◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2007/09/05 http://dndi.jp/

着目の「大学発ベンチャー報告書」を読み説く

DND事務局の出口です。この「報告書」をどのように読むか、自問すれば、ど うもそういうレベルの問題ではないらしい。地方紙など全国の多くの新聞に取り 上げられましたが、記事にはその内容のほんの数%程度しか反映されていません でした。いやあ、時間を費やして膨大な報告書になればなるほど、それをどのよ うに多くのメディアにきちっと読み説いてもらうか、ここが大変、実は悩ましい 問題のようです。


ほぼ丸一年に及ぶ、経済産業省大学連携推進課がまとめた「18年度大学発ベン チャーに関する基礎調査報告書」は、169pの4部構成で、資料も豊富で秀逸 な出来映えだなあ、と素直に評価しています。


大学発ベンチャーの調査の目的や手法から始まって、今日の現況、ベンチャー への直接のアンケート調査からその実態を浮かびあがらせて、課題と対応策の核 心に迫り、多様化するベンチャーの成長段階に応じた個別の支援施策を提示し、 さらに地域貢献やイノベーション創出といった新たな視点にも着目しているんで すね。


どんな企業も抱える、まあ、これは大学発ベンチャーに限定した課題ではない のですが、大学発ベンチャー成長のポイントで最も重要と思われる「人材」、 「資金」、それに「販路」という普遍的テーマにも言及していました。


そこで、今回のメルマガは、大学発ベンチャー1590社をベースにしたランキン グデータを取り扱った3日配信のDND速報の続報で、大学発ベンチャーに関する調 査報告書を「どう読み説くか」がテーマです。さて、どうなりますやら!


まず「最初の着目」は、最新のデータに基づいた豊富な図表を入れ込んだこと です。ざっと112枚を数えていました。地方の活性化策を練るのに不可欠な大学 発VBの都道府県別事業分野の構成(24p:報告書のページ)、ベンチャーの発展形 態や成長指向等様々な実態にクラスター分析をかけて大学発VBを5つに類型化し た「各グループの特徴」(37p)、大学発VBの中で成長が期待されるバイオ分野で も特に「創薬系ベンチャーの事業発展段階」(55p)を示し、バイオ系ベンチャー のヒアリングから「資金的には臨床のフェーズIIの途中段階で約25億円〜30億円、 フェーズIIIまで進むには約100億円の資金が必要」との見方を紹介していました。


莫大な資金を必要としていながら、実はそこにベンチャーキャピタルからは十 分な資金的手当てがされていないことを指摘し、公的機関によるファンドの例と して中小企業基盤整備機構が出資している「大学発ベンチャー型ファンド」の12 ファンドの概要(61p)を示しています。大学発バイオベンチャーといえば、昨日 4日の朝日新聞(経済面)に「バイオ起業に逆風」という見出しで、上場している 大学発バイオベンチャーなど15社を一覧で示しながら、こんな解説を加えていま した。


「米国には、日本の2倍以上の1452社ものバイオベンチャー(BV) がある(06年)。 上場しているBVの数は、米国は336社。日本の約20倍だ。日本の上場企業が少な いのは、赤字であっても、技術を評価して上場させるという仕組みがないから だ」と指摘し、そして「だだでさえ、新薬が出にくい日本で、BVの資金繰りが改 善しなければ、深刻な問題を招きかねない」と日本のバイオ起業の現実を嘆いて いるようでした。ご指摘の通りです。横道にそれましたが、これはとても核心 を突いた記事でした。


報告書でもこの辺に触れていました。日米のベンチャーキャピタルの比較は、 「日米欧のベンチャーキャピタル投資残高」(59p)。で、この図表は、VECの18 年度のベンチャーキャピタル等投資動向調査報告の資料から引用しているもので した。


現在の国立大学法人法では、大学からの出資は承認TLOにしか認められていま せんが、その一方で大学発ベンチャーの成長が大学の利益に反映されない構造で は、いつまでたっても大学発ベンチャーの学内評価が上がらないーという課題を 抱えています。が、その動向への法的根拠について詳細に説明しています。


特にここで東京農工大学が策定したガイドライン(案)を示し、最近の大学等に よる大学発ベンチャーへの出資の5つの例(69p)を合わせて紹介しています。大 変に参考になります。東京農工大学のこうした一歩先んじた姿勢は内外から高い 評価があるようです。


また国立大学法人法の規制によって大学による出資が困難な状況に対し、そこ の壁を突破する、NPO法人によるグラントを提供して効果をあげている大阪大学 の「青い銀杏の会ネットワーク」(70p)の実例を紹介しています。参加する教員 等が資金を出し合って創設し、代表にはアンジェスMG創業者で阪大教授の森下 竜一さんです。大学発ベンチャーの事業化支援に加えて、ビジネスプランと技術 シーズを表彰するこの「グラント制度」によって、設立間もないベンチャーのつ なぎ資金という効果の他、信用力を得て他のベンチャーキャピタルなどからの資 金の「呼び水効果」が期待される、という。


その仕掛け人で数多くの大学発ベンチャーの面倒をみている森下さんは、来週 の12日、東京国際フォーラムで開催のイノベーション・ジャパンのメーンのシン ポジウム「イノベーション立国の実現に向けて」で、内閣特別顧問の黒川清さん らと一緒にパネリストとして登壇しますね。これは番外の注目です。


まあ、青い銀杏の会の動向はDNDのメルマガでも取り上げました。こういった 各大学の特徴的な具体例は、「慶応義塾大学SFCの大学発ベンチャー支援ネット ワークの構図」(90p)、戦略的な独創研究の再構築で世界トップレベルの研究成 果を創出する、という意気込みを感じさせる東北大学の井上明久総長を中心とし たアクションプラン「井上プラン2007」(93p)も見逃せませんね。


東北大学と言えば、総合科学技術会議議員の原山優子さんは昨年から総長特任 補佐という役回りでもありますから、このプラン作成にもコミットしていたかも しれません。その原山さんも森下さんと並んで12日のシンポジウムにパネリスト として参加するんですね。この辺の様子は当日期待しましょう。


また、大学内にベンチャー支援のハンズオン機能を取り入れた静岡大学のイン キュベーション施設を拠点に据えた「大学発ベンチャー支援の構図」(94p)も質 の高い支援の実践的代表例として取り上げられていました。う〜む、実によく現 場を観察しているんですね。これはそのほんの一部です。


「着目した2番目」は、大学発ベンチャーの経営者らから直接届いた意見や提 案、それに要望です。率直でかつ的確、あるいは悲鳴に近い声も寄せられていま した。大学発VBの大きな課題の「人材」(52p)「資金」(73p)、「販路」(80〜8 2p)の3つのテーマに加え、「大学」(87p)、「地域」(100p)、「アライア ンス」(105p)、「その他」(113p)について合わせて80本を超える生の声を掲載 していました。


例えば、「人材」の項では、「専門家(というと)、特に大企業や役所のOB、会 計士等ではなく、小さいスタートアップ企業を成長させた経験がある起業家 (マーケティング・営業・財務などの創業メンバーを含む)のネットワーク、経験 等、ベンチャー企業に活用できるスキームがあれば、支援も向上してくると思い ます」という指摘がありました。確かに〜。


そして「資金」の項では、「エンジェル投資のさらなる優遇措置の実施をお願 いしたい」と。これは多く指摘のあるところですね。経済産業省が20年度税制改 正に関する意見として示している内容を見ると、やはり、ベンチャー創業の安定 的な資金供給には、株式市場に左右されない投資時点でのインセンティブが働く 制度が必要と指摘し、イギリスなどを例に「投資税額控除制度」のような導入を 考えているようです。もう具体的な要望になっているのでしょうか。


もうひとつの意見です。「当社は、赤字が続く会社、公的な助成金は不可能に 近い」と訴えています。ほんと、これは切実な問題ですね。赤字〜って、公的な 助成から排除するようなそれほどの問題なのでしょうかねぇ、施策はベンチャー に向いていても実行の手続き段階になると、ベンチャーへの門をガチャンと閉ざ してしまう―というような弊害は案外多い。「販路」のご意見はすっごく多いで す。


「大学」に関しては、こんなのがありました。「大学の教員は多忙を極め、ベ ンチャー活動の時間を担保できない。大学のシステムを変更して大学人(教員)に 余裕を与えてほしい。教員の活動を見て学生たちの行動も決定されてくるのでベ ンチャー活動は教育としても重要である」という意見です。これも利益相反の課 題とあわせて、大学発ベンチャー設立に関わる教員の、なんらかのインセンティ ブも必要というのはその通りだと感じます。土日だけの労務というわけにはいき ませんよね。ふ〜む。


「地域」ではこういう指摘がありました。「玉石混交の大学発ベンチャーに対 しては、国の基幹産業の候補というベンチャーとローカルな雇用創出などに貢献 が期待されるベンチャーのレベルを分けて支援していただきたい」と。ご指摘の 通りです。「その他」には目からウロコの指摘が盛りだくさんです。どうぞ、ご 一読くださることを切望します。


それにしても、大学発ベンチャーの実情や課題について、これまで大学発ベン チャーの起業家側からの発言が極端に少なく、いわば第3者、リスクを取らない 学者らから厳しい指摘が繰り返されている実情って、なんだか寂しい気がします ね。まあ、やっかみ半分、妬み半分だから関係ないかあ〜。そいう意味で今回の 現場からの生の声を報告書に反映させたことは秀逸でした。


それから〜「おまけの着目」ですが、「地域で成長・発展した大学発ベンチ ャーの事例」という出色のコラム(99p)が掲載されています。これは経済産業省 内の研修会における、北海道大学発バイオベンチャー「ジェネティックラボ」の 代表だった西村訓弘さんらが講演し、遺伝子診断方法の特許をベースに創業し成 長させた成功要因を分析した内容ですが、こういう生きた事例の紹介もいいと思 いましたね。その西村さん、現在は、その技術顧問を兼ねて三重大学大学院医学 系研究科教授に就任しています。いつお会いしても涼やかな印象は変わりません ね。


そして、「最後に」(119p)です。「(略)大学発ベンチャーとは、大学で生ま れた知を商品やサービスといった具体的な形にすることにより直接的に社会に貢 献する存在であり、我が国のイノベーション創出を支える大変重要な役割を担っ ている…」という内容の誇り高いメッセージを伝えています。誰が書いたのでし ょうか、こんなラストのページにこっそり大学発ベンチャーの存在に魂を吹き込 む、そんな控えめなセンスが妙に気に入りました。


そして本当に「最後の着目」は、資料編に掲載されているものです。全国の大 学発ベンチャーの新製品、サービスを紹介する一覧表です。企業名、所在地、商 品名、商品の特徴、そして主な顧客のターゲットが網羅され、194社の商品がずら り掲載されています。


大学発ベンチャーとはいえ、より私たちの日常生活に密着した商品もあること がわかります。ひとつ、ひとつの商品に大学の研究成果が潜んでおり、新たな市 場を作り出そうとして営業に研究に奔走しつつ、どうしたら地域に、社会に貢献 できるか―そんな思いで踏ん張る大学の先生の涙ぐましい姿が、そこから少し透 けてみえてくるようです。


「大学発ベンチャーに関する基礎調査」の報告書、並びに記者発表文などは以 下の通りです。


●「平成18年度大学発ベンチャーに関する基礎調査」について(プレス発表資料)
http://dndi.jp/updatefiles/090300.pdf


●平成18年度大学発ベンチャーに関する基礎調査報告書の概要
http://dndi.jp/updatefiles/090301.pdf


●平成18年度大学発ベンチャーに関する基礎調査報告書(全文)
http://dndi.jp/updatefiles/090302.pdf



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