DNDメディア局の出口です。別刷りや折り込みチラシで異様に膨らんだ、新春2 008年元旦号、これらの新聞メディアが総力を傾けた特集や企画、社説などで、 さて今年は一体何を伝えようとしたのでしょうか―。いやあ、気が滅入ってしま うほど、悲壮的な見出しが並んで、息を堪えて綴る記者らの緊迫感が伝わってき ます。これからの日本は、本当に沈没寸前の状態なのでしょうか。
そんな興味で各紙を比べると、激動の世界の中で孤立し地位が揺らぐ日本、そ の沈みかけた難破船の悪夢を回避する処方はあるのかどうか‐なのだが、政治も 含めた国内体制の再構築が急務という指摘がある一方で、どうもそれでは抱える 課題が複合的で、しかもこれまで経験しない未知なる分野にわたっているためか、 いつもながらこれという決め手にはあまり触れられていない。
まあ、最初からそんな特効薬は存在しないのかもしれないが、一応成熟した社 会の、先頭を走る者のその誇り故の苦悩なのか、あらゆる現場でより本質的な価 値転換が迫られているのか、どうかーいずれにしても従来のあり方を再構築する、 あるいは根本的に問い直す、そういう何らかの大胆な戦略や意識改革、それに地 味だが疲弊した社会の綻びをこまめに修復する必要があるようです。
新聞メディアをちょっと、かいつまんでみてみましょう。
「今年もまた穏やかならぬ年明けだ。外から押し寄せる脅威よりも前に、中か ら崩れてしまわないか。今度はそんな不安にかられる。」は、『歴史に刻む総選 挙の年に』と題した朝日新聞の元旦の社説の冒頭で、「世界の中の日本も曲がり 角にあるが、まずは日本の沈没を防ぐため、政治体制を整えるしかあるまい」と 主張し、「平成20年。政界再編第1章から15年、第2章から10年――。今年、政治 の歴史に大きな節目を刻みたい」と、迷走する今日の政治転換を示唆しているよ うに読み取れました。このままでは日本沈没なのかどうか、まあ、どういう選挙 結果であれ、政治の節目の年にしなければならないのは確かかもしれません。な んだか政治が重いですね〜。
08年を考えるーで、毎日新聞は「米国の混迷の間に中国と資源国ロシアの台頭 がめざましい。しかし、彼らが米国に代わって世界運営の責任を引き受けたわけ ではない。逆に露骨に国益を追うことが多く、世界の不安定化に拍車をかけてい る」と台頭する新興諸国の姿勢を強く非難していました。うむ、これもなかなか の論調です。そして、「世界の多極化で派生するグローバルな問題にこれらの 国々に負担させるよう説得しなくてはならない」と訴え、これまで超大国の米国 が果たしてきた「平和と安定」の役割を彼らに負担させるための説得ができるか、 どうかだという。
読売新聞は、どうか―。
「どうやら、今、わたしたちは、世界の構造的変動のただ中にいるようだ。」
と、その様子を伝え、唯一の超大国とされてきた米国の地位が揺らぎ、多極化世
界へのトレンドが次第にくっきりしてきた―との認識から、この多極化世界への
変動に備えよ、という。
国際政治上での大国を目指すロシア、めざましい経済成長を続ける中国…その 中国は40年ほど後の世界では、世界一の経済大国となっており、米国が2位、人 口大国インドがそれに続いて第3位へと躍進する、と読む。それらの分析から、 今後の日本にとって何が必要か?
「新たな『極』となりつつある中国との関係が、外交政策上、もっとも難しい 重要な課題となるだろう。いわゆる、『戦略的互恵関係』をどう構築していくか ということである」と主張し、懸念される問題として、「中国の興隆に伴い、米 国の日本に対する関心が低下するのではないか」と危惧する。また、大統領選挙 に臨んでヒラリー・クリントン候補が、21世紀の2国間関係で最重要なのは中国 だと述べたことも紹介し、「日本もこれまで以上のさまざまなチャンネルを通じ ての外交努力、あるいは相応の負担をする覚悟が要る」と断じています。
社説のひと言ひと言に重みがあります。そして行間からは、張りつめたような 緊迫感が伝わってくるようです。
読売の社説を裏付けるような事態が、世界のあっちこっちで展開されているよ うです。見るのも怖いし、書くのにも気が引けそうです。
NHKで放映の「民主主義」。長く苦しい内戦の混乱の余燼が燻る、アフリカ西 部のリベリア共和国。その困難が伴う変革と復興にリーダーシップを発揮するア フリカ初の女性大統領、エレン・サーリーフさんが、女性閣僚らを囲んで考えあ ぐねていました。
その理由は、リベリアにサーリーフさんを訪ねてきた中国の胡錦涛国家主席か らの援助の申し入れに戸惑っていたのです。対面した時は、沿道の大勢の市民が 見せた歓迎ぶりは初めてで、これは貴国に対する好意の表れーと謝辞をのべてい たのに、中国からの援助を受け入れようとしない。陣取り合戦のコマに使われな くない、と漏らし、わが国の一次産品(鉄鉱石、ダイヤ、金、ゴムなど)が狙い なんだわーとその意図を疎ましく感じているようでした。
そこで、「中国は多額の援助を用意していたハズです。なぜ、受け入れないの か?」とサーリーフさんを諭すように語るのは、なんと米国でヘッジファンドを 主宰する、投資家のジョージ・ソロス氏でした。
ふ〜む、何で彼がそこにいるのだろう、そんな驚きは次の彼のアドバイスで吹 き飛んでしまいました。
「アメリカに対して、今回の中国の援助の申し入れがあったことを伝えればい い。つまり他国からの援助を受け入れる可能性を示唆して、アメリカ側の債務を 削減してくれないか、と脅しをかけるわけです。(中国から援助を受けなければ ならないほど)我が国は追い込まれていることを訴えるのです」。
画面は、冬のワシントンDC。ブッシュ大統領がサーリーフさんの債務削減の訴 えに、「お国の再建を実現できるか、どうか、心配でしょう。そういうあなたの 思いに心を動かされました。今後の援助の継続を約束しましょう」と伝え、立ち 上がって手を差し出していました。ライス国務長官が、リベリア・パートナー ズ・フォーラムで挨拶に立ち、「我が国は、貴国の債務を全額免除します」と宣 言し、会場は歓喜でどよめいていました。満面笑みのサーリーフさん、アメリカ が動けば、中国も含めて世界各国が歩調を合わせるわ〜とつぶやいていました。
胡主席は、20日間かけてアフリカを訪問、リベリアのほか、カメルーン、スー ダン、ザンビア、ナミビア、南アフリカ、モザンビーク、セーシェルを回って、 各国の大統領と親密な関係を築いたとされます。
多極化世界の変動、その動きの核に中国があるように感じます。サブプライム 損失で資本不足の危機にある、米大手銀行シティグループに対して中国の政策銀 行が約20億ドル(約2160億円)を出資する計画に対して、中国指導部が反対をし ている、と米紙が報じた、という。シティの損失は、300億ドル、約3兆円越え。 本日の日経は、シティが145億ドルの大規模増資を実施するという。その詳細は、 シンガポール投資公社(GIC)、クウェート投資庁などの機関投資家の名前を挙 げていました。また米大手証券会社のメリルリンチは15日、66億ドルの出資を受 けることを発表しました。引受先は、韓国投資公社、クウェート投資庁、それに 邦銀では初めてみずほコーポレート銀行が名乗りをあげました。みずほの引受額 は、12億ドル(約1300億円)でした。中国は、中国投資有限責任公司(CIC)が 昨年12月に、米大手証券モルガン・スタンレーに出資を決めた額が約50億ドルで した。
元旦の産経新聞は一面で、日本がメコン地域5ケ国(タイ、ベトナム、ミャン マー、カンボジア、ラオス)を横断する東西回廊の物流網整備に2000万ドル(約 23億円)の無償資金供与を奇しくも本日の16日東京で開催の日本・メコン外相会 議で、表明する、と書かれていました。さて、どうなったでしょう。これまで日 本は、ODAを東南アジアに重点的に振り向けてきたが、ODAの削減傾向でメコン地 域の国々との結びつきが大きく薄れつつあるのに対して、中国がこの地域との関 係を強化している、という。
金の切れ目が縁の切れ目というやつでしょうか。そのODAの実態は、昨年末のO ECDの開発援助委員会(DAC)の試算が明らかにされ、2010年に日本は6位に転落 する、という予測が出されていました。06年は、米国、英国に次いで3位、91年 から00年までの10年は連続で首位だったことを思うと、「日本の発言力低下に危 機感」というのは頷ける話です。ただ、地域的には対中国のODAの削減もあって、 「東アジア以外にも幅広く行き渡るようにシフトしてきた」(朝日新聞昨年12月 19日夕刊)という。で、2010年には、米国、ドイツ、英国、フランス、イタリア、 そして日本、すぐ後ろにスペイン、オランダと続く、見通しです。各国が軒並み、 予算を増額しているのに、日本だけが減額でした。
そんなデータや動向をにらんでいくと、最近にわかに注目を浴びている、ハン ドボール北京五輪アジア予選の「やり直し予選」、これも多極化世界の変動と無 縁ではないのではないか、なんだかきな臭い感じが鼻についてしょうがない。
試合の中立性を保つため、国際連盟が指示した審判はドイツ人でしたが、直前 になってアジア連盟が中東のヨルダン人、イラン人にすり替えたようだ。
なんでもルールを無視して中東のチームが勝つために審判がジャッジする「中 東の笛」。こんなこと国際試合で聞いたことがない、が実は10数年前からアジア ハンドボールの舞台でそれも堂々と行われてきたというのだから、呆れてしまい ます。
で、ねぇ、問題の試合は昨年9月のクウェートと日本の試合、なんと37か所も 意図的な誤審があった、という。それらに対して、韓国と日本が国際ハンドボー ル連盟に訴えて、そこで再試合が決定し今月25日ごろに男女とも東京で行われる のですが、クウェートの王族が支配しているアジア連盟はやり直しを拒否、参加 した国にはペナルティーを科すと息巻いています。このため、クウェートは勿論、 中東近隣のカタール、アラブ首長国連邦(UAE)がボイコットを決めているよう です。この再試合の前後に、クウェートでアジア連盟の理事会を招集している、 というからこちらもなかなかな戦術で対抗しています。
なんだか、きな臭いという裏事情は、あくまで推測の域をでませんが、誤審の 審判は、現在中国に飛んで、北京五輪で笛を吹くことになっているという。ある いは、再試合の会場は、当初、中国での開催を希望していました。が、中国はそ れを受け入れませんでした。
2016年のオリンピック候補地をめぐってアジアから名乗りを上げているのが、 東京、それにドーハ(カタール)です。さてどうなりますやら、ドーハは赤道直 下、夏の熱波はオリンピックに向かないのでは、という下馬評ですが、何が起こ るかわかりませんぞ。サブプライムの損失で欧米の銀行、証券に出資しているフ ァンド名に、繰り返しクウェート投資庁が登場してきます。
アメリカ、中国、中東―のこれらの動きに何か、不気味な気配を感じませんか。 グローバル化の進展で、いかに日本がイニシアチィブを取るか、そのために何が 必要か、本日アップした「学術の風」など一連のコラムもそうですが、内閣特別 顧問の黒川清さんがもう随分前から危惧し、警告を発していたことがこれほどリ アルに浮かびあがってくると、その処方を聞きたくなります。
どうぞ、「週刊 東洋経済」(迎春合併号)の「10賢人が語る世界の大変革」 の特集で黒川さんの意見が掲載されています。
さて、新年号の日経新聞を忘れていたわけではありません。
『YEN漂流・縮む日本』のタイトルに、「これは迷い沈みつつある国と通貨の
物語である」という書き出しは、やや自虐的にグローバル化での経済開放に遅れ
る日本の弱腰を突いた一面トップの企画でした。
最近の急激な株価下落、円高、またはサブプライムローンに端を発した欧米大 手金融機関の損失などの動きをみれば、なかなか的確な企画ではないか、と感じ 入ってしまいます。
ただ、この記事の内容については、DNDでの連載「志本主義のススメ」を担当 する経済産業省の石黒憲彦さんが、こちらも本日アップの原稿「変わるものと変 わらぬもの」で、疑問を呈し他の社説での「今は分配問題よりも成長」という論 調にはさらりと異論を唱えていました。
新年初の原稿は、NHKの感動ドラマ「ファイブ」をも織り交ぜ、珍しくメディ ア批判もチクリ、連載開始から数えてちょうど100号記念とあって総括的なコメ ントも加えておりました。
さらに今回は特に経済政策のエキスパートらしい力作で、こんな記述もありま した。これが本日の処方のメインディシュかもしれません。
「日本は今更中国やインドにもなれなければ、条件が違いすぎてアメリカもも はやモデルにはなりません。むしろ移民問題を含めてヨーロッパの成功と失敗を 学ぶ時期かなと思っています。その先に成熟した日本の独自のあり方があるはず です。危機感は持たなければなりませんが、順位の低下を云々するよりも『品質 の国づくり』が課題。」と。