DND事務局の出口です。8月の声を聞いて、空が白くまぶしいって思っていたら、 やっと梅雨開けのようです。こんな時期に思い出すのは、蒸し暑い夏の夕暮れ、 東京・銀座1丁目の小さな小料理店「卯波」(うなみ)での新聞記者時代のひと コマです。社会部の都庁記者クラブ詰めでライバルだった某全国紙のSさんとカ ウンターに並んで、あれこれ選挙取材の裏話を披瀝しあうのが常で、いわば情報 交換という名の談合ですね、それがいまとなっては実に懐かしい。各党の選挙情 勢、当落予想、そのマル秘情報を…これがよく当たる。取材する側もあの手この 手の総力戦で、熱い夏の陣の趣となっていました。
きっと周辺の客の迷惑を顧みず、大声でそして偉そうにしていたのでしょうね。 そばに白い割烹着姿の華奢な鈴木真砂女さんが、いつも目を細めていらっしゃい ました。90過ぎても現役で、静かで身綺麗な女将さんでしたね。4年前に96歳の 人生を終えられました。
戦後、無一文の真砂女さんに開店資金を援助した一人が、遠い親類筋にあたる 宅急便の元祖、ヤマト運輸の創設者、小倉康臣氏という。その辺は、『真砂女の 交遊録』(朝日新聞社)に詳しく書かれています。ご本人からも直接お聞きもし ました。真砂女(まさじょ)と読みます。「卯波」の女将というより俳人として も有名でした。梅雨が明けたら真砂女さんのこんな句を紹介しようと思っていま した。
冷奴いつも通りにいつもの客
何も言わないのに黙って座ると、さっと冷奴がでてくる~いいなあ、ちょっと 妬けます。僕らの定番は、和風シューマイでした。注文しないとでてこないのは、 当然です。今夜あたり、「冷奴」でもどうでしょう。
さて、「清き1票」の審判、その猛威に自民が吹き飛んだ2007参院選、なぜ自 民が大敗したのか、そして民主の躍進の背景は―その動きを探ってみたいと思い ます。政治評論家じゃありませんので、拙い報告になることをご容赦ください。
新聞各紙そろって翌30日の朝刊は、「自民 歴史的大敗」の横7文字の大見出 し、それに「民主大躍進、初の第1党」というものでした。今回は、参院選の投 開票を待つまでもなくメディアが世論調査の結果を繰り返し報道し、自民の支持 が日増しに悪化していく様子がリアルに伝えられていました。その世論調査が、 当日の出口調査同様ピタリ、当たっていましたね。
朝日新聞の例をとれば、電話による連続世論調査というのを実施していました。 世論調査の同時進行ドキュメントでしょうか。第1回(5月16日付朝刊)では、参 院選比例区の投票先はどこに?を問うと、「自民へ」が28%、「民主へ」が21% で、投票先を決める問題は?では「年金」が一番多く85%にも達していました。 「教育」81%、「格差」60%と続く。
この5月中旬ごろは、まだかろうじて自民が民主を若干リードしていましたね。 で、そこからの2週間で情勢が一変することになります。どちらかといえば、メ ディアで取り上げられる題材は、ことごとく自民に不利な出来事ばかりでした。
5月24日に緑資源機構の理事ら6人が逮捕され、天下り先確保を求める機構と安 定受注を乞う公益法人の慣れ合い官製談合が摘発されました。そして、事務所費 をめぐる問題やその入札談合の緑資源機構に絡む「政治とカネ」問題で今度は松 岡前農相が自殺、政界に衝撃が走りました。重苦しい空気が官邸に広がり、なん の解明もないまま闇に葬り去るというのは、国民に不信感を与えてしまいました ね。安倍首相は後任に元農水官僚の赤城氏を起用し「攻めの農政」を期待してい ました。が、これも裏目でしたね。
5月31日深夜、社会保険庁の改革関連法案や受給漏れ年金の時効を撤廃する特 例法案や公務員制度改革関連法案をめぐる「強行採決」(と新聞報道)で参院が 混乱したことが印象づけられていました。年金法案は未明に衆院を通過しました。 「強行採決」という響きも嫌なものでした。
6月4日の朝刊は連続世論調査第4回目で、内閣支持率最低30%の見出し、5千 万件の年金が誰のものか分からない、という年金問題の審議に対して「十分でな かった」が78%、松岡前農相の政治資金をめぐる疑惑に対しての安倍首相の対応 は「適切でない」が69%と、いずれも厳しい指摘がなされていました。が、これ 以降、さらに続く赤城氏の「政治とカネ」問題が発覚し、投票当日までずるずる 引きずってしまいました。政党支持率は自民28%(前回29%)、民主17%(同18 %)、無党派層は50%(同47%)でした。訪問介護のコムスンの不正請求問題が 明るみにでたのもこの時期でした。
この相次ぐ不祥事は、お年寄りらにどんな印象を与えたことでしょうか。年金、 介護、それにオレオレ詐欺…この国は、官も民もみんな「信用できない」という ことになってしまってしまったのではないでしょうか。お年寄りを大切にしませ んと、決して選挙には勝てません。これは鉄則です。
第8回の連続世論調査によると、7月に入った内閣支持率は30→32→31と低迷し、 そして28%へ。参院比例区の投票先は、民主が25%(前回23%)、自民19%(同 24%)と民主と自民が逆転し、より一層差が開く傾向を見せていました。
公示まで9日間、すると今度は原爆投下の「しょうがない」発言で久間防衛相 が辞任へ。安倍首相はここでも閣僚をかばい続けていました。「お友達内閣」と 揶揄された政権は、この辺で危機管理能力を見失った印象を内外に強く与えてし まいました。この原稿を打っていると、いまラジオから赤城農相が「けじめをつ けたい」と辞意を表明したーというニュースが流れていました。
いやあ、もう後手後手というか、この1ケ月のドタバタはなんだったのでしょ うか。まるで「憑神」状態でした。安倍政権をめぐる人事のトラブルは、しかし、 連続してよくまあ、こんなに起こるものですかね。気の毒です。民主の候補と比 べてみてください。若くてキャリアな、そして清潔な民主の参院の候補者とは、 まるで対照的です。
で、7月12日、第21回参院選がスタートしました。「年金問題」、「政治とカ ネ」が最大の焦点に―という流れになってしまいました。なんか、この辺で勝負 あった感じです。7月16日の連続世論調査(朝日新聞)は、比例投票先が民主30 %、自民23%となり内閣不支持は55%に。
自民への逆風は続きます。その朝、新潟県柏崎市、長野県飯綱町を中心に最大 震度6強の地震が襲いました。問題は、東京電力柏崎刈羽原子力発電所の安全性 に関する対応でした。「放射能漏れはない」という官邸サイドの発表は結果的に 危機管理の悪さ、メディアリテラシのお粗末さを露呈し、列島に不信感を招く事 態となっていました。いやあ~何が起こっても何ひとつまともに対応できていな い。
しかし地震発生の直後、「放射能漏れはない」って断言するのは、一応安全を 担保しようという考えだったのでしょうか。それも時と場合です。こんな時に、 力強く言うのは、蛮勇というより、愚行でしたね。先が読めない、というのも困 ったものです。もっとやり方があるしょや~。何やっているんだべ、はんかくさ いじゃないかい!
7月20日ごろになると、朝日は「与党過半数割れも」、「民主第1党の勢い」、 日本経済新聞でも投票1週間前の22日に「自民40台割れも」、「民主、第1党の勢 い」、参院終盤戦の7月27日前後は、「民主、勢いを維持」、「自民40議席割れ も」の情勢分析が紙面に掲載されていました。
選挙の大勢の予測~これには僕も血が騒ぎます。すでに新聞記者の一線を離れ た身とはいえ、じっとしていられない。その27日は所用で福岡エリアを回ってい ました。そこで、どのように情報を得るか、その手の内を少し明かすと、NHK、 朝日、産経、読売、それに毎日らの友人、そして各政党の幹部周辺に電話取材を 繰り返えします。こちらの情報をAさんに伝えると、別の情報が入ってくる~。 情報入手の方法は、いくつかこちら側も情報を持っていなければなりませんね。 それを相手を変えて情報のやり取りを繰り返すと、そのほぼ全容が見えてくる、 という格好です。これは内緒ですよ~。
そこでの結論は「自民37前後」、「1人区は四国、九州エリアなど自民は壊 滅状態」、「民主は神奈川、埼玉、千葉で2議席確保の可能性」というものでし た。
政治の選挙分析分野の第一人者で東海大学教授の白鳥令さん(政治学)は、サ ンデー毎日などに選挙予想を行って、さすが読みが深い。実は、獨協大学教授 (法学部)に先生が在籍していたころ、僕は先生のゼミ生でしたから恩師となる わけですが、その同窓会が20日にあって、その席で先生は「自民39議席」を予測 しその根拠を解説していたようです。残念ながら別件で参加できませんでしたが …。
そんな僕のことですから、黙っていられないから知人に(こんなこと書いてい いのかなあ~)電話すると、こんな時に限ってなぜかみんな電話にでてくれない (笑い)。やっとつかまったある友人は、そんな情報を流すから自民が大変だ、 ということになって自民が事前の予想をひっくり返して勝ったりする。第一、新 聞情報なんて、所詮あてにならないし、当たったためしがない―と言われてしま う始末でした。しかし、僕は「自民大敗」というけれど、まあ結果はそうなのだ けれど、もうひとつ別の考え方をしているんです。小沢マジックです。そのこと を指摘する前にこういう分析も紹介しておきます。
この選挙結果を受けて、有権者はこれをどう感じているか、という興味深い世 論調査を読売新聞が緊急に実施し掲載していました。
自民党が議席を大幅に減らした理由、それは「年金」67%でトップ、次いで 「政治とカネ」が58%、「安倍首相の政治姿勢や指導力」が47%でした。一方、 民主党が議席を大幅に増やした理由は「安倍首相や自民党への批判」が68%でト ップで、大躍進の要因を"敵失"と見る人が多いということがうかがえる、として いました。次に、「政権交代への期待」が39%でした。民主党の政権担当能力に ついては、「ない」が46%、「ある」36%を上回っていました。まあ、民主を第 1党に押し上げながら、政権担当能力はない-というのが多いというのは、どう 解釈すればいいのでしょう。
ここにひとつ考えるヒントを用意しました。自民の最大の敗因は、1人区で6勝 23敗という結果でした。小泉ブームの01年の議席は25勝2敗でしたから、ほぼひ っくり返った感じです。1人区、それもこれまで自民の保守の牙城だった農村地 域で惨敗しました。
全滅の四国を丹念に見ると、注目は民主の候補の年齢と顔ぶれです。徳島は清 新な印象の38歳の会社員が、3選を目指す自民の51歳を大差で破りました。香川 は、歯切れがよく元気な温泉宿泊施設会社代表で39歳の新人女性が、5選目のベ テランで72歳の元環境庁長官を相手にしました。愛媛も民主は元Jリーガーの32 歳、自民は議員歴31年の69歳の重鎮でしたね。そして接戦の高知は、民主48歳、 自民は60歳という顔合わせでした。
長老VS新人女性は、岡山で自民参院幹事長の片山虎之助さん(71)を打ち破った 民主の姫井由美子さん(48)と同様の構図でした。注目の島根も竹下元首相秘書 で3選を目指した自民の景山俊太郎さん(63)に、無所属の亀井亜紀子さん(42) が挑戦して勝ちました。民主の新人は好感度が良い若手を揃えていました。例えば、富山は無所属ですが40歳の医師、山梨は41歳のフジテレビ記者、滋賀も44歳、奈良は36歳、山形は元農水キャリアで41歳の女性、秋田は地元のアナウンサーで37歳、青森だって37歳でした。
保守王国の九州で民主が奪還した佐賀、長崎、熊本はいずれも得票率1から最 大5ポイントの僅差でしたが、ここも46歳の日銀調査役、41歳の歯科医師、56歳 の弁護士というおおよそこれまで政治とは縁のない人たちが挑戦して勝ち残って いました。候補者の選定にある眼力を感じます。
だからでしょうか。候補の印象がとてもいい。「政治とカネ」が問われている 時、カネに臭さがつきまとう候補じゃ駄目ですよね。これが小沢党首のマジック なのでしょうか。
かねてから1人区が勝負と定めて潜伏し地方行脚を執拗に続けてきた小沢党首 の戦術、戦略が見事にはまった、という感じがしてきます。まして、構造改革を 旗印に郵政民営化の英断をはじめ、地方の公共事業の大幅カット、各種補助金の バラ撒きを見直すなど、戦後から続いてきた関係団体との悪しき利権の構図を断 ち切っていく、という小泉元首相の大胆な改革路線によって増幅された農村、漁 村の保守の人たちの不平や不満をすくって、そして抱え込むように味方につけてきたのかもしれません。
そしてこのエリアは過疎地で高齢者が多い。商店街が閑散として医療環境も行 き届いていない。テレビのスイッチを入れれば、「年金」問題、口々にいまの政 権への不満を口にしていたのでしょう。富山の知人の85歳になる母親が、自民が 大敗して手を叩いて喜んでいた、という。地方の切り捨て、それに年金問題での 不満から「今回初めて自民に入れなかったし、私にも自民に入れちゃダメって言 ってきた」と話してくれました。近所のお茶のみ友達と顔を合しては、政府の対 応の拙さに怒りをあらわにしていたらしい。
じゃあ、だからといって従来のような、何事も金銭で解決するという古い自民党の政治スタイルには、どうなのでしょう、もうとても戻れないでしょう。
民主の躍進の要因としてもうひとつ指摘すれば、今春の統一選挙で民主が地方 議員を増加させていた、というところも大きい。これは昨日7月31日の朝日新聞 の分析ですが、44都道府県議選で、民主は4年前の205議席から1・8倍の375議 席を獲得。310の市議選でも374人が当選し、国政選挙の実働部隊となったことは 想像に難くない。
例えば埼玉は8議席増、神奈川は12議席増、千葉は15議席増、愛知は14議席増と県議の数を増やしていましたから、その効果が今回の3人区で2議席奪取につながったのでしょうか。3人区の埼玉、神奈川、千葉、愛知と5人区の東京で2人を擁立し全員当選は完勝でした。見事でしたね。
このあおりで埼玉、神奈川、愛知の公明の現職3候補は過去最高の得票数を得ながら、惜敗。民主の新人に弾かれた格好でした。3人区で2人擁立という民主の目論みは、どのようなデータの積み重ねから勝機を得たのか、その辺がもう1つのポイントかもしれません。
地方に学んで、選挙を知る民主の小沢代表が再び、動きだしました。この秋の臨時国会にも衆院解散に追いこむという。安倍政権は9月にも内閣改造に踏み切るそうです。人心一新を口にしたなら間髪入れず内閣改造に踏み切らないと、みんな浮き足だってしまうじゃないですかね。
さあ、安倍VS小沢の第2ラウンドの始まりです。