◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2008/01/23 http://dndi.jp/

NHK会長ポスト争奪の確執

   〜株インサイダー取引疑惑の核心〜

DND事務局の出口です。寒風の街に白く雪が積もりました。が、そんなに長持 ちしなかったようです。せっかく降ったのだから一層のこと雪国のようにどさっ と積もって、何もかも埋め尽くしてくれればいい。やがて穏やかな日差しが、そ の数々の汚れを雪と一緒に溶かして消してくれないだろうか。そんなこと、どう ですか、やはり儚いことです。


NHKの報道記者ら3人による、株のインサイダー取引疑惑の波紋が広がっていま す。なんと間が悪いのでしょう。年明けから連日、株価急落のニュースが続いて います。そんな中で、NHKの記者だけが接することが可能な情報を悪用して儲け たというのでは、一般投資家の感情を逆なでしそうです。


疑惑発覚の17日は、NHK会長の任期の24日まで数えてわずか7日、そのゴール寸 前の3日前になって今度は辞意を表明する、という事態を招いてしまいました。 いやあ、この人にとっては誠に不運としか言いようがありません。


謝罪会見の17日、NHK会長の橋本元一さんは、きちっと机に指をついて頭を深 く下げていました。もう切腹を覚悟した野武士のようで観念した風貌でした。律 儀な対応でした。「報道に携わる者が、報道目的の情報を自己の利益のために悪 用したことは許されない」と渋い表情でコメントを読み上げていました。辞任表 明の緊急会見の21日には「まだまだ私の志が組織に徹底していない。まさに恥じ 入る」と無念さをにじませていました。


相次ぐ不祥事に揺れるNHKの会長の座。ちょうど時計の針を3年前に巻き戻した ような厳しい批判の渦中に再び身を置いているようです。当時、評判番組のチー フプロデューサーによる制作費の着服などその前年から不祥事が相次いで、受信 料の不払い問題が急を告げていました。その引責で辞任した海老沢勝二前会長の 後任として内部昇格したのが、橋本さんでした。「まっすぐ、真剣。」そんな標 語を掲げて「信頼回復」に専心し、改革を進めてやっと軌道に乗っていた矢先で した。


が、昨年暮れ、橋本会長ら執行部の次期経営計画案に対して外部有識者らで構 成するNHK経営委員会(委員長・富士フイルムホールディングス社長の古森重隆 氏)が了承しませんでした。その確執のあおりで、橋本さんは会長の座から引き ずり降ろされた格好でした。ご存知のように、後任の新しい会長には、委員から 異議があったものの、アサヒビールの相談役の福地茂雄さん(73)が選ばれまし た。これでNHKは、完全に財界関係者らに包囲された印象を内外に植え付けてし まいました。財界出身の会長は19年ぶりという。古森委員長は、福地新会長を 「大企業の経営者、改革を進められるし、文化的素養も十分」と太鼓判を押して います。が、どちらかというと福地さんは営業畑でアサヒビールの社長、会長を 歴任し、経営委員長とタッグを組んで進める、新生NHKのかじ取りは、財界本位、 経営本位になる、という懸念もささやかれています。


ご本人は、「質の高い番組を社会、文化、教育、経済など大きな問題で発信す ることにNHKの意義を感じ、引き受けた。NHKは電波という形のない商品を届ける だけに、人材が大きい。トップは、組織をまとめる軸足がはっきりしてればい い」と語っているようです。嵐の中を進むような状況でしょうか、メディアのト ップとしての見識をも期待したいと思います。


それにしても、表に裏に、そんな確執があって、まあ、ジャーナリストの端く れからすれば、NHKという歴史あるテレビ媒体のジャーナリズムの矜持、その魂 の継承は大切にしなければなりませんね。


少しインサイダー取引疑惑の事実をかいつまんでみましょう。昨年の3月8日、 特ダネニュースがオンエアーされる時刻と市場が閉まる午後3時、その前の22分 の間に、NHKの若手中堅の報道記者らは職場を抜けたりしてこの特ダネを社内の 端末から閲覧して株の取引を行い、翌日株価が上がったころ合いをみて売り抜け て利益を上げていた、という。


彼らによる、オンエアー直前の特ダネ情報を悪用した、それも勤務時間中の株 のインサイダー取引疑惑。明日24日に調査の全容が発表される運びですが、いま のところ判明しているのは、岐阜放送局の記者30歳、在京の報道局テレビニュー ス部制作記者33歳、それに水戸放送局放送部ディレクター40歳の3人です。売買 した株は、それぞれ3150株、1000株、それに3000株の合計7150株で、利益は、順 番に9万8千円、44万8千円、そして51万4900円でした。株数に利益が連動してい ないのは、株価の変動によるためです。


発覚のきっかけは、証券取引等監視委員会がこれら株の不自然な動きをチェッ クしてNHK記者らの取引にたどりついたらしい。その日、問題の銘柄とされたカ ッパ社の株は、直近2ケ月前の平均でみれば1650円前後で推移していたものが172 0円に上昇し、扱い高も前日に比べて10万株も多い17万1100株だった、という。 う〜む、彼ら3人合計しても1万株に満たない数字、その変動が不可解ということ であれば、残る9万株以上の売り買いは、どうなっているのか―というのは、そ れほど重要なことではない。


NHKは情報の端末に接することができる全職員から聞き取り調査を実施し、そ の全容を明日24日、経営委員会に報告する、という。第1次の調査で、勤務時間 中に株の売買をしている職員が2名いたことが判明し、その処分を急ぐことを表 明しました。


ああ、なんだか、これじゃ、まるで中世の暗黒時代の魔女狩りだ〜。勤務時間 中に株取引というのは、確かに職務怠慢の責めはうけなければならない。そのヒ アリング調査も自己申告ということだから正直に申告したら処分される、という ことでしょうか。昔の職場で日中堂々と株の売買をしている記者が何人もいまし たし、この株取引が即悪ということで、他のメディアだって穏やかじゃないハズ です。こういう風に、途端にバッシングが勢いをます、というのは時代の危うい 証拠です。他のメディアだって、一斉に点検しなくてはならないでしょう。


同僚がつかんだ情報で儲ける、というのはとても許しがたいことですが、NHK の情報セキュリティーをまずちゃんとすることでしょう。これは、それでお仕舞 いです。懸念は、いいですか、明日24日の調査結果の公表の内容です。この内容 があるものの全容を解明していればいいのだが、この調査結果に含まれていない 新たな疑惑や事実が、再び発覚することが、さらに大きな問題になってきます。 株取引の不自然さは、10万株にも及んでいました。そのうち判明したのが7150株 にすぎません。


他にインサーダー取引した職員、幹部はいないのか、あるいは、この情報を部 外者にリークした職員はいないのか、だったら24日は第2次調査としてさらに調 査を続行する、という風にした方が無難です。だって、どこから玉が飛んでくる か分からないのですから。新たな疑惑がある、という前提で第3者機関を入れて 調査を続行すべきです。愛すべきNHKが火だるまにならないための処方のひとつ です。


もうひとつの大きな懸念は、NHKへの政治介入という、古くて新しい問題です。 この22日は自民党電気通信調査会が橋本会長を呼び、議員から「不祥事からの再 生のために就任したのに、成果が十分発揮されていない」といった厳しい指摘が 相次ぎ、そしてケジメとして理事全員がいったん辞任すべきとの意見が大勢を占 めた、という。まあ、この程度は、政治介入ということにはなりませんね。自民 党の電気通信調査会としての当然の見識ある対応だと思います。


〜もともとNHKは逓信省の外郭として、資金の大部分を政府から仰いで発足し たものであり、その後もずっと独占という形で特別の保護を受け、民間放送が生 まれてからも聴取料(受信料)の独占が許されているのである。(略)


〜そこに目を付けたのが自民党政府で、NHKにこれだけの特権を与えている以 上、その公共的、社会教育機関的性格を強化し、民間放送との間に明りょうな一 線を画そうとしてのり出してきた。


〜いや、これは表面にうち出される口実であって、実際は新聞に対抗する、あ る面では新聞以上に強力なマス・コミ機関にまで成長した放送をなんらかの形で コントロールするために、まずNHKに手をつけてきたのである。最近におけるNHK 会長の更迭がそれだ。


〜NHKの改組などによって、大きな転換期に立っている。それは見方によって は危機でもあるが、カジのとり方ひとつで、さらに大きな飛躍への跳躍台にもな るのだ。


上記「〜」からの4つの文節は、評論家、故・大宅壮一さんの「転換期に立つ 民間放送」からの抜粋です。大宅壮一全集3巻の後半に収められていました。発 表の年代が記述されていませんが、前後の脈絡からたぶん、1955年から56年ごろ のものと思われます。文中に、NHKが民間放送の攻勢に屈せず、老舗の貫録を示 し、聴取者をスポンサーとする、新しい性格を示したのは、ジャーナリスト出身 の古垣鉄郎氏を会長にいただくことによって、この傾向が大いに助長された、と 記述していました。古垣氏は朝日新聞出身です。


戦後のNHK会長の15代の系譜をみれば、逓信省(郵政省)から二人、経済学者、 1949年4月から1956年6月の2期にわたって古垣氏が務め、新聞社からの就任は、1 964年7月の前田義二人、古垣氏の後任で失言等で在任わずか1年5ケ月の日新製糖 の永田清氏、もうひとりは三井物産相談役の池田芳蔵氏で、この人も答弁ミスが 続いて辞任に追い込まれてしまいました。在任は最短の9ケ月でした。この時の 経営委員長は、住友銀行の会長の磯田一郎氏でした。それまで続いたNHK生え抜 きの坂本朝一氏、川原正人氏の流れを止めて、新たに財界からの起用でした。


なんだか、今回の図式とだぶってきませんか。まあ、この流れからみれば、財 界からの登用は、3度目の正直ということになります。この半世紀、NHK会長ポス トをめぐる確執が依然続いているということです。


その意味で、記者らによる前代未聞のインサイダー取引疑惑は、NHKのメディ アの矜持を根底から覆し、NHK存続の危機を招いているといっても過言ではない かもしれません。株が面白いのか、金が欲しいのか、魔がさしたのか、いったい どうしたのでしょう。理解に苦しみます。


橋本さんは、私の志が組織に徹底していない、と嘆いていましたが、NHKの置 かれている歴史的、客観的状況を少しでも職員に理解させていれば、こんなお粗 末な事態を招くことはなかったのではないか。歴史に学ぶ、それはNHKのお家芸 で、番組制作でもっとも得意とする分野ではなかったか…。


Vol,150「まっすぐ、真剣。」では、こんな風に書きました。いま再録です。  〜余談ですが、逆風で受難のNHK、最近の文字コピー「まっすぐ、真剣。」に は、共鳴します。周辺の懸命な人は、ほんと、まっすぐ、真剣です。 誰か大声 で言ってくれないかなあ、がんばれ、NHKって〜。


※慌しい2008のスタートです。内閣特別顧問の黒川清さんは、昨日22日ダボス 会議出席ため飛びました。JST恒例の新春交換会は、知財の伝道師、荒井寿光さ んの講演で幕を開けました。つい聞き惚れてしまいました。新理事長の北澤宏一 さんは歯切れもよくお元気でした。お二人は長野県のご出身です。


iPS細胞をめぐるJSTの素早い支援体制には、荒井さんも「変われば変わるもん だ」とほめちぎって会場を沸かせていました。懇親会では大勢の人の輪に入って いらっしゃり、なかなか近づけませんでした。


懐かしい人との出会いもありました。21日は、東京農工大学大学院技術経営研 究科長で教授の古川勇二さんが会長を務めるTAMA協会設立10周年を記念したクラ スターセミナーが開催されました。東北大学大学院教授の原山優子さんがモデ レータをつとめられました。ご活躍です。


そしてつい最近、「中国のイノベーション」をDNDで連載の(株)技術経営創 研社長の張輝さんがオフイスに訪ねてこられました。数年ぶりでゆっくり親交を 温めました。同行は、取締役で技術統括部長の藤田岳人さん、仲良くなれそうで す。今年はなんとしても、最新の中国事情の視察にいきます。その打ち合わせで 盛り上がりました。ご関心のある方は、ご一報ください。


新年早々、時代社会は五里霧中、確かなことは、ひとつひとつ丁寧にそして誠 実に一歩に進むことでしょうか。時代の針を戻しては、あまりに悲しい。そして 人の恩を忘れない、ということを若いスタッフに叩き込むつもりです。


記憶を記録に!DNDメディア塾
http://dndi.jp/media/index.html

このコラムへのご意見や、感想は以下のメールアドレスまでご連絡をお願いします。
DND(デジタルニューディール事務局)メルマガ担当 dndmail@dndi.jp