◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2007/08/01 http://dndi.jp/

リサ・ランドール博士の『ワープする宇宙』

  〜宇宙の謎を解き明かす異次元ブームの到来〜

DND事務局の出口です。そちらでは、もう夏祭りのようでしょうか〜高校時代 のほんの数年暮らした北の東端は、北方領土を控える漁村で花咲ガニとサンマが 旨い根室でした。少し街を外れると漆黒の闇が広がる根釧原野でした。そこでひ とり星空を見上げていると、この空の果てに広がる宇宙は、勢いよく放射状に拡 散し続けながら、しかも一定の調和で保たれているというけれど、無限の極大の 遥かその先にはいったい何がどう続いているのだろうか、あるいは〜。


これを単なる夢想とは片づけられず、かといってしかし、それ以来、ずっとそ の答えを見つける努力もせず疑問符のまま今日まで抱えてきたのかもしれません。 己の存在の不確かさに比べて未知の世界を推理する拙いながらも恐ろしいほどの 知覚の冴えに、なんだか足もとが揺らいでくるようなあの時の感覚は今でも鮮烈 です。その神秘のベールがいまリアルに同時進行で解き明かされるとしたら、考 えただけでもなんだか鳥肌がたってきそうです〜。


ご存知でしょうか、いま世界で最も脚光を浴びる理論物理学者でハーバード大 学教授のリサ・ランドール( Lisa Randall)さんの著書、『ワープする宇宙』 (Warped Passages)、2004年に米国で出版されて科学書としては異例のベスト セラーになって、静かな異次元ブームの到来を告げていました。そして遅れるこ と3年、日本でやっと今年の6月NHK出版から発売になりました。本のサブタイト ルがこの本の主題をよく表現していると思います。


「5次元時空の謎を解く」(Unraveling the Mysteries of the Universe's Hidden Dimensions)。「私たちが暮らす3次元世界のすぐそばに、目には見えな いものの5次元などの異次元が存在する」という。「序章」の冒頭から、とても 興味をそそる書き出しでした。


「宇宙はいくつもの秘密がある。空間の余剰次元も、そのひとつかもしれませ ん。もしそうなら、宇宙はその別の次元を人目にふれさせないように、そっと包 み隠してきたわけだ。ふつうに眺める限り、まさかそんなものがあるとは誰も思 わない」。


この宇宙には、縦・横・高さ(あるいは、前後・左右・上下)からなる3次元 空間に時間軸を加えたものが4次元時空で、そのほかに実は見えない次元が隠れ ている可能性があり、それら余分な次元を「余剰次元」と呼び、ランドールさん が提唱した5次元世界の存在は、「4次元時空に次元方向への距離で表わされる」 という。これを示す数式が、現在、世界の物理学者たちの論文に最も多く引用さ れているのだという。


続く文章もテンポがいい。これまでにわかっている物理法則のなかで、空間に 三つしか次元がないと断定できるものはない。別の次元―余剰次元が存在してい る可能性を検討もしないうちに切り捨ててしまうのは、性急にすぎるといえるか もしれない。「上下」が「左右」や「前後」とは別の方向であるように、全く新 しい別の次元が私たちの宇宙に存在していてもおかしくはない。実際に目で見た り、指先で感じたりはできないけれど、空間の別の次元は論理的には存在しうる のである―と。


文中の喩がとっても分かりやすい。これはNHK出版の世界最先端の「知」を紹 介するインタビュー形式の冊子で、宇宙飛行士の若田光一さんとの『リサ・ラン ドール 異次元は存在する』からの引用も交えて紹介します。


〜人間が3次元空間を認識し、その以上の次元に気がつかないのはベビーベッ ドから始まっている、とし、人間が5次元世界を感じることができない理由を私 たちの住む3次元世界がバスルームのシャワーカーテンのような薄い膜のような もので、私たちや原子などの物質はそのカーテンの貼り付いた水滴のようなもの で、その水滴がカーテンをくぐってバスルームに飛び出すことができないように 私たちも5次元や6次元などの高次元世界に飛び出すことができない―と説明を加 えています。あるいは、食べるパンのスライスした1枚が3次元の膜に譬え、私た ちの存在する3次元の膜以外にも3次元世界が存在するかもしれないし、そのパン を取り巻く空間が高次元世界だ、という。私たちのパンの隣りのパン、つまり別 の3次元世界には何か別の生き物が棲んでいるかもしれない…というふうに想像 は広がっていく、と話していました。


ランドールさんによると、私たちやその人間を構成している原子も素粒子もみ んな、そこの次元を超えて飛び出すことはできないのですが、現在の物理学では、 重力エネルギーは時空を超えて自由に振舞える、すなわち、3次元世界と5次元世 界の間を行き来していると考えられている、そうなのだ。これはいったいどうい う意味なのでしょうか?若田さんも質問していました。以下の説明がとても面白 いので、ご紹介します。


「目に見えることも感じることもできない5次元世界の存在を確かめられる唯 一の方法は、おそらく重力を通じてというものでしょう。例えば、重力の波動を 検出する機械のようなものを宇宙に置いて、私たちの宇宙に届く重力の波を計測 するのも一つの手段です。間接的な物理実験でそれを観測することができるよう になると考えられます。これは今のところ、私が最も関心のあるところです…」 という。このエキサイティングな実験はすでにカウントダウンに入っていました。 その辺の詳細は、このメルマガの後半に紹介します。


さて、この調子で詳しく説明すると、ハリー・ポッター第7巻の結末を読み上 げたどこかの国の校長先生になってはいけないので、このくらいに抑えますが、 少しはそのミステリアスで知的興奮を刺激するこの物語の面白さを感じ取ってい ただけたでしょうか。


難解な数式を排除し、しかも率直で自然な語り口で、1999年に発表した理論で 一躍注目された論文「ワープした余剰次元」(Warped exta dimensions)の核心 部分を極力、丁寧に分かりやすく紹介しているんですね。物理学理論の入門書と して広く授業で使われている、というし、イラストや巧みな比喩、それに自作の 短編小説も織り込み、さらには「こんなことが偶然の一致であるはずがない」と いうマドンナの歌詞のフレーズなども挿入しながら、ともかく興味をそそり、そ して飽きさせない工夫が随所にちりばめられています。


この本自体が、僕流に言えば、平面的な次元に異次元が入り込んでもそれぞれ 独立している"ワープする科学書"になっている気がしてきます。ランドールさん は、それをこの物語はある意味で、その章を「垂直」に貫くと同時に、この本全 体を「水平に」貫いている2次元の語り、と説明していました。


本文の全体の構成をみると、しかし、相対性理論と量子力学、そして素粒子物 理、最近の「超ひも理論」に至る物理学の淵源をロールプレイしながら、そもそ も冒頭に「次元とは何か?」という問題提起からスタートして、めぐりめぐって 気がついたら再び「次元とは?」に戻る、という、まあ、戻るといっても疑問の レベルが格段に違うのですが、これが科学するということなのらしい。読んで、 疑問がわーっと噴き出して、徐々に整理されていつの間にか思考が熟成し、さら に宇宙へのイマジネーションが飛躍し、そして自分存在の定義が再び揺らぐ…な ど、まあ、いろいろ知的好奇心を十分に満足させてくれるのは間違いありません。 そして宇宙物理の先端が理解できる?となれば、まあ、これはひと夏の知的探検、 「未知への遭遇」になるかもしれません。どうぞ、気をしっかりもって無事のご 帰還を祈ります〜。


ランドールさんの共同研究者のひとりでこの本の監訳にあたった東京大学ビッ グバン宇宙国際研究センター助教の向山信治さんは、「理解を深めればこそ生じ る謎もある。この宇宙を理解しようと知識を広げれば広げるほど新しい疑問や問 題が生じ、それを解決するとまた新しい謎が生まれるという、科学の本質を(ラ ンドールさんはこの本で)伝えようとしているのかもしれない」と解説し、続く 向山さんの一節が、この本並びに「ワープする宇宙」のクライマックスなのです が、それをこう説明していました。


「最後に、理論の成否の判断を、近い将来の実験と観測に委ねて筆を置いてい る」と。そうなんですね、このランドールさんの理論が机上で終わらないところ がもっと凄いところです。なんか、ドキドキしてきませんか?


先日7日朝のNHKおはよう日本で、松尾剛アナがランドールさんにインタビュー し、その実験のくだりを解説していました。松尾さんは、「一見、突拍子もなく 聞こえるランドールさんの5次元の世界、ところが、なんと、その存在がいま証 明されようとしているんです」とやや興奮気味に紹介していました。僕も身を乗 り出してテレビにかぶりつきでした。


そこはスイスのジュネーブ郊外、総工費3500億円をかけた国際的な研究施設、 欧州合同素粒子原子核研究機構(CERN)が建設されていました。そこで、来年か ら世界が注目している実験が行われようとしている、という。ランドールさんに よると、地下100メートル、円周27キロのトンネル内で、原子の構成要素のひと つ、陽子を加速し衝突させる。飛び散った素粒子のなかにどこかに消えてしまっ たモノがあれば、その素粒子は5次元の世界に飛んでいったことが確かめられま す。


「もし運がよければ…」とランドールさんは言葉を続けて、「この実験で別の 次元が存在するという証拠が見つけられるかもしれません。素粒子が別の次元に 消え去ったり、移動したりしたことを示す動きをとらえられる可能性があるのか もしれない。「さらに幸運なら…」として、「何かが別の次元からやってくるか もしれません」という。衝突した陽子がこれまでに見たことのない新しい粒子に 姿を変え、その姿を変えるときの痕跡を見ることになり、これを「失われたエネ ルギー」と言う人もいるらしい。


「異次元の存在を検証」-ノーベル賞に最も近い物理学者という世界的な評価 、加えて彼女のその理論が実証されれば、アインシュタイン以来の21世紀最大の 発見となると世界から脚光を浴びる所以でもあります。


NHKは、先月28日に東京大学の小柴ホールにランドールさんを招いた記念講演 の模様を映し出していました。その時の模様は、NHKのBS特集「未来への提言」 特別編で、この25日(土)夜10時10分から「大宇宙の根源を知りたい〜物理学者 リサ・ランドールと若者たち」と題して放映する予定です。ランドールさんの講 演、というより授業風景は、数式を一切使わず分かりやすさで定評があるそうで す。新しい事を発見する喜び、学ぶことの楽しさなどを伝えていた、という。番 組では、東大ビッグバン宇宙国際研究センター、素粒子物理国際研究センターで の若者たちとの交流、未来のメッセージが紹介されるという。NHKのこの番宣で も指摘していましたが、科学離れや理系離れなんてこう見ていくと、教える側の 魅力や力量にもその遠因があるのかもしれませんね。ランドールさんのような一 流の研究者、あるいは教育者としての姿勢や見識に触れれば、「理系離れ」の問 題は雲散してしまうでしょう。


テレビで拝見したランドールさん、実に温和な語り口とやわらかな物腰、そし て女優やモデル並の美貌の持ち主でした。実際、世界的なファッション雑誌に登 場しているようです。略歴を拝見すると、名門、プリンストン大学、マサチュー セッツ工科大学、それにハーバート大学で理論物理学者として終身在職権を持つ 初の女性教授という。なんでも初の女性教授という指摘にはご本人いささかうん ざりしているようです。じっくりその彼女のビヘイビアを観察していると、こん な言葉が強く印象に残りました。


「現代の科学は、何が起きているのか、それを知ることさえ難しいレベルにあ ります。それを理解している人間が、分かりやすく科学の魅力を伝えねばならな いのです」(NHKテレビから)。


もうひとつ。


「地球でも宇宙でも、この世に存在し物事を構成する要素は、それぞれ別々の ルールで動いているわけではなく、すべての要素がきちんと統合される原則があ るはずです。逆に言えば、わたしは、ある一貫した枠組みがあって、この枠組み によって世界を理解できるということが好きなのです」(『リサ・ランドール異 次元は存在する』、32P)。


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