◆ DND大学発ベンチャー支援情報 ◆ 2007/07/04 http://dndi.jp/

裏方半分表半分―世界級キャリアの仕事

  〜GIES 2007シンポジウムの成功を支えた石倉洋子さんの実力〜

DND事務局の出口です。DNDの秘密基地がある、東京の下町、JR浅草橋の東口を 「顔が命」の人形の吉徳の方面に進むと、ガード下の正面に小さな果物店があり、 今の旬はサクランボの佐藤錦、やや傾斜のある棚に並んで上段ほど粒が大きくル ビー色がさらに濃い。その西側の角に季節の花が並び、今頃の梅雨空には一層鮮 やかに映えて見えます。淡い青紫の花はブルーハイビスカス、可憐な紅色の花は 日々草、そこで買い求めた鉢の花が、いまオフィスのクーラーの風に震えていま す。


さて、本年2度目のロシア訪問から帰った先月29日は、疲労と時差でボンヤリ 揺らぐ意識は、まもなく見事に吹っ飛んでしまうことになります。成田空港午前 8時着がほぼ1時間遅れ、ロシアがカラッとあまりにさわやかだったためか、都心 の空気はジドッと淀んでいるように感じました。


急いで京成に乗って上野駅、タクシーを飛ばしてオフィスに戻り、汗を拭いて スーツに着替え、再びタクシーに乗って大手町の経団連会館14階へ。焦る、間に 合うかしら…あああっ、もう開始時間の14時をとっくに回っている〜息せき切っ てエレベーターを降りたら、ほぼ同時に向かい側のエレベーターのドアが開いて、 中からJST理事長の沖村憲樹さんが現れて、いやあ、真面目ですね−って言葉を かけられて、なぜかドギマギしちゃいました。


ご存知のように、それほど真面目じゃないのだけれど、黒川清さんのスピーチ がなんとしても聴きたかったし、それにゴージャスな登壇者の顔ぶれにも興味が あったし、そしてこれまでいくつかのシンポで、いつも魅力的な石倉洋子さんの 舞台や差配ぶりにはとても惹かれていましたから、どうしても行きたかった、と いうところです。


Global Innovation Ecosystem 2007―躍動する世界を目指して―略してGIES20 07のシンポジウムが経団連ホールで開催されました。内容は、GIESのportalサイ トhttp://www.gies2007.com/にいち早くアップされていますので、どうぞ、そこ を参考にしてください。このスピード感も凄いものです。


それでもシンポジウムの趣旨に少し触れると、わが国のイノベーションに関す る最新の政策動向やその背景、それに米国や諸外国の取り組みを踏まえながら、 イノベーションのグローバルな展開には何が必要でしょうか、躍動する世界、そ れに持続可能な社会の構築に日本はそのような役割を担うのでしょうか―という 問題提起はイノベーション25戦略の最終報告や閣議決定を受けて実にタイムリー な設定でした。実は、昨年9月京都での持続可能な社会のための科学と技術に関 する国際会議GIES2006に続く連続したシンポジウムなんですね。地球規模でのイ ノベーションを促進し、加速するシステムの構築に、いま何をしなければならな いか―を問い続けているんですね。この一貫した問題設定は科学者や研究者らの 時代を見据えた危機意識から湧いてくるのでしょうか、アカデミアの見識を感じ させてくれています。


どうもいつもながら前フリが長くなってしまいますね。


で、受付で事前登録の番号を提示し、名刺を渡していると、Hum〜場内から外 の通路に漏れる、渋く甘くそしてやや高音でよく響く、あの懐かしい声の主は… 内閣特別顧問でイノベーション25戦略会議座長の、黒川清さんでした。


500人収容のホールは超満員、いったいどこからこんなに人が集まったのでし ょう。通路に補助椅子が並んで、立ち見の人も見受けられました。その大勢の参 加者を前に、この日の基調講演のトップに登壇していたんですね。いやあ、流石、 その訴えるようなスピーチは、ダンディーな黒川さんにふさわしく凄い迫 力がありました。特にイノベーションの主体となる次世代をどう育てるか?に話 が及んで、英語が世界のマーケットの主流であることを前提に、変化に対応して 行動できる、多様な価値観を共感できうる人材の育成のためには、大学改革を急 がねばならない―と一段と熱が入っていましたね。


わが国の長期戦略指針、イノベーション25の最終とりまとめからほぼ1ケ月、 満を持しての登壇だったでしょうか。いつも背筋が伸びて、クールでした。


本日アップのDND連載「黒川清氏の学術の風」のコラム「Sloveniaから、G8科 学顧問会議」に黒川さんが書かれているように、6月14日の沖縄を出発、15日の 朝パリの空港、続いてSloveniaの首都Ljubljanaに到着、そこでG8の科学顧問 会議、通称「Carnegie会議」に参加しているんです。その前のコラムを拝見する と、さらに再びパリ、そしてバンクーバーへと動いて精力的にいくつかの国際会 議に参加していました。いやあ、コラムのタイトルは、学術の風というより、 「黒川清氏の世界を飛ぶ」という感じです。しかし、どうなっているのでしょう か、お疲れにならないのでしょうかねぇ。少し10日ほどロシアに行くだけで、い まだに睡眠のリズムが狂って調子がでない。


この日のシンポの実質的なプロデューサーでモデレーターを務められた一橋大 学大学院国際企業戦略研究科教授の石倉洋子さんと黒川さんの共著、世界に通じ るプロになれ!と若者をエンカレッジし、具体的な成功モデルを公開した「世界 級キャリアのつくり方」(東洋経済)、いつも繰り返し目を通しているのですが、 これを読むと、黒川さんがどんな日常を送っているか、それを可能にしている秘 訣はなんなのか、が詳しく書かれています。


少し紹介すると、当事者力を磨く―の項では、子供に何かを教える時には、Do as I do, and not as I sayが効果的とサジェストしています。私がやるように やりなさい、といえば説得力があるが、私がいうようにやりなさい、では説得力 がない。子供は親の言うことを聞きながらではなく、行動を見て学ぶ、当事者力 とは、Do as I doを実践することである(228P)と指摘しています。なるほ ど、でしょう。


黒川さんの語学、英語力に感心していたら、こんなエピソードも紹介してくれ ています。黒川さんがアメリカで助教授になり、医師免許も専門医の資格も取得 し正式のコースで学生に教えていたころのことです。150人の学生を講堂で教え た後の学生のアンケートを読むと、「ドクター・黒川は日本語でしゃべるからわ からない」という人が5人くらいいて冷汗をかいた、という。英語が分かりにく かったらしい。だが、中には、「アクセントがおかしいし早口だからわかりにく いけれど、内容はすごくいい」と書いている学生も複数いて、このコメントに励 まされ、ブロークンであろうが、要は内容だと思って「がんばらなくては…」と 思った、という。英語の話し方も少しゆっくり話すとか、発音しにくい言葉を避 けるとかの努力をしながら場数を踏むことでうまくなっていくものである、と語 り、友人の教授がある時、黒川先生の講演を聞いて、「時間はかかったけれど、 ここまできたね、素晴しかったよ」と言ってくれた。それを聞いて自分の努力が 報われたと感じ、とてもうれしかった、とその時の心情を吐露していました。 (198P)。ウム〜いい話ですね。


この本に接して、当時53歳の僕が、にわかに「もう一度、英語をやろう」とい う気になりました。まあ、英語で講演するだって通訳がいれば日本語でもいいも のを、敢えて恥を承知で英語でトライする気持ちになったことは、僕自身のDo  as I doの実践です。こういう話を学生に聞かせてあげたいですね〜。


さて、黒川さんの基調講演の後に、石倉さんがその要点をきっちり解説してい ました。そして、黒川さんのパワーポイントが配布資料にないところがあるのは、 登壇の直前まで内容を吟味し、追加していたからだーという。世界級キャリアの 仕事は、本番直前まで気を緩めない、手を抜かない、ということでしょうか。


しかし、石倉さんの英語も凄い。テンポよく、そしてリズムカルで、大らかに ささやくように、あるいは強く歯切れよく…どこか歌い上げるような甘い響きを 感じさせていました。黒川さんが、少しこんな風に触れています。


「石倉さんがユニークなのは、その経歴である。石倉さんは大学卒業後7年間、 今でいうフリーターの通訳だった〜」(22P)。その後のキャリアにご興味の 方は、どうぞ、続きをお読みになってください。きっと、目からウロコ状態にな ることをお約束します。


しかし、石倉さんって本当に凄い。彼女がモデレータのセッションをいくつか 見ていますが、その大半が「満員御礼」の大盛況で、内容も充実しているんです ね。それはどこに要因があるのでしょうか。事前の準備?他人任せにしない実行 力?考えに考え抜いた問題設定?スタッフの協力?


このテーマなら、もっとも効果的なパネリストを誰にお願いしたらいいのか? これはご本人にお聞きしないといけませんが、どうもこの辺の人選に迷いがない、 妥協しない、あるいは知らない人は使わない、仮にそれほど知らなくても本番前 まではしっかり登壇者のキャリアや考え方を掌握している―というようなところ があるのかもしれません。


だから、国際的で多様性に富んだ、こんな見事なラインアップが整うでしょう。 石倉さんの英語力は勿論のこと、随所にみせる気の利いたコメント、それに間の 取り方など、そのすべてに目が行き届いている感じがしていました。DNDへのア プローチも4月前でしたから、早かったですね。そして、終了後、間髪入れず、 御礼のメッセージと報告をしてくれていました。広報をお願いする人はたくさん いますが、終わったらそれっきり、という人も少なくありませんから、石倉さん の対応のそのすべてがプロの流儀なのでしょうか。


黒川さんの基調講演に続いて、登壇したのは、米国競争力会議(評議会)のDe borah L .Wince-Smith会長でした。デボラ女史の熱のこもったスピーチは、圧巻 でした。なんといってもイノベーションがテーマになると必ず事例に引っ張り出 されるパルサミーノ・レポート、つまり2004年12月15日に首都ワシント ンで開催の「国家イノベーション・イニシアティブ」(National Innovation In itiative)で紹介された産業界、学界、政府、労働界を代表する400人以上の リーダーが15ケ月をかけて作成した報告書「innovate America's riving in a world of challenges and change 」(通称:パルミサーノ・レポート)を作成 したところの、本家の会長さんですから、俄然注目度が高まったことだと思いま す。デボラさんは、黒川さんのスピーチを聞いて、日本のイノベーションへの展 開は、そのスケールとスピードはかつて前例がないほど加速している、と評価し、 グローバルは社会の進展を踏まえて、「次世代へ価値の創造を行っていかなくて はならない」と訴え、知的財産など無形資産の価値の評価の重要性を説きつつ、 そのイノベーティブな高い価値が、複雑な世界の問題解決に寄与していく、とい う意味のことを説明していました。少し違うかなあ、これもGIESのウェブでご確 認ください。


そして、JSTの理事で、このところご活躍の北澤宏一さんが、「日本のイノ ベーション政策の動向―社会的価値から経済活動への翻訳」と題して、日本学術 会議の報告「科学者コミュニティが描く未来の社会」などを参考にしながら特別 講演をしていました。持論の、世界的課題解決に日本がリーダーシップをという のは、一貫しています。そして、「こころ、生き甲斐」というHeart、What we l ive forの新たな視点への転換を迫り、行政に対しても社会的価値を経済的なイ ンセンティブに変換すべき―という点を強調していました。ご専門のリニアモー ターカーの安全性や効率性、それに環境問題を考える上でこれ以上のテーマはな いのではないか、と数字を上げて説明されていました。


コーヒーブレイク。通路に人が溢れて、容易に前に進めない。凄い人でした。 あれ!前方に、原山優子さん、きょうロシアからお帰りでしょう、もう出口さん はロシアのマフィアから離れられなくなってしまっているんじゃないーって噂が あるけど、大丈夫?ってやや真顔でした。ご心配おかけしています。いやあ、そ して21日夜のお約束は失礼しました。


さて、後半の舞台は、これは本当にゴージャスな顔ぶれでした。これほど凄い シンポジウムは、近年お目にかかったことはありません。わが国アカデミア史上、 最強のパネリストの布陣じゃないかと思いました。モデレータは、石倉さんです。 すべて英語でのセッションでした。凄いな、学生の頃、こんなこと考えられたで しょうか。外国の人より、石倉さんの英語が上手い−っていう事実を初めて確認 した日でもありました。もう紙面の都合がありますので、全部はご紹介できませ んが、僕が特に印象に残ったところをご説明します。


まず、デボラさんは、もういいですね。パネリストの中で最も注目したのが19 0年の歴史を誇るニューヨークの科学アカデミーの経営最高責任者である、Ellis Rubinsteinさん、知る人ぞ知る、彼は科学雑誌、サイエンスの編集やニューズ ウィーク誌の編集長などを歴任し、メディアでは最高の栄誉とされるピューリッ ツァー賞を受賞しているんですね。競争力評議会では先端科学分野や大学院の博 士やポスドクなどの課題にかかわっているようです。


編集記者時代の逸話として、中国の江沢民国家主席やビル・クリントンへの最 初の単独インタヴューを次々と敢行し、スリーマイル島の原子力発電事故やエイ ズに関する調査報道にその取材力を発揮した、という。長らく出版の世界に身を 置いていたジャーナリストでした。この雑誌の世界に入る前は、UCバークレーを 卒業後、高校の英語の教師だったそうです。 


デボラさんもそうですが、どうしたら、こんな頼もしい方々をお呼びできるの でしょうか。これも海外での研究生活が長い石倉さんのネットワークなのでしょ うか。とても感心しています。僕ならきっと、こんな芸当は3回生まれ変わって も不可能です(笑)。


インドからは、Mr. Deepak Bangalore、その名前からインドのIT産業を支える バンガロールと同名で、有名なインド理科大学院を経て米国スタンフォード大学 に学んでいるのですね。ソフトウエア、IT、ITでの遠隔教育、コンサルなどその 守備範囲は広い。中国からは、Prof,Shulin Gu女史、精華大学卒、中国科学アカ デミーで上級リサーチフェローを歴任する科学博士でした。そして、日本からは、 日立製作所フェローの中村道治さん、彼も最初の5分間スピーチを英語で発表し ていました。勿論でしょうけれど、こういうスタイルを多くの若い学生に見せた ら、何かがピーンと弾けるに違いない、と感じながら聞いていました。


そして、冨山和彦さん。知る人ぞ知る人〜産業再生機構ではダイエー、カネ ボーなど40を超える企業の再建を支援した。その最前線で辣腕をふるったのが、 冨山氏だ。4月に企業の価値向上や企業再生を手掛ける新会社「経営共創基盤」 を設立した。冨山氏に、今後望まれる人材戦略などについて語ってもらった〜と いうのは、日本経済新聞の29日、その日の朝刊の第2部のトップページでした。1 960年生まれ、東大法学部卒後、ボストンコンサルティンググループなどを経て2 003年にその産業再生機構専務CEO- というキャリアで、その紙面での見出しが、 「学歴は最悪のノイズ」というものでした。シンポジウムとはいささかかけ離れ ますが、企業の基盤となる人材確保はいかに行えばいいのか、逆に、転職希望者 はどのような心構えで、新天地に向かえばいいのか?と自問し、こんなモノの捉 え方を披瀝していました。


世の中、とかく小ざかし計算をして経歴(キャリア)をつくるやつは駄目です。 私はそうした人間は基本的に採用しません。小ざかしい計算をする人は絶対に大 成しないんですよ。


世の中だれひとりとしてパーフェクトな人間はいません。長所と短所を自分な りにわかっていくために、一番いい方法は仕事を一所懸命やることです。それが リトマス試験紙になります。一生懸命やると、自分の限界が分かります。計算す るやつって、半分腰を引いて仕事をするんですね。半分腰を引いてやっているや つって、結局、知識が肉体化されていない。肉体化されない知識って全然、実際 の役に立ちません。ともかく、目の前の仕事を「石の上にも3年」でいいから必 死にやることです。うまくいってもうまくいかなくても関係ないですから。…。


どうでしょうか。このパネルの議論は、きっとGIESのサイトに何らかの形で掲 載されますから、あらためてご確認ください。まあ、しかし、これだけのパネリ ストの調整を行い、動員の対応もやって、満員御礼の大盛況で、石倉さんはさぞ ホッとしていることでしょう。と、思っていたら、なんのなんの、ウェブへのア ップの作業や、シンポ全般の要点のまとめに取りかかっているようでした。そし て、こんなメールが届きました。


〜よく考えたら、私はこの種のスピーカーの組み合わせ、交渉、中身を決めた り、事前の裏方、当日の裏方半分表半分でやるのは結構好きみたいです!もちろ ん若手スタッフが,ものすごーくよく働いてくれたことが鍵ですが(途中で結構 怒鳴りました…)〜。


世界級キャリアの仕事ぶりは、なんだか感動的です。その後の懇親会は、さぞ、 大勢の輪の中でとびっきりの笑顔で、ゲストや参加者の皆さんに感謝の気持ちを 示していたに違いありません。石倉さん、Good Job!      


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