ヨーロ ッパかイスラムか」です。全8回、このシリーズから目が離せません。


その放映の最中、北海道帯広市に住む友人にメールを送りました。彼は、昨 年までの3年間、JICAのバングラデシュ所長を務め、現在JICA帯広国際セン ター所長の要職にある新井明男さんです。福岡県飯塚市出身で、実は彼が ヨーロッパ帰りの僕に、いきなり新聞記者職を勧めた大学の同級生なのです。 彼にこの番組の感想とバングラデシュの様子をお聞きしてみました。


「バングラでは、短期間で急成長した企業家とも何人か知り合いになり、 その仕事ぶりと日常の生活も目にしてきました。例えば、社会全体が急成長す るときの勢いは、中国(中国大使館でも勤務)で感じたものに似ています。そ れと、番組に登場するイスラムの女性をみていると、覇気がある、失敗を恐れ ない、家族の絆が強い、それに、汚職が多いという社会風土からは意外なこと に、これは宗教的な背景からなのか、社会貢献を生き方の柱にしているといっ た面があることに気付かされます」と説明し、「つまり、それは個人生活の時 間割に宗教の時間が毎日、年間行事として息づいており、自分の人生を見直す 座標軸を持っているからではないか」と解説していました。なるほど〜。


バングラでのJICAは、100 人近い専門家、ボランティアが活躍していて、そ れ以外に、JICA事務所の中には、日本人20人、バングラ人30人近くが働いてい るのだという。新井さんの赴任中に、バングラにお邪魔できなかったのが唯一 悔やまれるところです。


☆       ☆        ☆


さて、連載は、塩沢文朗さんの「原点回帰の旅」の34回「多様な市場経済と 多様でない投資の形」という、塩沢さんの第1回の論文で自問した「市場経済 って何?」に答えを見出しているような内容で、日本のエコファンドの基礎を 築いたとされる(株)グッドバンカー代表の筑紫みずえさんの「創立10年」の 軌跡にも触れています。


「中国のイノベーション」の張輝さんは、第18回「長沙・中国バイオ産業の 鼓動を加速する」というタイトルの力作で、第2回中国バイオ産業大会の模様 が熱く伝えられています。その一部〜33℃の高温と千人一堂の体温が相まっ て会場の熱気が上昇し続ける中、国家改革発展委員会により、10のバイオ領 域の「国家工程実験室」(国家エンジニアリング実験室)が新たに設立すると 発表され、開幕式閉会を迎えた。そして、国際展示センターの正門がゆっくり と開かれた〜と。いよいよ中国バイオが本格始動のようですね。


もうひとつ、好評のワシントンの服部健一さんの番街編は「史上最高の戦い といわれたUSオープンゴルフ」。あえて、サブタイトルをつけるなら、「赤い シャツの最後の死闘」、う〜む、ちょっとベタ過ぎますね。しかし、僕もテレ ビで見ていました。いやあ、よくぞここまでゴルフを究極のエンターテイメン トに仕上げてくれたものです。まさにドラマの連続でした。いつものように生 きた英語の学習にも役立ちます。その一部〜。


「もし、タイガーがベストであれば世界中の誰が闘ったって負ける(If anybo dy in the world goes up against Tiger when he is at his best, they are going to lose)。誰だって同じだ(I don't care who it is)。今週、彼はベ ストといえたかな?(Was he at his best this week?)。勿論、非常に良かっ たが(He was pretty good)。しかし、彼がケガをしていたのは明らかだ(Obvio usly, he was hurt)。でも、結局彼はベストであったことはいつも通りだ(But, there is where he was his best, always)。彼はそういう男だ・・・負かす のは不可能に近い・・・(He is who he is ・・・the guy is impossible)」。 続きは本文をどうぞ。それにしても、服部さんの原稿を読んでいると、ゴルフ がやりたい、と思ってしまいます。


さて、さて、明日から大分で産学連携学会が始まります。う〜む、どうして も抜けられません。残念ながら欠席となりそうです。29日からは北海道洞爺湖 サミット関連のイベント取材で、北へ飛びます。そのため、次回は1日遅れて7 月3日の配信になりますのでご了承ください。


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