◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2007/07/11 http://dndi.jp/

世界最強の炭素繊維‐その誕生秘話

  〜空前の米ボーイング「787」を支える日本の技術と日本人〜

   DND事務局の出口です。世界の表舞台へ〜優れた燃費効率を実現した日本の 技術が脚光を浴び、我が国にそして世界に多くの恩恵をもたらすことは、とても 素晴しい。やや不得手とされる日本人のそれぞれの組織の壁を超える相互の連携 がしっかり根付いてくれば、グローバルな市場でも十分に真価を発揮することが 可能だということですね。


これが、あるいは課題解決型のビジネスモデルのひとつであり、科学技術創造 立国の底力かもしれません。いつの時代でもその成功の「コツ」は案外共通して います。予算や時間という比較的自由な研究環境と失敗を恐れないベンチャース ピリット的な社風ということでしょうか。成功の裏にはグローバル・トップを目 指す「ひらめき上手」の専門の研究者や技術者、そしてそのシーズで新規市場を 作り出す、となれば組織を縦横に動かす「タフなリーダー」の出現を待たなけれ ばなりません。


その一例は、そのドリームライナーの呼び名にふさわしい米ボーイングの次世 代中型機「787」にまつわる話です。まあ、これは炭素繊維をめぐるプロジェ クトXですね。メディアのニュースを探っていくと、おおよそこんな内容でした。


〜その機体の50%が炭素繊維複合材でその燃費効率は20%向上するというから、 石油高騰で経営難にあえぐ航空会社にとっては救世主になる可能性が高く、すで に世界各国の47社から677機の注文が殺到し、現在までの受注総額が13兆5千億円、 航空機史上空前のヒットとなる見込み〜という。多くのメディアが取り上げてい ました。


この8日のワシントン州エバレット(エベレット)のボーイング社の工場で行 われた完成初披露では第1号機の「787」を数千人が取り囲んで、まるでお祭 り騒ぎの様子がテレビで放映されていました。エバレットと言えば、ボーイング 社の工場でも世界最大の組み立て工場です。なんといっても世界のボーイング、 ちょっと調べると商業用、軍需用のそれぞれ航空機事業に宇宙通信事業の3つを 柱に2005年の収益は548億ドル、6兆5760億円になっている、というから会社とい うより、ひとつの産業であり国策会社のようなものですね。


さて、この「787」は、日本のメーカーが開発や生産に多数参加していまし た。日本各社の開発・生産比率を工程ベースで算定すると35%に及び、準国産機 (朝日新聞)といわれる所以がそこにあるわけです。


三菱重工が主翼、富士重工が翼と胴体をつなぐ中央翼、川崎重工業が前部胴体、 タイヤはブリジストン、機内の娯楽装置はパナソニック、旅客機としては世界で 初めてトイレに温水洗浄便座を装備するなどの内装関連はジャムコという具合で す。客室は天井が25p高くなり窓もグーンとワイド、収納スペースも広がったと いう。


テレビのニュースは、日本からアメリカに向けてその787の胴体部分を運ぶ 特殊な輸送機が映し出されていました。米国の航空機の一部を日本のいくつかの 企業が生産し、それを輸送用の飛行機が運ぶ、ふ〜む〜。


しかし、なんといっても燃費効率を大幅に改善したというのが、この航空機の 最大のニュースバリューであり、セールスポイントでした。通常の鉄などの素材 より薄く軽い新素材の炭素繊維を使うことで軽量化を実現しましたが、この素材 を供給したのが東レだ、という。これこそ最先端技術の結晶(産経新聞)と絶賛 でした。まあ、炭素繊維の航空機への導入はそれほど珍しいことではないようで すが、それを航空機に50%も使った、そしたら燃費効率が格段に上がった―とい うことなのでしょう。50%の使用にいたる種々のシミュレーションを繰り返した ことは容易に想像できます。「外乱」という様々な変異を加えて解析しテストを 続けたに違いありません。


さて、「国内関連メーカー(日本勢)にも大きな恩恵」という見出しは、日本 経済新聞でした。08−09年でまず120機の生産を予定する、というからポンポン 生産できるものじゃないようです。日本勢の工場の生産能力も月産7−10機とそ の話題に比べれば規模は小さい気がします。現在その工場増強や生産拠点の増設 などの増産投資の動きがでているようです。さて、この大型商機に日本の航空機 関連各社はどう挑むか、と記事は指摘していました。


設計に関わったという全日空の試算では50機(日本航空の発注は当初35機、さ らに20機)を来年6月早々に世界に先駆けて運行させる予定です。これらが就航 すると小型化で搭乗率が改善できることもあり、燃料費削減分を含めるとざっと 年間46億円の費用削減効果がある、とはじく(朝日新聞)という。炭素繊維は耐 久性にも優れており、これによって整備費も従来機種より30%節約できるという。 省エネ対策+経済効率の両方の課題を解決してみせた、ということになります。


なお、東レは昨年4月に、炭素繊維を2006年から21年まで独占供給する契約を 結び、16年間で1500機の製造を見込んで、それらの受注額は約60億ドル、7380億 円に達する見通しという。787機は座席数が210から250の中型旅客機で価格は1機 あたり1億4800万から1億5750万ドル(約180億円から190億円)で、これによって ボーイングは2006年の民間旅客機受注機数が6年ぶりにライバルの欧州エアバス を上回り世界市場で首位を奪還した(読売新聞)という。ここまでが新聞情報の まとめになります。


なるほど〜。みんな炭素繊維の恩恵でしょうかね。鉄の4分の1の軽さ、比強度 は鉄の10倍、そして錆がないという特質がある、という。それを自動車には?っ て疑問に思ってネットで調べていると、東レの常務が「今は超高級車で試験的に 使っている段階、軽くなるという性能面と、加工コストが割高という部分で経済 効果をどう考えるかだが、2010年以降、(自動車の使用は)伸びてくるだろう」 と見通しを述べていました。


炭素繊維って、あのゴルフのカーボンシャフトや釣り具の素材などに使われて いるものですよね。あれが…。ゴルフのシャフトがどんな具合で、航空機に転用 されたのだろうか、という私的な疑問からさらに検索のページをながめていると、 こんなインタビューの取材記事が目に留まりました。ボーイング社の対応者が、 デビット・リースさんらでした。要約すると〜。


Q、787型機は写真で見ると翼が反り返っているようだが?
 A、翼は薄く、柔軟性がある。炭素繊維のため、離陸すると機体より2メート
   ル翼の先端が持ち上がる。


Q,飛行機全体として25%軽くなるということだが、実際はどのくらいの重さ
   か?
 A,自重だけで600トンで、組み立て期間が短いため、経済的な機種である。
   耐用年数としては機体は40〜50年持つと考えている。その中でエンジンや
   内装の交換が必要だろう。アルミ素材の場合は金属疲労により亀裂や腐食
   の問題があったが、炭素繊維にはその心配がない。航空会社によっては30
   年ほど経過した航空機を貨物用に改造することが多いだろう。


だんだん面白くなってきて、ついでに東レのウェブから紹介されている炭素繊 維開発の歴史をみてみました。その表題に、「19世紀末にトーマス・エジソンと ジョセフ・スワンが木綿や竹を焼いて作った炭素繊維をご存知でしょうか?これ が炭素繊維のはじめです」とありました。えっ!あの発明王のエジソンさんはこ んなことにも手を出していたんですね。これも新鮮な驚きです。そして年表の中 にこんな文章がありました。


〜東レにおいても、アクリル繊維"トレロン"から炭素繊維の研究を行ってきま した〜と書かれていました。そして、つぶさに年表を年代ごとに追うと、ウム… 1970年―米・ユニオンカーバイト社と炭素繊維の技術交換、大阪工業研究所・進 藤昭男博士特許の実施許諾を取得、1973年―ゴルフシャフトに採用…など。ウム ウム〜。


ここで初めて登場した研究者の名前、そうです、技術者、研究者は"裏方"って 指摘し疑問視するのは、7月3日付の日刊工業新聞1面のオピニオン欄「広角」の 日立製作所会長の庄山悦彦さんでした。横道にそれますが、大事なところなので 少し引用します。


「日本の技術力は素晴しい。世界の先端にあるものがいくつもある。国民にも っと、そのことを知ってもらいたい」というのはズシリ重い指摘です。技術リテ ラシーの手順を踏めば、炭素繊維関連で貢献の技術者、研究者の名前があっても いい。いや、なくてはならないでしょうが、その辺の記述はメディア情報では一 切みあたりません。開発者や研究者らを扱わないというメディアのこういうスタ イルは、少し罪深い。理工系人材が集まらない、その原因は案外、メディアの仕 業かもしれませんね。なんといっても取り上げないのだから、話題にならないし、 知られないというのは存在しないということですから…。


さて、ここに登場した研究者に興味、関心がそそられませんか。その進藤博士 って?もう知る人ぞ知る−存在のようです。で、再び検索。【大阪工業研究所  進藤昭男博士】―って入力すると、なんと皮肉にも「日本人自身が知らない日本 が誇る世界一をご紹介する」という「日本の世界一」というサイトにヒットしま した。そして、「世界最強の炭素繊維・進藤昭男」と題した紹介文が綴られてい ました。要点のみを抜粋します。しかし、それにしても、日本の世界一!って凄 い。炭素繊維の歴史、航空機に使用したのはエアバスが最初という事実、それに 炭素繊維は東レのほか、東邦テナックス、三菱レイヨンが拮抗し、それらで世界 のシェア7割を握っている、ということも判明しました。以下は、その要点です。


「1961年 大阪工業試験所の進藤昭男はPAN系炭素繊維を開発した。炭素繊維と は炭素元素のみから成る繊維で鉄よりも強く、アルミよりも軽い。飛行機の機体 や高速道路の補強剤など多くの素材に利用され、日本が生産、販売の7割を占め 世界一のシェアを誇る」


「進藤昭男博士は1959年にレーヨンのような繊維を3000度に加熱し、熱化学的 に黒鉛にする方法が米国のナショナル・カーボン社で試作、完成されたことを知 り、試行錯誤の後にポリアクリルニトリル(PAN)系の材料を使い強化用繊維の 実用化に成功、1961年炭素繊維を発表した。これがアクリル長繊維を原料とする PAN系炭素繊維の始まりである。また約200℃程度での酸化前処理が有効であるこ とも発明した。その後、ユニオンカーバイト社と炭素繊維の技術交換をし、実施 許諾を取得している」


「2003年の生産能力は、東レ31%、東邦テナックス24%、三菱レイヨン20%で 日本が世界一。2004年も東レ34%、東邦テナックス19%、三菱レイヨン16%と世 界の約7割の生産能力と販売を維持し、日本が世界一の寡占率として世界の市場 を握っている」


「開発にあたった進藤昭男博士は昭和51年にポリアクリロニトリルを原料とす る炭素繊維製造技術の確立と工業化が認められ、石川敏功氏(日本カーボン)・ 伊藤昌寿氏(東レ)と共に化学技術賞を受賞している」


ということです。大阪工業試験所は、通産省工業技術院大阪工業試験所で現在 は産業技術総合研究所関西センターと名称が変わっています。こんな記述も見つ かりました。


文部科学省科学技術政策研究所の石井正道氏がまとめた2005年の「独創的な商 品開発を担う研究者、技術者の研究」の研究者のひとりとして進藤さんの取組が 記述されていました。この石井さんの研究は幅広いジャンルに及び、生存する研 究者や会社役員らからのインタビューも細かく掲載しています。膨大な資料を駆 使しながら、「これらの研究者がどのような人々であり、どのような組織環境で、 どのように商品化したのかー」を詳細に浮かび上がらせています。これは一級の 資料であり、読み物としても完成度が高い内容になっていました。


その中で、なるほど、という記述は、以下のところです。アクリル(PAN) 繊維を焼成して炭素繊維を作ったのは進藤博士が世界で初めてで、1959年に基本 特許を出願した。このライセンスを受けて日本カーボンが月産500キロのパイロ ットプラントを完成させて製品化するが、用途は、石油ストーブの芯であったり、 電熱布やパッキングだったり、という具合でした。


どんなに新素材が誕生してもそれを航空機への利用という確かなマーケットを 掴み取るには、それ相当の苦難があったようです。


そこで次に登場するのが、東レの基礎研究所の森田健一さん、1954年東京都立 大学理学部化学科卒で学生の頃、先輩にあたる研究室の助手が東レにいたという 伝で、その研究所に入所、彼がそこで予期しない発見から炭素繊維に参入するこ とになるんですね。新素材を開発する研究の過程で、HENという新規の化合物 を発見し、これとPAN繊維に混合することによって、「耐炎促進効果」が確認 され、優れた炭素繊維を作ることに成功する、という。さらにこの成果を社内の 発表会で報告すると、当時の開発研究所所長の伊藤昌寿さん(後の東レ社長、会 長)が「唯一興味を示した」(森田さん)という。


東レは実は、ここからが凄いんですね。1969年、伊藤さんをリーダーに全社的 なプロジェクトを立ち上げることになります。基礎研、繊維研、工務研、開発研、 それに愛媛工場の研究者、技術者50人を中心に総勢200人に達する大がかりな陣 容を確保していました。


しかし、ここで難題にぶつかります。原料のアクリル繊維は生産可能だが、そ れを大量にしかも効率的に焼く技術がない。摂氏2000度という高温の炉も必要に 迫られていました。そこで、その技術を持つ、米国のUCC(当時)と1970年ク ロスライセンスを結ぶ。このUCCというパートナー企業の存在が、実は、大き い。ボーイングやダグラスといった航空機メーカーの提携先だったことがやがて 大きな扉を開くきっかけになったようです。


ゼロから市場を作る、そこに登場するのが、東レの副社長の三井茂雄さんで、 どういう商品展開を進めていくか全くの手探りが続いていました。本命は航空機、 というから当時から今日の炭素繊維の素材を航空機に使用するーという狙いはあ ったようです。が、航空機への導入を進めながら、同時に釣り具の竿に使うカー ボンファイバーを商品化したという。釣り具オリンピックに出展するんですね。 1972年の2月でした。その10月には、ゴルフの太平洋マスターズの大会で、なん と炭素繊維でできたゴルフシャフトを使った選手が優勝し、カーボンファイバー への需要がそこで一気に促進されたという。提携先のUCCに輸出した東レの炭 素繊維を米国のベンチャーが入手してゴルフのシャフト開発を進めた結果の出来 事だった、という。うむ、米国のベンチャーは賢いですね〜。カーボンシャフト は僕も数本持っています。ベン・ホーガンモデルの数十万するというアイアンセ ットは、そのカーボンシャフト、ある議員から戴いたのもですが、「プロ仕様に つき、とても難しい」というのは、もっともらしいい訳でした。


そして、1928年生まれの森田さんは炭素繊維研究のリーダーを務め、1937生ま れの三井さんはそれらを統括し、航空機への利用に走るんですね。


 この一連の石井さんの研究レポートには、炭素繊維を成功に結び付けた東レの 社風や組織運営の「秘話」がいくつも散りばめられています。ふむ、あるいは企 業研究としても大いに役立ちます。東レに気持ちが奪われて、すっかり進藤博士 のことを失念してしまいましたが、進藤さんの発見が重要なことは言うまでもあ りません。が、ゼロからグローバルな市場を創出する、というのは、それ以上に 大事なことであるということを教えてくれているような気がします。


まあ、また長くなりました。が、「炭素繊維は米国人が考案した」と社説で書 いている新聞もあるそうです。ナショナルカーボン社の発明と、進藤氏の発明、 いずれが欠けても有効な炭素繊維は実現しなかったわけで、どちらか一方を選ぶ という話ではないですね〜というウェブもありました。これに東レの商品化とい うのも加えておきましょう。




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